第三章 『事故物件、住みませんか?』
第十話 住民付きシェアハウス内覧
五月の連休中のことだった。企業の選考も中休みに入っていて、面接も説明会も、メールの返事すらない。つかの間の休息。
どすん。
雪野と顔を見合わせる。
午前中、上の部屋から物音が響いてくる。
起きているからいいものの、寝ていたら安眠妨害になりそうなレベルだ。
「なんか落としましたね、伊織さん」
「そうかなー」
しかし雪野はあまり感情の変化がない。
カレンダー通りの休日である雪野は家にいて、伊織も家にいた。
がちゃ。
「私がなにか?」
どんっ。
文貴も含め、全員が1階にいる。
物音は断続的に続いている。ペットはなにも飼っていない。
「雪野さん、またなにか雪崩れてるんじゃないですか」
「失礼な!雪崩れるほど積み上げてないし」
「そうですね、ポルターガイストです」
文貴は伊織を真顔で見つめる。エイプリルフールはとうに過ぎた。
あ、やっぱり~というのんきな声が、文貴の耳に入りこんでくる。
「ポルターガイスト。私や雪野さんはもう慣れっこですけど、文くんはこれで2回目、ですか?」
伊織がポルターガイスト騒ぎをどうにか納め、シェアハウスに入居したことは記憶に新しい。
そこから大きな騒ぎはもちろん、小さな騒ぎも起こっていないはずだった。
「伊織さんがなんとかしたからこそ、ポルターガイストはなくなったんじゃないんですか?」
「文ちゃん、なくなったなんて言ってないじゃーん」
チュニック丈の寝間着用トレーナー1枚で、雪野が伸びをする。
伸びたときに丈があがり、太ももがあらわになった。
文貴は目線をぎぎぎと外しながら、伊織に向き直る。
「どういうことですか」
「どういうこともなにも、私がしているのは対処療法にすぎません。この家は霊的なものを寄せ付けすぎて、根本的な解決には至らないんです。もちろん根本的な解決方法も、並行して探っていますが」
じゃあなんだ。この家が訳あり事故物件要素満載なことはかわりがないわけか。
「でも文ちゃん単体でいるときはポルターガイストなかったんでしょー?伊織ちゃん、幽霊が強くなってるとかはないの?」
最もな疑問に、伊織は首を振る。
「強力な幽霊が寄り付いたというより、文くんの特性は文くん1人にしか効果がない、というべきでしょうね。文くん1人だけが家にいる状態だと、文くんは持ち前の霊的なものへの鈍感さでポルターガイストを知覚できない。でも私たち知覚できる人間も一緒にいたら、知覚できるようになってきた」
「つまり文ちゃんは、そこにいるだけで全員に効果があるわけじゃないってことか」
「そうですね。むしろ、そこにいるだけで影響を及ぼしているのは私かもしれないです。文くんは聞こえなくて、私と雪野さんだけポルターガイストが聞こえるというパターンだってありえるべきですから。むしろ今までがそうだったのかも」
冗談じゃない。
特にそんな霊的なものを見聞きしたい訳じゃない。
「ちょっと!伊織さん、早く事故物件に住む依頼受けてきてくださいよ」
見える人が1人でも減れば、余計なものを見ずにすむかもしれない。特に霊能力者1名がいなくなれば。
「そんな都合よく来ません。っていうか、文くんのほうが向いてるかもね。事故物件住みます職員」
「向いてるとしても正社員としての職じゃなかったらいやです!」
「あーいっそ不動産業界受けてみたら?」
「やですよ、土日休みがいいですもん」
そんなときだった。
ピンポーンとチャイムが鳴る。
素早く伊織が立ち上がる。
「はーい」
「……あの、シェアハウスの件で、来たんですけど」
「お待ちくださーい」
通話ボタンを切った後、伊織は首を傾げた。
「雪野さん、シェアハウスの件で人が訪ねてきてるんですけど、何かわかりますか?」
ぱんっと手を叩く雪野。
「あー、新しい入居者かな?」
文貴は伊織と顔を見合わせた。
聞いてない。
まったくもって聞いてない。
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