第58話 バーチャル街と不思議なロボット

 いろんな人があっちこっちに行き来し、忙しそうにしている。

 ボクが今いる場所は大きめのライブ会場だった。

「は~い、参加されるVtuberのみなさんはあちらへ。見学されるVtuberのみなさんはこちらへお願いします」

 今日行われるのはVtuberによるバーチャルライブだ。

 しかも電脳世界のほうで。

 参加するVtuberの中には中身入りの子もいれば、今は中身のいない子もいる。

 ここは新旧のバーチャルキャラクターたちが集い、交流する場所なのだ。

 様々なところに昔見たキャラクターたちがいる。ボクはその光景に感動を覚えていた。

「へぇ~、噂には聞いていたけど実際に会うのは初めてだね? よろしくね、狐白ちゃん」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 今僕に話しかけてきた人は、男装系美人Vtuberとして名を馳せた『風音真』さんだ。

 だいぶ前に引退し、Vからは去ってしまった人気キャラクターだ。

「ここでの暮らしはどうですか?」

 ボクがそう問いかけると、風音さんはにっこりと微笑んだ。

「うん。こうやって暮らしていけるのはとても嬉しいし、満足しているよ。ボクには外の世界のことはわからないからね。でも、自由に動けるのはとってもいいことだよね」

 風音さんはとても嬉しそうにそう言った。

 この場所は実体のあるバーチャル街とは別にあるバーチャルキャラクターたちのための世界。

 いわゆる電脳世界だ。

 普通の人がここに来るためにはVRゴーグルなどをつけて、それぞれのアバターでログインする必要があった。

「はい、外の世界から来た方はこちらにお願いします」

 アナウンスに導かれ、ぞろぞろと歩いていく色々なキャラクター達がいる。

 あれは全員外部からのお客さんたちだ。

 どういう仕組みなのかはわからないけど、ちらちらとお客さんたちの声が聞こえてくる。

「わっ、もう見られないと思ってたあの人がいる!!」

「すごい! 俺、あの子大好きだったんだよなぁ」

「あれ? 何気に狐白ちゃんがいる」

 どうやらボクのことを知っている人が混じっていたようで、こっちに手を振ってきたので手を振り返しておく。

 ボクのチャンネルの登録者数は現在5万人を超えたくらいで配信時は百人単位から多い時で千人単位で来てくれることがある。

 たまに知り合いが拡散しまくってくれるおかげで万人がくることもあるけど、それほど多くはないので例外と考えておいてほしい。

 通常そんなに来るのは超大手のトップアイドルとかなので、ボクにはほとんど関係ない。

 ただ、知り合いの知り合いの知り合いのという感じで宣伝したら来てくれるためそのくらいになっているだけなのだ。

「ふふ、狐白ちゃん人気だね。たしか……、妖種なんだって?」

「あ、はい。キャラもそうですけど、実際にもそうです」

「へぇ~。ここに来てから本物の妖種には何人か会ったよ? ボクたちのいる世界では耳や尻尾、羽根が付いた子は多いけど、外の世界にもいるとは思ってなかったよ」

「彼らの多くがいる場所とはまた違うんですけどね」

 ボクは外から来た人たちを見送りながら、風音さんにそう言った。


 風音さんと別れ、ボクは見学のみんなと一緒にライブを行う子たちの様子を見る。

 多くの子たちは何度もライブをしているせいかかなり慣れた感じがする。

「や、狐白ちゃん。こうして会うのは初めでですね」

「コメントはしてないけど配信は見てました」

 ボクにそう言いながら何人かの人が近づいてくる。

 彼らの顔には見覚えがあった。

「あ、ライバーハウスのライバーさんたち。は、初めまして」

 株式会社ライバーハウス。

 かなり大手のバーチャルライバー運営会社で、とても人気のあるバーチャルライバーを輩出しているところでもある。

 夢幻酔は小さい会社なので、ライバーハウスとコラボするようなことはあまりないものの、共同でイベントを開催することは結構ある。

 そんなこともあるせいか、夢幻酔所属ではないけど関係者であるボクたちのことを知っている人も結構いるようだった。

「うん。やっぱり想像以上に小さいね。そしてかわいい」

「このままお持ち帰りできないかしら」

「今日はほかの子は?」

 ライバーハウスのみなさんから色々な言葉が飛んでくる。

 お持ち帰りはだめだけど、予定くらいなら伝えてもいいか。

「ボクのグループの子はあとで来る予定です。夢幻酔の一期生と姉様はもうすぐ来るはずですよ」

 実は今日のライブには、夢幻酔一期生たちが出演することになっている。

 そのため、彼女たちは事前に練習を重ねているわけなのだ。

「じゃあ次のリハに来るんだね」

「そうです。ところでライバーハウスからは何人でるんですか?」

「うん、こっちからは5人だよ」

 今日のライブは総勢で20人が登場することになっている。

 明日はさらに20人が登場するので、総勢40人が二日間でライブをすることになるというわけだ。

「そうなんですね。楽しみです」

 ボクはライバーハウスのみなさんにそう言うと、そっとその場を離れた。

 Vtuberがリハーサルと本番を観るのは自由なので、少しの間離れても問題ない。

 お客さんとしてきた外の人たちは一回離れてしまうと再入場しない限り戻ってこれないので大変だけどね。

 

