第114話 誤解

大地君が経理に来た日の定時直前、社長に呼ばれ、社長室に向かった。


秘書の方に誘導され、社長室に入ると、社長は新聞をデスクに放り投げた。


そこには【サンライズ、白鳳を買収】の文字。


『株価大暴落してたし、そりゃそうなるよねぇ』と思っていると、社長はソファに移動し、私にソファに座るよう促してきた。


私がソファに座ると、社長はため息交じりに「突然で申し訳ないんだけど、来月から叔父の会社に行ってもらえないかな? うちの子会社なんだけど、所属はうちのままで、経理として派遣してもらいたいんだ。 このままここに置いておくと、あいつが頻繁に来てしまって、双方の業務に支障が出るからね。 あいつが落ち着くまで、そっちに行ってもらいたい」といきなり切り出した。


「…解雇したほうが早いんじゃないですか?」


「それは無理な話だよ。 上原さんが褒めているくらいだから、本当は手放したくはない。 向こうの経理が不足してるって話が出たんで、代わりの人員が入るまでの、苦肉の策だと思ってくれ」


「…わかりました」


「それと、これから食事でもどうかな? 個人的な話をしたいんだ」


「個人的な話ですか?」


「ここでプライベートな話はしたくないんでね。もし時間があればなんだけど、どうかな?」


「わかりました」


『個人的な話ってなんだろ?』と思いながら社長室を後にし、帰宅準備をしていると、上原さんが「美香ちゃんごめんね。せっかく慣れてきたのに…」と、悲しそうな表情で言っていた。


「いえ、落ち着いたらまた戻ってきます」と言うと、上原さんは何度も謝罪してきた。


秘書の方に呼ばれ、二人で玄関に向かうと、社長のハイヤーが会社の前に横付けされていた。


社長と二人で後部座席に乗り込んだんだけど、社長は口を開こうとしなかった。


重い空気のまま、懐石料理店の前に着くと、和服を着た上品な女性が、店内に案内してくれた。


和室に入ると、テーブルの上には綺麗な食器や料理が並んでいる。


テーブルの向こうにある、ガラス襖の奥には、手入れされた和風庭園と大きな池が。


『絶対に高いよね…』と思っていると、社長に促され、椅子に座り、社長にお酌をしていたんだけど、突然、襖が開き、大地君が姿を現した。


思わず言葉を失ってしまったんだけど、大地君は黙ったまま私の隣に座る。


すると社長が「こいつは居ないものと思ってくれていいよ。 喋らないなら同席させるって条件だからね」と言い、私にお酌をしてくれた。


ピンと張り詰めた空気の中、乾杯をしたんだけど、緊張しすぎているせいか、手が小刻みに震えていた。


社長は飲み物を一口飲んだ後、「うちの元嫁が迷惑をかけたみたいだね」と、突然切り出してきた。


「元奥さん?ですか?」


「そう。君が実家に行ったとき、明け方に大地と話していたのは僕の元嫁。 婚姻期間は半年しかなかったんだけど… 恥ずかしい話、浮気をされていてね。 その浮気現場を大地が目撃したんだよ。 元嫁は大地が密告したって思ってるんだけど、その時には探偵を雇って証拠集めをしていたんだ。 今は僕に対して接近禁止令が出ているし、慰謝料を一括で払ったから、金がなくて困って大地のところに行ったんだと思う。 おそらく、浮気相手の子どもだろうな…」


社長の話を聞いた後、自然と沈黙が訪れた。


『社長がこんな嘘をつくようには思えないし、全部誤解だったって事だよね?』


そう思いながら、黙って俯いていた。

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