第14話 村の行商人

 カルヴィンとフィリダが泊まる宿を出たルヴィとエミリーは、かつてルヴィの村を活動範囲としていた行商人、ゼツが所属する商会へと足を運んだ。


 帝国に点在する村々で商う行商人が、互いに助け合うために作った商会である“賢馬の蹄”。その帝都本部は、石造りの武骨な建物だった。


 ルヴィが外観を観察している間にも、石を組んだアーチの下を、何台もの馬車が出入りしている。

 中からは、荷物を運ぶ労働者たちの景気の良い声が聞こえてきていた。


「賑やかですね!」


「そうだな。ずいぶんと盛況だ」


 ルヴィとエミリーは、慌ただしく商会を出入りする商人たちに目を向ける。誰も彼もが明るい表情だ。


「やっぱり、皇帝陛下の政策で税金が下がったからですよね」


「貴族の理不尽な関税が禁止になって、商人たちが活発になった……んだったか?」


 ルヴィは隣に並ぶエミリーに問いかける。ルヴィも最近は様々なことを勉強しているが、やはりこういった話題にはエミリーの方が強い。


「そうですね。領地ごとに関税を決められる点は変わりませんが、品目ごとに税の上限が設定されたみたいです。そのおかげで利益を出せる商品が増えたので、どこの商会も活発に動いていますね」


