第66話 暮葉は人見知り

 眠くなるような陽気の春の正午、ボクは眠気と闘いながら授業を受けていた。

 いつも通りの授業は非常に眠く、お昼の後の楽しみな授業に思いを馳せながら闘い続ける。

 しばらくして闘いは終わり、休憩時間となる。

 いつもなら酒呑童子たちがやってくるのだが、購買に調達に行っているので今は誰もいない。

 待っている間のその時間は、慣れた学園生活の中でも非常に不安になる時間の一つだ。


「あ、夕霧さん! 良かったら一緒にご飯食べませんか?」

「ひぅっ!?」

 心細い心持のまま待っていると、クラスの男子生徒が声をかけてきた。

 なんでボクに声をかけるんですか!?


「ちょっと男子。怖がらせてるじゃない。だめだよ」

「えっ? 今のどこに怖がらせる要素が?」

「暮葉ちゃんは人見知りなんだから、そこ汲み取らないと」

「そうそう。女子でも簡単じゃないんだよ?」

「同じクラスになってから未だに慣れてもらえない私もいるんですけど……」

「そんなこと言ったってなぁ。無理にでも慣れてもらわないとだめじゃないか? なぁ?」

「ひぅっ!?」

 こっちに話しかけられた瞬間、ボクは後ずさるようにして身をすくめて逃げる。

 やっぱり人間怖い……。


「あのなぁ。そんな風に怖がられるようなことしてないと思うぞ? なんか言ってくれよ」

「……。は、話し、かけないで……」

 何とか絞り出せた言葉がこれだけ。

 妖種としてのボクと人間としてのボクとではこんな風に大きな開きがある。

 まぁ妖種の時も関わりのない人間に話かけたりはしないんだけど。

 特に同年代の男の子には忌避感がある。


「ほら、あっちいきなよ。ごめんね? 暮葉ちゃん」

「あぅ……。その、大丈夫、です……」

 絶賛人見知りなボクであった。


「ふぅん? 暮葉は相変わらずだなぁ。今のところ話せる男子って田中だけじゃないか?」

「み、みぃくんとは昔馴染みだから。あんまり近寄らるのは止めてほしいけど……」

「まぁでも、暮葉もそろそろ人に慣れないととは思うよ?」

 ボクの席の周りには酒呑童子をはじめ茨木童子たちが集まって話しながらご飯をたべていた。

 いつもの光景だけど、今日の話題はボクの人見知り改善についてのようだ。


「うちは~、人見知りな暮葉も好き~」

 スクナがボクにくっつきながらそう言う。

 小さなスクナはふにふに柔らかくて癒される。


「みんなはそういうのないの?」

「私はそういうのはないよ?」

「俺も当然ないな~」

「あはは、私はある程度うまく立ち回ってるから」

 ふむふむ、茨木童子と酒呑童子、熊童子はそういうのはないと。


「あたしは面倒だから無視」

「あたしは気分次第かな~」

「うちは勝手に撫でられる」

 金熊童子は無視派か。強メンタルだね。

 星熊童子は鬼なのに猫っぽいところあるんだよね。

 両面宿儺はまぁわかる。ぷにぷにしたくなる顔とかしてるもんね。


「私は人と関わらないといけないからな~」

「私もそうですけど、黒奈ちゃんが気まぐれだから、そのフォローもあります」

「ん。面倒嫌い。というかあたしに構わないでほしい」

 みなもちゃんは人と関わらないといけないので大変そうだ。

 雫ちゃんはどうやら黒奈のフォロー役もしているようだし。

 黒奈はまぁ、うん。猫だからね。


「こうして聞いてみると、みんなそれぞれっていう感じがするね。でも人嫌いもそれなりに……」

 ボクみたいな人見知りではなくて単純に面倒って言ってる子のほうが多いけど、一応仲間認定しておこう。

 ボクのメンタルのためにも。


「まぁ暮葉は仕方ないんじゃないか? どうあがいても箱入り娘だし」

「昔は人形みたいだったけど、改善するどころか悪化した感じもするね」

「悪化の原因は大人たちだった気がするけど……」

「面倒なら関わらないが一番」

「前向きに行こうよ! 人間と密接に関わっても面白いことないし! ほどほどが一番だよ」

「しつこかったらぷっちんするから」

 鬼たちは言いたい放題だ。

 でもスクナ? ぷっちんしたらだめだよ?


