第701話 介護疲れ
私は介護に疲れていた。母親は、私を女手ひとつで育て上げてくれた。それには感謝している
しかし、70歳を超えたころから言動がおかしくなり始めた。最初は単なる年による物忘れかな、くらいだったけれど、いつの間にか食事も一人で取れないくらいになっていた。認知症だ
ここまで行くと、私も仕事を止めて介護をせざるを得なかった
幸い、それなりに貯金もあったし、退職金も出たので無駄遣いさえしなければ生活していける……そう思っていた
「なんで買い物に行ってる間に、問題を起こすのよ!」
母親は、私がいない時に勝手に外へ出て人の家の物を壊したり、水道を開きっぱなしにして水を流し続けたりしていた
その弁償や、水道光熱費が私の貯蓄をあっさりと食い尽くした
「ごめんね。私もボケてなければ働いたのに」
私が介護し始めてからもう数年たっており、本人の痴呆も悪化していた。夜間の徘徊、排泄の失敗、ご飯をこぼしたり、風呂で暴れたり……私ももう限界だった
そんなある日、買い物から帰ってくると母親が居なかった
「また勝手に……」
はぁ……とため息をついて荷物を下ろす。すると、机の上に一通の手紙が置いてあることに気が付いた
「娘へ。私の認知症はひどくなるばかりで、迷惑をかけています。だから、私の事は気にせずに元気で過ごしてください。母より」
簡潔にそれだけ書かれていた手紙を見て、私は「まさか……」と思い家を飛び出す。近辺を探したけれど母は見つからず、警察へもすぐに捜索願を出したけれど見つからなかった
数日後、母親は35kmも離れた場所で遺体で見つかった
葬式も終わり、今まで介護をしていた時間がまるまる空くと、とても虚しさを覚えた
「私、親孝行できてなかったな……」
認知症になってから、母は泣きそうな顔ばかりだったように思う。それに最近はイライラして、母も私に頼みごとが出来なかったのだろう
「そうだ、最後に母が残した手紙、あれはどこへやったかな」
絶対に捨ててはいない。だけど、見つからない。葬式のごたごたで誰かが勝手に捨てた? いや、家はまだ片づけていないはず
それともう一つ不思議な事がある。なぜ母は35kmも離れた場所へ行けたのだろうか。体力も無くなっていた母は、よたよたと歩くのにも苦労していたはず。現金は持たせていない
それからさらに数日後、こんな手紙が家に届いた
「臓器提供ありがとうございました」
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