第32話 売れる商品

 ハウリン村で四日目の朝を迎え、手早く朝食を済ませると俺は王都の屋敷に転移。

 ハウリン村の景色から屋敷の自室へと視界が切り替わる。

 すると、ちょうど部屋の掃除をしていたのか自室にはメイド長であるエルザが窓を拭いていた。


「ただいま」

「ひゃっ!?」


 とりあえず声をかけると、エルザがビクリと身体を跳ねさせて変な声を上げた。

 今のってエルザの悲鳴だよな? 

 自室を見渡してみるも他にメイドの姿はない。俺とエルザの二人だけだ。

 ということは今の悲鳴は紛れもなく目の前にいるエルザからであって。

 冷静沈着なエルザの口から漏れたとは思えない悲鳴だったな。


「ごめん、驚かさないように優しく声をかけたつもりなんだけど」

「……恥ずかしい姿をお見せしてしまい申し訳ありません。今日はクレト様が帰還される日でしたので、その事をしっかりと頭に入れておくべきでした」


 恥ずかしさのせいで頬が赤くなっているものの、いつものクールなエルザに戻る。さっきの事をからかってみたいという悪戯心が少し湧いたが、それについてこれ以上触れるなというオーラをビンビンに感じたのでやめておくことにした。


 こういう事が起きないように俺は自室に転移で戻ってくる事が多い。

 今回はそのタイミングでちょうど掃除をしていたエルザと鉢合わせてしまっただけのこと。

 どちらが悪いというような事ではなかった。

 なんともいえない空気を振り払うように俺は本題を進める。


「俺がいなかった間に異常は?」

「特にございませんでした。エミリオ様からの伝言もありません」

「そうか」


 いつもなら三日もあれば仕事も舞い込むものだが、俺がハウリン村で新しい生活を始めている事は知っていて遠慮しているのかもしれないな。

 まあ、新しくやりたい事ができたので、その心遣いは嬉しい限りだ。


「今日はどうされますか?」

「ちょっとエミリオに用があるから商会に顔を出してくるよ」

「かしこまりました」

「なんだか忙しなくてごめんね」

「いえ、そんなクレト様の生活を支えるのが私たちの役目ですから」


 エルザが恭しく頭を下げるのを見て、俺はエミリオ商会に転移。

 光が身体を包み込むと、屋敷の自室からエミリオ商会の執務室にやってきた。


「おや、クレト。お帰り」


 俺が突然転移してきたにも関わらず、まったく戸惑う様子もなく出迎えの声をかけるエミリオ。


「エミリオは俺がいつやってきても驚かないよな」

「慣れているっていうのもあるけど、今日くらいにはクレトが顔を出すことは予想がついていたから」


 とは言うものの、不意打ちで転移してきても大して驚くことがないんだよな。

 エルザとの経験の差というものが如実に現れたようだ。


「ハウリン村での生活は満喫できているかい?」

「ああ、お陰様でな。王都では過ごすことのできない、ゆったりとした時間を過ごしているよ」

「うーん、僕にはクレトのように枯れた感性は持っていないけど、たまにならそっちでも過ごしてみたいかもね」

「枯れた感性とは失礼な」


 人生を一度心機一転とさせているせいで、普通の若者よりも枯れている自覚はあるが、そこまで言われるほどではない……と思いたい。


「まあ、そんなことよりエミリオ。実は王都で売ってみたい物があるんだ」

「クレトが自発的に持ってくるとは珍しいね。何を売りたいんだい?」


 商売の話になった途端エミリオの表情が引き締まり、商会長らしい顔つきになる。

 先程までののんびりとした雰囲気はどこに行ったのか。若干着崩していた服も今ではカッチリとしている。商売人としてのスイッチが入ったようだ。


「ここのテーブルに置いてもいいかい?」

「ああ、構わないよ」


 エミリオの許可がもらえたところで、俺は亜空間から木箱を取り出して並べる。

 そして、次々と木箱の蓋を外していった。


「これは?」

「ハウリン村で獲れた作物さ」

「……もしかして、村人に売ってくれとでも頼まれた? いくら、クレトの頼みでも商会の利益にならないものは売れないよ?」


 木箱から覗いている作物を一瞥するなり、エミリオはハッキリとそう言う。

 エミリオなら俺が持ち込んできた商品の話を一応は聞いてくれるだろう。

 しかし、そこに何の価値や利益も見出せなければ、俺たちの仲であろうと遠慮なく却下する。それがエミリオという男だ。


