第817話 安物件

大学に行くために一人暮らしをする事にした


大学に近い、もしくは駅などの交通の便が良いところを選びたい


しかし、どの不動産屋へ行っても、そう言うところはすでに無いか家賃が高かった


「やっぱり、卒業してアパートの部屋が空くのを待つしか無いか」


学生用のアパートは、部屋が狭く、また学生も多いためうるさいイメージがあるためあまり選びたくない


「っと、こんなところに不動産屋なんてあったのか」


古臭い建物で、営業しているのかどうかも怪しい、不動産とだけ看板が掲げられた店があった


「今日はここを最後にするか」


すでに、ネットで調べた近くの不動産屋は巡り終わっていた


つまり、この店はネットにホームページを持たない個人の店なのかもしれない


「こんちわー」


中は外見とはうらはらに綺麗であった


奥から出てきた普通のおじさんに希望を伝えると、いくつかの物件を紹介してもらえた


しかし、やはり他の不動産屋と同じで駅に近いところは高く、大学に近いところは空きが無かった


「もう、他には無いですよね?」


「あるにはあるんだけどね……」


そう言って、おじさんは2件の物件を紹介してくれた


一つは、駅には近いがボロアパート。もう一つは、大学からも駅からも少し遠いが、無茶苦茶安い一軒家だった


車で案内すると言われたので、とりあえず近くの物件から見せてもらう事にした


「……本当にボロイっすね」


「今住んでいるのは、一人だけだから近所づきあいもしなくていいし、静かだと思うよ」


アパートは2階建てで1階に4部屋、2階に4部屋の合計8部屋。そこに一人しか住んでいないのも分かる


むしろ、よく住む気になるなというくらいにボロイ


2階への階段は錆びていて、ところどころ階段が割れて穴が開いている


窓から中を覗くと、何十年放置したのかっていうくらいシミやらカビやらでひどい


「無理っす」


「わかった、それじゃあ次へ行こうか」


おじさんも、ここにしてくれるとは思っていなかったのか、あっさりと次へ移動した


「本当に、ここっすか?」


写真で見た時は、よく見えるように撮っているんだろうとか思っていたし、実際にボロアパートは結構前に撮ったぼろくなる前の写真を掲載していた


だが、ここは写真どおりで綺麗だった


「中は掃除していないから、今日は入れないよ。というか、入るなら鍵を渡すから一人で入ってくれ」


「ほえ?」


よく分からないが、おじさんは中を案内してくれないようだ。カーテンのかかっていない大きな窓から中を見ると、掃除をしていないと言っていたのに綺麗だ


さっきのボロアパートを見せられたから、余計に良物件に見える。いや、実際に月1万で1件屋を借りられるんだから良物件なんだろうけど


「もしかして、事故物件っすか?」


こういう安いところは事故物件でもないとこの値段にならないだろうと、ド直球で聞いてみる


「いや、ここで死んだ人は居ないよ」


何か言い回しが変な気もするが、他の人に取られるくらいならとりあえずここに決めようと思った


「それなら借りたいんすけど、いつから荷物を運んでいいんすか?」


「事務所に戻って、契約が終わればいつでもいいよ。敷金礼金はとらないけど、その代わり修繕は自分でしてね」


つまり、自分で壊したりしなければ余計な出費が発生しないという事だろう


「あと、前に住んでいた人の電化製品は残っているはずだから、冷蔵庫、洗濯機、エアコン、テレビ……はどうだったか忘れたけど、ある程度の物はあるから使っていいよ」


「はいっす」


これでさらに出費が減りそうだ。でも、なんでそんな安いのに誰も借りないんだ? あの店に来る人が居ないのか? きっとそうか


自己完結し、物件の契約を終えて鍵を借りる


次の日、自転車でさっそく家へ行く


鍵を開け中に入ると、やはり綺麗だ。まるで毎日掃除しているかのように


靴を脱いで中へ入る。居間に、キッチンに、寝室に、洗面所と風呂場、トイレも洋式で新しい


エアコンも冷蔵庫も洗濯機も、ついでにあるかどうか忘れられたテレビもあった。ビデオはついてないが


それぞれの部屋は、今時珍しくふすまで区切られていた。とりあえず、自転車をこいで疲れたので居間に荷物を下ろしてくつろぐ


少し眠ってしまっていたのか、気が付いたら薄暗くなっていた


「そろそろ帰らないと」


まだ細かいところはほとんど見れていないが、また今度くればいいだけだ


「あれ?」


いつの間にか、しめたはずのふすまが少し開いている


ふすまをしめようと、ふいに寝室の方を見ると、血だらけの赤ん坊と目が合った


「うわあああ!」


腰を抜かして、逃げる事も出来ずに赤ん坊を見るしかない


すると、赤ん坊は視界から外れてどこかへ行った


「ななな、なんだったんだ?」


やっぱり、事故物件なのか? と思い、とりあえず家から出ようとトイレの前を通りかかると


コンコンッ


と中からノックされた。当然、俺以外に人が居るはずも無いし、何よりもトイレの中からノックするなんてこと普通は無いだろう


「ヒュッ」


呼吸が止まり、叫び事すらできずに呆然と立ちすくむ


しばらくたって、それ以上何も起こらなくなったところで、ゆっくりと玄関へと向かう


玄関の、俺の靴の上に黒い何かが居た。まるまった黒猫のように、真っ黒な黒い何か。毛玉だとしたら、なぜここにあるのか


とりあえず、それをどかそうと手を伸ばすと、目が合った


それは、毛玉ではなく、長い髪に包まれた女性の頭部だった


「ぎゃーーー!」


俺はそのまま気絶した


それからどのくらいの時間が経ったか分からないが、ゴロゴロ、ズリズリという音で目を覚ました


ゆっくり目を開けると、畳の上を赤ん坊がハイハイしていて、廊下を女性の頭部が転がっていた


「ああ、だから部屋も廊下も綺麗だったのか……」


俺はすぐにその家を解約した

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