「ふぁ~。鬼たちは楽しそうでいいね」

「まぁ鬼たちは人間形態の時も強いし」

「そもそも鬼のメンタルをくじこうというのが無理な気が……」

 黒奈は興味なさそうな感じで寝転んで丸くなっている。

 結局のところ、種族差なのかなぁ。


「そういえば杏ちゃんはどうなんです?」

「あ~、杏ちゃんも結構人見知りみたいだよ? ボクが聞いた限りだとね」

「狐特有なのかな?」

 雫ちゃんの質問に答えたものの、みなもちゃんの言うように妖狐特有な可能性もある。

 う~ん……。これ、解決するのかなぁ。


「まずは人間の女子を巻き込んでみるか?」

 酒吞童子が突然そんな提案をしてきた。

 えっ? それみんな困るのでは?


「あ、あの……」

「あん?」

 酒呑童子が話していると、一人の女子生徒が近づいてきた。

 今いるのは屋上なんだけど、どうしてここまで来たのだろう。


「暮葉さんたちのクラスメイトなんですけど……、覚えてないですか……?」

「う~ん?」

 声をかけられた酒吞童子がクラスメイトを名乗るその女子生徒をじっくり観察する。

 そして何か気が付いたようだ。


「ん~、知らねぇけど、お前、狸の妖種だな?」

「えっ!? ど、どうしてそれを……」

 そういえば、うちのクラスで一番影の薄い子がいたような気がする。

 思い返せば誰ともつるんだりしていなかったかも?


「うちのメンバーに狸はいなかったしなぁ。お前、名前は?」

「あ、えっと。丸山深月(まるやまみつき)です……」

「妖種名はあるのか?」

「あ、いえ、ないです……」

 丸山さんは見たところ暗そうな感じの女の子だった。

 読書とか好きそうというのはおそらく偏見だろう。

 にしても、よくここに入ってこようと思ったね。

 それだけでもすごいや。


「おう。俺は『酒井鈴』だ。酒吞でも別にいいぜ?」

「私は『茨木三奈』だよ。まぁ茨木童子でもいいけど」

「私は『熊谷加奈』でーす。熊童子って呼ばれてます」

「あたしは『金井美和』。金熊童子でもいい」

「あたしは『星野真央』だよ! 星熊童子でもいいからね!」

「うちは~『少名水樹』。両面宿儺でもいいよ~」

「私は『烏山みなも』です。よろしくね~」

「私は今は『夕霧雫』です! 夕霧家にお世話になってます」

「あたしは『黒井黒奈』てきと~に呼べばいいよ~」

「よ、よろしくおねがいします……」

 みんなしっかりと自己紹介していて偉い!

 見習わなきゃなぁ~……。


「ほれ、お前の番だぞ? 暮葉」

「うぇぇぇぇ!? ボ、ボクは……えっと、あの、その……えっと」

「人間だけかと思ったら初対面の妖種でもだめか~」

「まぁこればっかりは仕方ないね」

「うぐぐ……。えっと、あの……。ゆ、夕霧、く、暮葉、で、です……」

「よくできました」

「えらい」

「えらいえらい」

 初めてのお遣いをクリアした幼児のごとく、偉いを連呼されるボク。

 うぅ、仕方ないじゃないか。慣れてない人とは話もできないんだから……。


「あ、ありがとう、ございます……」

 丸山さんは頭を下げてみんなにお礼を言った。

 にしても、丸山さんって名前に丸が付くだけじゃなくて丸眼鏡つけてるのか。


 丸山深月さんは黒髪ロングヘアだが、手入れは行き届いていない、いわゆるオタク系女子のような見た目をしている。

 まぁ狸の子もホイホイ外に出るような社交的な面はないよね。


「えっと、家族の中でも、私が一番地味でして……。狸は狸で群れることが多いんですが、その、このクラス、狸いないんですよね……」

 丸山さんは伏し目がちながらそう話す。

 そういえば、うちのクラスって狸の妖種いなかったね。

 丸山さんを除いて。


「おう。そうなのか? 隣のクラスでは見た気がするけどまぁいい。面倒見てやるからこっち入れよ。暮葉とのことはゆっくり慣れていけばいいからよ」

 さすが酒呑童子。

 物怖じせず丸山さんを仲間に引き入れてしまった。

 すごい手際だ……。


「あ、はい。よ、よろしく、おねがいします」

 こうして狸の妖種の丸山さんと出会うのだった。

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