第31話 幼馴染とケモパラ

 先日はほぼ一日を葵姉様の絵のモデルとして活動して終えることになった。ちなみに例の婚約者さんはというと、仕事の話で家に来ていたようで、話が終わると早々に帰っていったらしい。あとから宗親兄様から聞いたのでボクは見ていないんだけどね。


 そんなこんなで翌日である今日、ボクはいつものメンバーと一緒に学校に登校していた。ボクはクラスではいつもおとなしく気配を消しているので、あえて近寄ろうとしない限りそうそう絡まれることもない。変に絡もうとしてくれば当然近くにいる酒吞童子たちが撃退してしまうので、ボクはそれなりに平穏な時間を過ごしていた。


 ところが、そこで思わぬハプニングが起きることとなった。それは――。


「くーれーはー!!」

 突然廊下から響くうるさい声。この声の主をボクは知っている。

「あいつまた来たのか。幼馴染だからって遠慮なしってのもどうかと思うぞ」

「まぁまぁ、田中君には田中君の考えがあるんだからさ。暮葉に面倒をかけなきゃそれでいいさ」

「みぃ君今日も元気」

 ボクの周りにいるいつものメンバーは例の声の主についてそれぞれの感想を口にした。彼女たちは『彼』と面識があるので、『彼』に向ける感情はクラスメイトたちに向ける感情よりも私情が混じったものとなる傾向にある。というのも……。

「暮葉!」

「えっと、なに?」

 クラスに入ってくるなりずかずかとボクの前までやってくると、『彼』はそう言った。

 酒吞童子たちも場所は空けてくれるものの、歓迎したような雰囲気は感じられない。むしろ表情はうんざりといったところだ。

「やっぱ『ケモパラ』って最高じゃん!?」

「え? あ、うん。そ、そうだね」

「だってのに、どうして現実にはケモミミ少女がいないんだろうな。おかしくないか?」

「えっと、みぃくん。話が唐突すぎてついていけないんだけど。何で急にそう思ったわけ?」

「えっ? あぁ、ごめんごめん。俺がケモミミ少女が大好きだってのは知ってるだろ? むしろ嫁にしたいくらいだってことも」

 ボクにそう話しかけてくるのは、幼馴染の『田中未来(たなかみらい)』。愛称はみぃくんだ。本人が話す通り、みぃくんはケモミミ少女を大好物にしている。ちなみに、みぃくんの友達にはエルフマニアがいる。ちなみにだけどこの世界にはケモミミ少女もエルフ少女もいないので、本人たちの望みが叶うことはない。この世界にいる限りはね。


「え~っと、それは知ってるけど、ケモパラ以外に何か気になってることでもあるの?」

「おっ、よく気が付いたな! えらいぞ~」

 みぃくんは嬉しそうにそう言うとボクの頭を撫でてくる。

「ちょ、やめてよ!? で、どうしたのさ」

 みぃくんの手を何とか押しのけると、ボクは再び問いかけた。するとみぃくんはこう言った。

「最近ケモミミ系Vtuber増えてきただろ? めっちゃ好みだから見まくってるんだけど、それを見るたびに思うんだよな。やっぱケモミミ少女のお嫁さんほしいなって」

「あぁ……。そうなんだ……」

 熱く語るみぃくんを冷めた眼差しで見守るボクと酒吞童子たち。みぃくんって見た目は普通なのに、こういうところは本当に残念だと思う。


 みぃくんこと『田中未来』は身長170センチ程度の黒髪の男子だ。顔は普通だけど、どこか優し気で地味に弥生姉様からの評価も良い。その辺りは置いておくとして、中肉中背の体格を見てもやっぱり平均的な男子と変わらないと思う。ちなみにみぃくんの友達のエルフマニアの子はひょろっとしていて眼鏡をかけていたりする。

「で、具体的にどんな子がいいわけ? Vtuberにもいろいろいるわけだし、これ! って思える子はいるんでしょ?」

 ボクがそう問いかけると、みぃくんは「う~ん」と唸ってから「子狐小鞠ちゃんとか真白狐白ちゃんみたいなちょっとちっちゃい感じのケモミミ少女がいいなぁ」なんて言い出す。