 楽しそうに解説するエミリーを横目で見ながら、ルヴィは旅の途中で聞いた話を思い出す。


「商人たちの出入りが増えたおかげで、関税の割合は減っても、領地の収入は増えたんだよな。……なんで貴族たちは、もっと早く税金を下げなかったんだろうな」


 浮かぶのは純粋な疑問だ。狩人で学がなかったルヴィとて、説明を受ければ理屈は分かる。それなのに、知識層たる貴族が何故そうしなかったのか。


「それは……ええと、何故でしょうね……?」


 ルヴィはエミリーと顔を見合わせる。

 お互い貴族と関わるような身分ではないため、疑問の答えは出せそうになかった。


 ただルヴィの中で、新皇帝によって上がった権力者への評価は、再び元の位置へと降下した。

 尊き血と嘯きながら、やはり貴族は傲慢なだけの愚者なのかもしれない。そんな考えが頭に浮かぶ。

 いざという時のために、領主に頼らなくてもいい村を作る必要がある。


 そのためには、


「やっぱりまずは金が要る、か……」


 口の中で呟きながら、ルヴィは商会の武骨な外観を見上げる。

 人生の中で一度も入ったことがない領域。狩人の縄張りたる森とは違う、商人たちが鎬を削る戦いの場だ。


 実際の商談はまだ数日先だろうが、緊張しない、と言えば嘘になる。


 森で獣を追う方が余程楽だと自嘲するルヴィの隣で、エミリーが一歩前に出た。

 振り返った顔は笑顔だ。


「ルヴィさん、行きましょうか。私たちの村の復興が、また少し近づきますよ。楽しみですね!」


「……ああ、そうだな」


 ルヴィは一歩足を踏み出し、微笑みを浮かべるエミリーの隣に並んだ。そのまま2人で歩き出す。


「まずはゼツのおっちゃんが到着しているかの確認。いてもいなくても、それから商談に向けた準備だな。少しでも高く買ってもらえるように、頑張るとするか」


「はい! 頑張りましょう!」


 隣を歩くエミリーの温かさを感じながら、ルヴィは商会の扉を潜った。



 商会の中は外に比べて薄暗い。だが、外よりも熱気があった。あちらこちらで商人同士が早口で各地の情報を交換し、奥では金と証文が忙しなく人の手を行き来している。


「ええと、あそこが受付みたいですね」


「ああ……」


 エミリーが左右を見渡し、入り口の正面にあるカウンターに視線を送る。

 だがその間に、狩人としての目で、ルヴィは室内にいる全員の顔を確認していた。


 その結果、見知った顔を一つ見つける。簡素な椅子に座り、同業者と熱心に会話していた男だ。


 向こうも気が付いたようで、驚きと喜びが混じった顔で近づいてくる。


「おおう。ルヴィ、ルヴィ。ルヴィ! 久しぶりだなあ!」


 近寄り、肩を幾度も叩いてくる男に、ルヴィは笑みを返す。


「ああ、ゼツのおっちゃん久しぶり。変わりないようで安心したよ」


「俺が何年行商してると思ってやがんだ。2年や3年で変わるかよ。まあ、腰の調子は悪くなっちまったがな!」


 調子の悪さなど感じさせない張りのある声で笑いながら、行商人のゼツはルヴィを上から下まで眺める。


「そういうお前さんは随分と変わったみたいだなあ。目の奥はすっかり荒んじまってよう。まあ、村長としては箔が付いていいかもしれんがなあ」


 バシン、とルヴィの二の腕が叩かれる。


 ルヴィは目の奥が荒んでいると言われても自覚はなかったが、確かにゼツが知っているのは、どこにでもある村で、ただの狩人だったルヴィだ。

 村が滅び、自分以外の全ての村人を亡くし、裏の組織で自暴自棄な暮らしを経験したルヴィではない。


 だが、今はエミリーをはじめとした村人たちのおかげで希望を持って生きている。ゼツが感じたものは、未だに残る後悔の名残だろう。

 過去の痛みを思い出しながらも、ルヴィはゼツに笑みを向ける。


「若い分、少しは貫禄がないとな」


「はっはっは! 言うようになったじゃねえか」


 笑うゼツの目がエミリーに向く。


「さて、こっちのお嬢さんははじめましてだな。俺は行商人のゼツってもんだ。色々とコイツを助けてくれてるんだってな。ありがとうよ」


「いえ、好きでやっていることですから。エミリーです。これからよろしくお願いします」


 綺麗に頭を下げたエミリーを見て、ゼツは再びルヴィの腕を叩いた。それから、口の動きだけで「大事にしろよ」と、ルヴィに言う。


 ルヴィが頷くと、ゼツは満足そうな顔で両手を打ち鳴らした。


「さあて、近頃は縁の精霊様の機嫌がいいみてえだ。ちょうどいいところに来たぜ2人とも。今そこに、薬を扱う商人がいるんだからよ」


 ゼツが太い腕をぶん、と振る。その先にいたのは、先程までゼツが熱心に会話をしていた男性だ。


 歳は40ほど。ゼツとは違い、細身で色白だ。会話が聞こえていたのか、ルヴィたちに向かって手を振っている。

 ルヴィは男の指先が変色しているのに気が付いた。鼻に集中すれば、植物をすり潰したような匂いを微かに感じる。

 商人であると同時に、薬師でもあるのだろうか。


 ゼツに引っ張られ、ルヴィとエミリーはその商人の下へ向かった。


 薬のような匂いをはっきりと感じる距離まで近づいたところで、男が朗らかに右手を挙げた。


「やあ、だいたいの話はゼツから聞いているよ。僕はウォルファー。扱う商品は主に薬関係。材料から調合用の器具まで商うよ。よろしく、若き開拓者さんたち」


「村の代表のルヴィです。よろしくお願いします」


「エミリーです。よろしくお願いします」


「こいつは昔からの馴染みなんだが、こう見えて帝都に店を構えるくらいのやり手だぜ。商売の範囲が広がったおかげで、薬の需要も上向きだからなあ。きっと良い値段で買い取ってくれるだろうよ!」


 ゼツがウォルファーの隣に立って、薄い背中をバシンと叩いた。ウォルファーが咽る。


「ごほっ。いや、運が良かっただけなんだがねえ。それはそれとして、ゼツ。こっちの事情を勝手に伝えるのは、ちょっと反則じゃないかな?」


「はっはっは! 今回俺はコイツらの味方だぜ。俺のお得意様になるんだからよ」


 ゼツがウォルファーの隣を離れ、ルヴィの横に移動する。


 これから先、ルヴィの村にはゼツが再び行商に来ることになっている。薬の材料となる特産品も、ゼツに預けて帝都まで運んでもらう予定なのだ。

 運送の費用として、ゼツは儲けの一部をもらうし、何よりルヴィの村が豊かになるほど、ゼツは購入してもらえる商品が増えることになる。


 友好や心情を除いても、商人としてゼツがルヴィの側に立つのは当然だった。

 この先の商談は、ルヴィとウォルファーのものだけではなく、ゼツとウォルファーのものでもあるのだ。


「やれやれ、経験豊富な君の相手をするのは気が抜けないねえ」


 ウォルファーは苦笑しながら肩をすくめた。それから一転して真剣な目でルヴィを見る。


「まあ、とはいえ薬というのは、人の体に入るものだ。状態が悪いものは、安く買い叩くどころか、そもそも買わないからね。そこを譲るつもりはないよ。高く買って欲しいなら、僕は君たちにも相応の努力を求めることになる。大丈夫かい? 村長候補さん」