「これは頼まれたものじゃないよ。俺が実際に口にして売れると思ったから持ってきたんだ」

「へえ、クレトがそこまで言うなら話を聞いてあげるよ」


 ハウリン村の作物を売ることができるかは、俺のプレゼンにかかっていると言ってもいいだろう。

 俺は不敵な笑みを浮かべるエミリオに持ってきた作物について説明する。


「なるほど、確かにここにある作物は僕でも知らないものばかりだ」


 食材の説明が一通り終わると、エミリオは感心の声を漏らした。

 たくさんの情報を知っているエミリオでも知らない事というものはある。今回のハウリン村の作物がその例だろう。


「ハウリン村の人たちもこれが普通だと思っているみたいでね」

「……誰も特別だと思っていないのか。それなら僕の情報網にも引っかかっていないはずだ」


 大きな街からも遠い田舎の村だからこそ、あまり情報が出てこなかったのであろう。

 エミリオは参ったとでも言うように肩をすくめていた。


「だからこそ、俺たちがそれを売ってやりたいんだ。いい物を安く仕入れて、高く売る。それが俺たちの商売だろう?」

「へー、クレトも言うようになったじゃないか。ハウリン村の作物の特殊性はわかったけど問題は味だね」

「それについては一番自信がある。まずは、そのまま食べてみてくれ」


 正直、どれだけ口で弄しようが最後には味が物を言う。

 しかし、エミリオをそこまで引きずり込めば、勝ちだということを俺は確信していた。

 アンドレ家の特大ネギ、オルガの育てたトマト、他の村人から託された青ナス、三色枝豆、大玉スイカといったものを差し出す。

 こうなることを想定して、すぐに食べられる状態のものを亜空間で保存していたのだ。

 勿論、加工済みのものもステラに保険として作ってもらっている。生のままでは判断が難しくても、実際に料理されたものを食べれば判断も下しやすいだろう。


「じゃあ、まずはこの大きなネギから」


 エミリオは一口大にカットされたネギを楊枝で刺して、そのまま口に入れる。


「何だこれは? 口の中で蕩けるように甘いっ!?」


 すると、エミリオが大きく目を見開いて叫んだ。


「だろ? くたくたになるまで煮込んだらもっと甘くなるし、焼いて塩と一緒に食べても最高だぜ?」


 エミリオに売り出すために、それらの食材の美味しい食べ方は一通り教わっている。

 ただでさえ、蕩けるような甘みなのに調理すると何倍にも美味しくなるのだ。

 ただのネギではないのだが、恐ろしいスペックを秘めたネギだ。


「それも食べてみたい! けど、今は生のままで一通り確かめるのが先だ。次はこのタマネギのような形をしたトマトだ」


 興奮した心を落ち着かせるようにエミリオはオルガのトマトを手に取った。

 トマトに関してはジューシーな果肉を味わってもらうためにカットはしていない。

 そのまま一個をかぶり付いてもらうのが一番だ。

 エミリオが大きく口を開けてトマトを齧る。

 シャクッとした皮の音と汁気が傍にいるだけで伝わってきた。


「そこら辺にある水っぽいトマトや酸味の強いトマトとは違う。なんて濃厚な旨味なんだ! それでいて甘味と酸味のバランスも絶妙! これを使っただけでただのトマトスープの味が何段階も引き上げられそうだ!」


 心を落ち着かせるために食べたトマトが、またしてもエミリオの心を興奮させた。

 それだけエミリオの知っているトマトとは一線を画していたということだろう。


 俺もハウリン村で最初に食べた時はどれも驚いたものだ。

 前世では確実にブランド品として売られるだろうという味の作物が、普通に転がっていたのだから。

 エミリオはトマトを食べた後も、青ナス、三色枝豆、大玉スイカといったハウリン村独自の作物を味見していく。


 そして、それらが終わった後に改めて俺は尋ねた。


「どうだ? これなら売れるだろ?」

「ああ、間違いなく売れる。王都の市場でも通用するし、高級レストランにだって卸せる。クレト、いい物を持ち込んでくれたね」


 満足げな表情と共に告げたエミリオの言葉を聞いて、俺はハウリン村の作物がエミリオに認められたのだと理解した。







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