第37話

「じゃあ、さぁ。最後の一つは私に使わない?」


「は?」


「だから、最後の一つを私と一緒に使わない? 使ってくれない?」


「断る」


「……即断即決ね」


 そんなのは当たり前だと思うけどな。瑞穂の目の前で、いや瑞穂がここに居なくたってゆかりとそんな関係にはならないし、なれない。

 たとえ、瑞穂と恋人同士にならなかったとしても僕はゆかりとは関係を結ばないだろう。


 僕にとっての思いとはそういうもので、決してゆかりのことが嫌いとかではない。


 あくまでゆかりとは友人でその先にはどうやっても進むつもりがなくなった、だたそれだけのことだ。


「すまんな。ゆかりとは友人以上のことは考えられないんだ。ゆかりがずっと僕のこと気にかけてくれていたのは分かっていたけど、今までズルズルとこんな状態のままいて本当に済まない。一度断ったんだから、あとは放って置けばゆかりの方で諦めてくれるんじゃないか? って自分勝手に逃げていたんだ」


「ううん。私だってそんなことずっと前から分かっていたもの。なのに私の方こそずっとすがりり続けて迷惑かけていたんだよ。もしかしたら、あれはなにかの間違いでもう一度私のことを振り向いてくれるんじゃないかなって、私も自分勝手に都合よく考えていたの。貴匡、今までありがとう」




「えっぐっ、えっぐっ、ぐずん」


 話に参加していなかった瑞穂が僕の後ろの方で思いっきり泣いていた。涙と鼻水でドロドロだ。


「み、瑞穂。はい、チーンして」

 瑞穂の鼻にティッシュペーパーをあてがい鼻をかます。


「ふんにゅうっ あじがとぉたがましゃくん」

「いやいや。それより落ち着こう、瑞穂」


 こくこくと頷く瑞穂の頭を撫でて、落ち着かせる。

 僕とゆかりのやり取りを聞いて泣いてしまったようだ。


「くすん。貴匡、くん。私、アッチの部屋行っているから最後の一つ使ってもいいよ。私我慢するから、大丈夫だよ……くすん」


「もう。そんなコト絶対にしないから我慢とか言わないの。僕は瑞穂しか抱かないから」


「そ、そうよ。私だってこの期に及んで貴匡に抱かれちゃたら、忘れようにも忘れられなくなって苦しいだけだもの。だから、ありえないから、瑞穂は気にしないで! ほんと大丈夫だから」



 僕とゆかりで何故か瑞穂を慰め宥め落ち着かせる。


「ごめんなさい。関係ない私が一番号泣して迷惑おかけしました。落ち着きましたので大丈夫です」


 あぐらで床に座った僕にコアラ抱っこしながら大丈夫とか言われても、信憑性がぜんぜんない。あと、抱きついた瑞穂が柔らかいしいい匂いするし腰のあたりを偶に動かすし、で僕自身の精神がゴリゴリ削れて行く感じも否めない。


「ま、まあ、瑞穂が本当に貴匡のことを想っているのがよく分かって、私は安心して貴匡のこと忘れられるよ。まだ私も一六歳と数ヶ月なんだから今からリセットして行けば貴匡超えのいい男に出会えるかもしれないしね」


「うん、ゆかりん。私に任せておいて! 貴匡くんを幸せにします。私たちの親がした過ちは私たちは絶対にしない! 子供もバンバン産むからね!」


「いや、子供もバンバン産むとか産まないとかの話はしていないし。瑞穂はもう少し落ち着いて、というかちょっと離れてよ。いや、更にきつく抱きつくとかなしナシの方向で、普通に苦しいから……ゆかりも笑ってないで助けてよ」


 確かに僕たち二人の親と同じ轍は踏まないというのは正しい。亡くなってしまった方も何処かにいなくなってしまった方も絶対に同じことを僕たちはやらないし、してはいけない。

 僕らはまだ子供だけど、それくらいの判断はつく。将来なんて見えやしないけど、一つ一つを一日一日を丁寧に確実に過ごして、いつか、瑞穂がさっき言っていたようなことになれれば最高だと思う。それは簡単な道程ではないことも承知している。でも、最初から諦めたり途中で挫折しても道を、目的を誤らない限り僕らは大丈夫――そう思っている。


「貴匡と瑞穂はホント良いカップルだね。短期間でベッタベタになるわけだよ。考え方も思いも生き方も、もち、身体もジャストフィットだったんだね。十何年も一緒にいたくせに何も分かってあげられなかった私との差はそういうところなんだろうな~ ほんと何度も言って申し訳ないけど、瑞穂、貴匡をよろしくね」


「任されたよ、ゆかりん」


「さっきから、ゆかりが僕の保護者みたいな言い草だよな」


「そんなのそれこそ今更じゃない。中学の頃、夜中にふらついて喧嘩してどんだけ心配したことか……」

「へ? 知っているの?」


 ボコボコの血まみれ姿もいつの間にか見られていたそうです。

 その節は申し訳ございませんでした……


「この前だって転んだとか嘘言って、あれも喧嘩でしょ? 私、バカみたいに教室で泣かされたわよね」

「……スミマセン」


 そこに僕から離れた瑞穂まで参戦してきて、僕の駄目なところ指摘合戦が始まってしまった。先程までの愛と希望に満ち溢れた思いの丈をぶつけ合う青春の一ページは破り捨てられて、ただただ、僕が瑞穂とゆかりのふたりに叱られると言った訳解んない状態になってしまった。







「あ~ 今日は本当に楽しかった。気持ちもすっかりスッキリしたからあとはお家のお風呂で一人で泣いてお終いにするわ」


「泣くんだ……」


「当たり前じゃない。失恋確定したんだから少しぐらい泣かせてよ。その代わり明日からは普通になるから大丈夫だよ」


「分かった。じゃあ、明日からもよろしくな。あ、バス停まで送るよ。瑞穂も一緒に行くだろ?」


「ううん。いかない。貴匡くん一人で送っていってあげて」

「……ん。分かった。ゆかり、行こうか」



 バス停まで徒歩数分。

「……今日はありがとう」

「なんかしたっけ?」

「いろいろ」

「……そうか、いろいろだね」

 何時ものようにゆかりと話せない。まあ、当然か。


「ねえ、また来てもいいかな?」

「構わないよ、瑞穂と僕の友達だからね、ゆかりは」

「へへ、ありがとう」

「礼を言われることでもないと思うけどな」

 バス停まで着いてしまう。次のバスは五分後の予定、なんか狙ったみたいに丁度。

「ねえ貴匡。最後に、本当に最後だから一つだけワガママ聞いてくれる?」

「ん? 良いよ」

「やさしいね。やっぱり貴匡は」

「そうでもないよ。長年思ってくれている人を突き放すぐらいには嫌なやつだよ」


 バスは珍しく定刻通りに到着するようだ。向こう側の交差点でウィンカーを点滅させて右折待ちをしている、残り一分もあればここに着くだろう。




 乗車口の扉が開く。

「じゃ、また明日……な」

「うん、あした」


 ゆかりはそう言うと僕にキスをする。

「最後のワガママだよ。バイバイ」


 バスが見えなくなるまで、僕はただ、そこに佇んでいるだけだった。

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