第64話 妖種と人間

 なんとなく暇な時間ができた。

「雫ちゃん、暇だし人間界の駅前のカフェに行かない?」

「あのカフェですね。わかりました、行きましょう」

 引きこもってばかりいても何なので、一緒にいた雫ちゃんを誘って駅前のカフェに行くことにする。


 人間界のボクの家を出て十数分ほど歩く。

 するとたどり着く駅前に、ボクたちの目的地の店がある。


「いらっしゃいませー」

 ドアを開けるとすぐに店員さんの声が聞こえてきた。

「何名様ですか?」

「えっと、二人です」

「では、こちらのお席へどうぞ」

 黒髪の女性店員さんに案内され、ボクと雫ちゃんは席に着いた。


「ご注文がお決まりになりましたら、ベルを鳴らしてお呼びください。それでは」

 そう言うと店員さんはボクたちのテーブルから離れていった。


「今日もたくさん来てますね。暮葉様」

「みんな元気そうでなによりだよ」

 ボクと雫ちゃんは店の中を見渡す。

 するとたくさんの女性と一握りの男性が目に入った。

 ここの客層は女性が多いので、女性用メニューが豊富に揃えられていたりする。


「とりあえず名に頼もうか。雫ちゃんはどうする?」

 メニューを開いて一緒に見ながらボクはそう問いかけた。

「そうですね。ペスカトーレのサラダセットにしようと思います。暮葉様は?」

 ボクがメニューを見て悩んでいると、雫ちゃんはすぐに注文する料理を決めてしまった。

 相変わらず早い。


「ん~。じゃあボンゴレ・ロッソのサラダセットにしようかなぁ」

 なんとなくトマト風味のボンゴレを選ぶことにした。


「それじゃあベルを鳴らしましょうか」

 雫ちゃんはそう言うと、近くにあるベルをちりんちりんと二回ほど鳴らす。

 すると、近くにいた女性店員さんがやってくる。


「ご注文をお伺いします。あら? 暮葉様いらっしゃいませ。それと雫様も」

 やってきた妖種の女性店員さんはボクたちを見ると小声でそう話しかけてきた。


「あはは。また来ちゃいました。注文はボンゴレ・ロッソのサラダセットとペスカトーレのサラダセットをお願いします」

「最近はどうですか? カフェ結構繁盛してるようですが」

 ボクは妖種の店員さんに注文をし、雫ちゃんは最近の状況を尋ねた。


「はい、ご注文を繰り返します。ボンゴレ・ロッソのサラダセットとペスカトーレのサラダセットですね。少々お待ちくださいませ。カフェは繁盛してますけど、最近は特に変わったことはありませんね。街にはほかの妖種の方もいらっしゃいますけど、トラブルが起きたとは聞いていませんね」

 妖種の店員さんは注文を復唱すると最近の出来事について少し話してくれた。

 といっても、特に何もない様子だが……。


「そうですか。それならいいのですが」

「あ、でも、最近変な勧誘に引っかかった妖種の方を助けるという事件はありましたね」

「詐欺ですか?」

「いえ、なんでもアイドル関連とか。あっち系に流れる可能性があったので救助と注意喚起をしたようです」

 どうやらよくないほうの勧誘に引っかかったらしい。


「うわぁ、こわいね」

「暮葉様も引っかからないでくださいね? 天都様がお怒りになることだけは避けたいので…・・・・」

「あ、うん。気を付けます」

 これは気を付けないといけないなぁ。

 やっぱり世間は怖いと思う。


「そうですね。そういえば最近また妖種を探している人間の方に会いました。大丈夫だとは思いますが、お二人も気をつけてくださいね」

「へぇ~。やっぱりいるんだ。チャットでもそういう人いるって話を聞いたなぁ」

 配信時のチャットやコメント欄にも懐疑的な人が来ることがある。

 本当に妖種なのかそういう役なのか、嗅ぎまわっているらしいんだけど。

 とはいえ、そういう人の情報はかなり特定されて、要注意人物としてリストアップされたりしている。

 下手に関わるとトラブルになる可能性が高いので、近づかないことという連絡があっちこっちにいっているのだ。


「私たち妖種は人間界だと人間に変化している上に、張られている結界の関係で人間には見分けがつかなくなっていますからね。やっぱりファンタジーな種族を見てみたいのではないでしょうか」

「そんなものかなぁ? でも、吸血鬼も人狼も、その他妖種や獣人もいるって知ったらやっぱり驚くよね」

「そうでしょうね」

 雫ちゃんはそう言うと、店内を見回す。


 店内には結構多くの妖種がいる。

 例えば、二つ先の席には人間の女性と一緒に話をしている妖種の女性がいるし、その隣には人間の女性と話す妖種の男性がいたりする。

 でも見た目は人間そのものなので、彼らは気が付いていない。

 といっても、グロテスクな見た目をしているわけではないし、人間の時の顔そのものなので違和感はさほどないと思う。


「さて、少し話過ぎてしまいましたね。もうすぐお料理ができると思いますので、しばらくお待ちください。それでは」

「あ、はーい」

 妖種の店員さんはそう言うと、ボクたちの席から離れていった。

 ほかの店員さんもそんなに動いていないので、今の時間はアイドルタイムといったところなんだろう。


「しかし不思議ですね。人間と妖種が入り混じって一緒に存在しているなんて」

 雫ちゃんはほかの席の人たちを見ながらそうこぼす。


「でも正体は隠しているし、本当の意味で共にあるって感じじゃないよね。まぁ仕方ないといえば仕方ないんだけど」


 妖種が正体を隠すのにはいくつかの理由があるが、最たる理由は怖がってほしくないからだ。

 寿命は違うし、妖種と聞くと恐ろしいものを想像する人もまだいる。

 なので、簡単には打ち明けられないという問題がある。

 こればっかりは簡単に乗り越えられないから仕方ないのだが。


「そうですね。暮葉様が成人されるころには田中様もいなくなっているでしょうし」

「あー。みぃくんには幸せになってもらいたいね~。いつか離れてしまう幼馴染のそういうところが心配だよ」

「そうですね。今の活動が実を結ぶといいのですが」


 ボクと雫ちゃんは苦笑しつつそんなことを話しながら、料理の到着を待つのだった。

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