「ええ……もちろん、望むところですよ。村の復興に繋がるなら、そちらの要求を越えるくらいの働きをしてみせます」


 ルヴィの強い言葉に、エミリーが一瞬不安そうな顔を見せた。が、言われたウォルファーは面白そうに笑った。

 ルヴィを見つめながら何度も頷く。


「いいねえ、いいねえ。やっぱり若い内には無茶を掲げるくらいが丁度いいよ。苦労も挑戦もしておくべきだ。なあゼツ?」


「は、随分と年寄り染みたことを言うじゃねえか。もう隠居か?」


「それにはまだ早いかな。だけど若い熱を感じるのもいいものさ」


 若い、とは言えなくなった商人2人が和やかに笑う。

 ルヴィは話を進めるために口を開いた。


「ウォルファーさん。村で採れた素材は全て帝都に持って来ています。いつ頃店に持って行けばいいですか? こちらはいつでも用意ができます」


「へえ、なるほど……。それでは今から行こうか。これから見に行って、まずは状態を確認させてもらうよ」


「お? ウォルファー。確認は店じゃなくていいのか?」


 自分で足を運ぶ、と言ったウォルファーに、ゼツは半ばからかうように言った。

 その言葉に、ウォルファーはひらひらと手を振ってみせる。


「自分の手と、目と鼻と舌。それだけあれば、竜の背中の上でも目利きはできるよ。さてルヴィさん、早速行こうか」


「はい。ウォルファーさん、案内しますよ」


 すぐにでも移動を始めようとするウォルファーとルヴィを、ゼツが手を挙げて止めた。


「ああ、悪いが少しだけ待ってくれ。俺の弟子が隣の倉庫で手伝いをしてるんだ。声をかけんといかん」


「弟子? おっちゃん弟子を取ったのか?」


 ルヴィは驚いて声を上げた。記憶にある限り、ゼツに弟子はいなかったはずだ。


「おう。俺もいい歳だ。行商で回る村のためにも、そろそろ継がせる相手を探そうと思ってな。ちょうどいいから、ルヴィとエミリーも一緒に来るといい。これから長い付き合いだ。顔合わせが早くて困ることはねえ」


 ゼツが行商で回る経路は僻地が多い。どこの村も外との接点が少なく、必要な物資をゼツが運んでくる商品に頼っているのがほとんどだ。

 もしゼツに何かあれば、塩などの必要不可欠なものも届かなくなり、村人たちは移住しなければならなくなる。

 ゼツが自分の仕事を継ぐ人間を育てるのは、半ば義務だった。


 そしてゼツの弟子は、ルヴィにとっては今度数十年間、村の取引を頼むかもしれない人間だ。当然、顔を合わせることに否はない。


「ああ、分かった」


「それなら、僕は先に外に出ているよ」


 ウォルファーは一足先に商会の外に向かった。

 ルヴィとエミリーは、ゼツに連れられて倉庫へ続く扉へと向かう。


「倉庫に積まれた商品を数えるってのは、簡単だが面倒な仕事でなあ。少しだが金は出るから、見習いの小僧がよくやるんだ。まあ、慣れるまでは数え間違って、金の代わりに拳骨をもらうんだがな!」


「おっちゃんの拳骨を食らったら、弟子は倒れるんじゃないか?」


 ルヴィは自分より太い腕を持つゼツを見る。


 各地を巡る行商人は、最低限自分の身を守らなければやっていけない。魔物が出ることもある道を長年通っているゼツは、下手をすればそこらの冒険者よりも腕っ節が強い。


「はっはっは! 数え間違えたらって話だ。俺の弟子は優秀だぞ? 良い拾いもんだった」


 倉庫への扉を潜ると、男たちの騒がしい声と、大量に積まれた商品の山がルヴィたちを出迎えた。


 ルヴィが驚いている間にも新たな積み荷が届けられ、同時に別な山から労働者たちが商品を運んでいく。

 その間を、まだ若い少年たちが走り回っていた。木の札に何かを書いては、荷物に括り付けて行く。


「はっはっは! 新しい皇帝陛下のおかげで、ここも毎日大賑わいだ。さあて、うちの弟子はどこだ?」


 ゼツが騒がしい倉庫内に視線を走らせる。ルヴィもその後を追っていると、1人の少年が視線に気づいて走って来た。

 ゼツの前でトン、と立ち止まる。


 少年はゼツの隣にいるルヴィとエミリーを見て、一瞬だけピクリと眉を動かし、それからペコリと礼をした。


「師匠の弟子のリィーンです。ルヴィさん、エミリーさん。よろしくお願いします」


 名乗る前に名前を呼ばれ、ルヴィは面食らった。目の前の少年は10代前半ほどだが、ルヴィには見覚えもない。


「……ルヴィだ。よろしくリィーン」


「エミリーです。よろしくね」


 微妙な顔をするルヴィを見て、ゼツは自慢するようにリィーンの頭に手を置いた。


「ははは! 驚いた顔をしてるぜルヴィ。まあ、コイツには前からお前さんたちと会うって話してたからなあ」


 ぐりぐりとリィーンの頭を撫でながら、ゼツはさらに悪戯をするように笑う。


「ようし、ルヴィ。ついでにもう一つ驚け。コイツに物の数え方を教えたのは、お前さんが良く知ってるコーサクなんだってよ」


 急に出てきた名前に、ルヴィは一瞬固まった。変り者の友人であり、恩人であり、いつか復興した村を見せると約束した相手だ。


「本当に……?」


「ああ、縁の精霊様は気が利いてるぜ」


 ルヴィは落ち着いた表情で佇むリィーンを見る。どうやら縁の精霊は、最近働き者らしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る