 ボクはリハーサル会場から離れると、周囲を見るために歩き出した。

 この建物はかなり大きく作られており、ライブ会場のほか付属の遊戯施設や映画施設などもある。

 同時にレッスン用のブースなんかも用意されているので、覗けばレッスンをしているキャラクターたちを見ることもできる。

 まさにバーチャルキャラクターたちのための施設であり、街なのだ。

「ここからも月が見えるのかぁ」

 会場の外、エントランスから外に出ると暗い夜空が見えた。

 空には真ん丸夏希が浮かんでおり、遠くにはビルの明かりが見える。

 そう、電脳空間といえどそこには生活の痕跡があるのだ。

 もちろん人間的なキャラクターたちばかりというわけじゃない。

 モンスターチックなキャラクターもいればロボットだっている。

 ここはそういう世界なのだ。いわば異世界というわけ。

「あの明かりの先にはどんな世界が待ってるんだろう」

 ボクがここに来たのは今回が初めてだ。

 なので、電脳世界の街というものを知らない。

「コンバンワ コノヨウナ ジカン ニ ドウ サレマシタカ」

 ふと見ると、一体のロボットがこちらを見ていた。

 ブラウン管のようなモニターを持った古めかしいデザインのロボットだ。

「えっと。ボクは外から来たんですけど、この世界がどうなっているのか少し気になったので」

 ボクがそう答えると、ロボットは少しモニターを下げた。

「ナルホド ソト ノ オキャクサマ デシタカ」

 ロボットはそう言い終わるとモニターを上げた。

「コノセカイハ デンシノウミ ニ コウチクサレタ セカイ デス。ソト カラキタ アマテラス サマ ニヨッテ ウマレマシタ」

 ロボットは無機質な音声でそう話す。

「ワレワレ ハ コノ セカイデウマレ カツドウ シテイマス。マチ ハ ワレワレノドウホウ ガ イジ ウンエイ シテイマス」

「あなたは管理しているロボットなんですか?」

 ロボットの話を聞いてボクはそう尋ねた。

「ハイ コノ セカイ ノ マチ ヲ イジ シテイマス。モシ マチ ニ イク ノナラ ワタシ ガ アンナイ シマス」

「へぇ。そうなんですね。今日は無理ですけど、そのうちお願いしたいです」

「ハイ ヨロコンデ」

 ボクの言葉に、ロボットはモニターを縦に揺らした。

 どうやらうなずいてくれたようだ。

「でも、ロボットさんはどうしてここに? お掃除か何かですか?」

「ハイ キョウ ハ オキャクサマ ガ タクサン クル ト イウノデ ドウガタキト ソウジ ヲ シテ イマス」

 ロボットのその言葉を聞いて周りを見る。

 すると色々なところから同じ形をしたロボットが続々と集まってきたのだ。

「すごい。こんなにたくさん」

「ミンナ アエテウレシイ ヨウ デス。ソウダ アナタ ノ オナマエ ハ」

「え? 真白狐白です。あと、夕霧暮葉かな」

「マシロ コハク。ユウギリ クレハ」

 名前を聞かれたのでボクがそう答えると、ロボットは繰り返すように名前を何度もつぶやいた。

「アマテラス サマ ト トモ ニ コノ セカイ ヲ ツクッタ イジン ノ ナマエ ト オナジ」

「え?」

 ロボットが言った言葉にボクは耳を疑った。

「今なんて?」

 もう一度聞き返す。

「フタリ ノ カミサマ コノ セカイ ヲ ツクリマシタ ソラ ニ アル シンデン ニ ゾウ アリマス」

 ロボットの言葉を聞いたボクは驚きを隠せなかった。

 たしかに作る話はしたし、ある程度手伝ったけど、まさかこんな形で聞くことになるとは思わなかったからだ。

「そっか。そうなんだ」

 ボクはそう言葉を漏らした。

 まさか、ただ遊びに来ただけの世界の中に、ボクの痕跡が残っているとは思わなかった。

 いつかはその神殿にもいけるのだろうか。

「いつか、遊びに来れる時間ができたら、案内してくださいね」

 ボクがそう言うと、ロボットはモニターを縦に振った。

「エェ ヨロコンデ」

 これがボクと不思議なロボットの最初の出会いだった。

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