「ふはっ、けほっ」

「暮葉―、大丈夫?」

 みぃくんの思わぬ発言にボクは思わずせき込んでしまう。するとすぐにスクナが心配そうに声をかけてきた。

「けほっ、けほっ。うん、大丈夫。はぁ、それにしてもそこまで小さめの子が好きだったなんて。ロリコン?」

 ボクは思わずじとっとした目でみぃくんを見た。それに慌てたみぃくんは慌ててこう言った。

「いや、幼い子が好きなんじゃなくて、合法的な年齢でかつ小さめな子が好きなだけなんだって! その点では暮葉はいい線いってるよな~。ケモミミ少女じゃないのだけが残念だけど」

「う、うるさいな」

 この変態はどうやらボクを範疇に入れているようだった。よかった、変化なんてしてなくて。でももし妖狐だってばれたら面倒なことになりそうだ。

「そういえば、特殊総合って何の分け方なんだろうな」

 ボクたちのクラスについて変質者みぃくんは疑問を持ったようだ。

 実のところ、特殊総合というクラスについては具体的な説明はされておらず、ほとんどの場合『エスカレーター式で大学に入るための特殊なクラス』という説明だけがされている。もちろん、エスカレーター式で大学に入学はすることになるのだが、それだけでないことをクラスの一部の人は知っている。適性のある人間、もしくは妖種だけはそういう事情を知っているというわけだ。


「ねぇ、みぃくん? もしもだけどさ」

「ん~? なんだ~?」

 ボクは少しだけ間をおいてから、みぃくんにこう提案した。

「もしも、ケモミミ少女のいる異世界へ行けるとしたらさ、行ってみたい?」

「えっ?」

 ボクの言葉を聞いたみぃくんは驚いたような声を出して固まった。それも当然だと思う。まさか普通に生きてきてそんな提案をされるとは思ってもいなかっただろうから。

「冗談だよな?」

「一応あるんだ。でも内緒だよ? 今日の放課後理事長室に来て」

「まじで、ケモパラみたいな世界があるのか?」

「たぶん。詳しくは後でね」

「あ、あぁ。わかった」

 みぃくんはそれだけ言うと黙り込んでしまった。

 ちなみに『ケモパラ』こと『ケモミミパラダイス』というゲームは、異世界でケモミミ少女たちが現代風の学園生活をしながらミッションと称して外部世界を探索するというアドベンチャー恋愛シュミレーションゲームだ。全年齢版とR-18版がありファンが多い作品でもある。制作は『株式会社酩酊社』という会社だ。ちなみに夢幻酔の子会社でもある。主にはゲーム開発、アニメーション制作、グッズ制作という仕事を行っている。キャラクター原案はうちの葵姉様なので、我が家も無関係ではなかったりする。

「みぃくん、もしかして何でこんな話ができるのか気になったりしてる?」

 黙り込むみぃくんにボクは話しかける。するとみぃくんは。

「昔だけど、宗親さんに色々教えてもらったことがあるからな。家にはちょっとした不思議なものが多いから、異世界に行けたりするものもあるんだって。でも嘘だ~っていったら、ちょっと違う場所に連れていかれた。変なモンスターみたいなのが闊歩するゲームみたいな世界でさ、怖かったけど面白かった記憶がある。でも、ケモミミ少女はいなかった」

「ふぅん。そうなんだ」

 宗親兄様は時々別の世界に出かけているようだ。たまたまその時みぃくんを連れて行ったりしたのだろう。でも、ケモミミ少女がいないってことはそう言う場所じゃなかったってことなのかな?


「ん、じゃああとでね」

「おう、楽しみにしてるぜ」

 予鈴のチャイムが鳴り、授業が開始されるという寸前という時間、みぃくんはボクたちのクラスから自分のクラスへと戻っていった。

「なぁ暮葉」

「ん?」

 みぃくんを見送るボクを見ながら、酒吞童子が声をかけてきた。

「ケモパラってゲームの世界って、あれ実際にあるよな?」

「あれ? 知ってるんだっけ?  宗親兄様と葵姉様が調べたものがあのゲームの基になってるんだよ」

「へぇ~、そうなのか」

「うん」

 みぃくんを招くなら、ケモパラと同じような世界にしよう。ボクは心の中でそう決めるのだった。

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