第12話 帝都到着

 陽光が溢れる夏の帝都へと、ルヴィとエミリーは足を踏み入れた。

 通りを歩く人の多さには変わりがないようだったが、夏の陽気につられたのか以前より騒がしい。


「やっぱり帝都は賑やかですね」


「賑やかというか、うるさいくらいだけどな。馬を宥めるのが大変だ」


 御者台の上で手綱を操り、ルヴィは苦労して馬を宥めた。

 馬は人より音に敏感だ。これまで静かな環境にいた2頭の馬にとっては、帝都の騒音はかなりのストレスらしい。


「2頭とも、ここまでとても一生懸命に働いてくれましたし、お家に着いたら、ちゃんと休ませてあげないといけませんね」


「そうだな。おっと。ほら、もう少しだけ頑張ってくれよ。着いたら体を洗ってやるから」


 ルヴィはぶるぶると首を震わせる2頭に声をかけながら、ゆっくりと馬車を進ませた。




 大通りから外れた人気の少ない住宅地に、ルヴィが持つ家は建っている。元は友人が購入したものだが、紆余曲折の末に今はルヴィが所有している家だ。

 数ヶ月前までは、ルヴィとエミリーの2人で暮らしていた場所でもある。


 その家の敷地内に馬車を停め、ルヴィは2頭の馬を馬車から外した。


「今水を持ってくるから、大人しく待ってろよ」


 馬の首を撫でながら声をかける。了解の意を示すように2頭はブルルと鳴いた。

 大通りの賑やかさから離れたおかげで、2頭も落ち着きを取り戻したようだ。


「ルヴィさん。私はお家の中を軽く掃除してきますね。お風呂も沸かしておきます」


「ああ、助かる。頼んだ」


 腕まくりをして家の中に入って行くエミリーを見送り、ルヴィも馬に水を与えてから荷解きへと取り掛かった。

 売る素材は載せたままで良いとして、食料品や洗濯が必要な衣類などを家の中へと運んでいく。


 一通り荷物を運び終わったところで上着を脱ぎ、馬用のブラシを持って2頭の体も洗い始めた。

 旅の汚れが落ちていく感触に、馬たちも嬉しそうに鼻を鳴らす。


 綺麗になった2頭に飼葉を用意し、ルヴィは働いてくれた2頭の馬に声をかけた。


「ここまで牽いてくれてありがとな。帰りも頼んだぞ」


 ブルルッ、と2頭の馬は機嫌良さそうに鳴く。


 馬の食欲に問題がないことを確認し、ルヴィが一息ついたところで家の窓が開いた。中からエミリーが顔を出す。


「ルヴィさん、お風呂の準備ができましたよー」


「ありがとう。エミリーが先に入ってくれ」


「え、と、分かりました。先に入って、何か軽く食べられるものを作りますね」


「ああ、頼む。俺は少し商品の状態を見ておくから」


 ルヴィは家の中へと戻るエミリーに向けて手を振る。売る素材は全て丁寧に梱包してはいるが、旅の間に劣化していることも考えられる。売りに行く前に状態を確認した方がいいだろう。


「問題ないといいんだが……」


 ルヴィは商品が載る馬車へと足を向けた。




 結果から言えば、運んで来た品はほとんど無事だった。馬車の振動で砕けた虫が数匹分、と言ったところだ。


「大した被害がなくて良かったな」


「はい。安心しました」


 エミリーの作った軽食を食べながら、2人はほっと息を吐く。


「梱包の方法は問題がないみたいですね。次からも同じような方法で大丈夫そうです」


「そうだな。ただこの分だと、まとめるための縄が足りなくなりそうだ」


「確かに……買って帰らないといけませんね」


「それと、村で作ることも考えないとな。まだ先になるが、ハウエルに教えて任せてみるか。あいつは意外と手先が器用だ」


「ふふ。ハウエルさんがやるなら、きっとアニスちゃんも一緒ですね」


「まあ、そうだろうな」


 師弟である2人は村でも行動を共にしていることが多い。仲の良い2人の言動を思い出して、ルヴィは小さく笑った。


「師匠と弟子というか、兄妹みたいに見えるよな」


「う~ん、兄妹……ですかあ。それよりはもう少し遠くて近い気が……」


「ふん?」


 ルヴィはエミリーの言葉の意味が掴めなかった。遠いのに近いとはなんだろうか?


「あ、いえ、なんでもないです。アニスちゃんのことも気になりますが、私はまず自分のことを優先しなきゃですね」


 エミリーは自分の言葉に納得したように頷いているが、やはりルヴィには意味が理解できなかった。

 ただ、何かやることはあるらしい。


「良く分からないが、協力できることがあったら言ってくれ。いつでも手伝う」


「え、あ、そ、そうですね。最終的にはルヴィさんの協力もいただきたいと思います。その際はぜひ、よろしくお願いします」


「? ああ、もちろんだ」


 気合が入ったようなエミリーの様子に、ルヴィは真意が読めないままで頷いた。

 いつも助けてくれるエミリーに協力するのは当然だし、エミリーがおかしな依頼をすることはないだろう。


「ありがとうございます……ええと、それにしても、ルヴィさんとこの家で過ごすのは久しぶりですね」


「ああ。村での生活が賑やかだったせいか、やけに懐かしく感じるな。……行き倒れていたエミリーに会ったのは冬だったか……まだ男装してエミリオだった頃だな」


「それは忘れてくださいっ」


 エミリーが恥ずかしそうに頬を赤らめる。帝都に出て来たエミリーは、出会った当時、身を守るために男装をしていたのだ。

 ルヴィには一目で男装だと分かる出来だったが。


「もう。ルヴィさんも、変装を見破ったなら早く言ってくれたら良かったのに……」


「悪かったよ。何か事情があるのかと思ってたんだ。確かに早く言えば良かったな。今の姿の方がエミリーには似合ってる」


「もう……。今は気にしていませんけど……」


 口元を隠すように、エミリーはコップを持ち上げた。お茶を一口飲む。


「ふう。ところでルヴィさん。これからの動きはどうしましょうか。行商人のゼツさんに会うのは2日後の予定ですよね」


「そうだな……行商人は道の都合で到着日が変わることもあるから、まずはゼツのおっちゃんの所属する商会に行ってみるか。もしまだ着いていなくても、俺たちが到着したと伝言を頼んでおこう」


「確かに、広い範囲を回っていると、予定通りに旅ができない場合がありますもんね」


「最近は大雨もなかったから大丈夫だとは思うけどな。魔物や盗賊が出たって話も旅の途中で聞かなかった」


「そうですね。今の皇帝陛下になってからは、治安が前よりとても良くなっているみたいです。寄った村での評判も良かったですね」


「この評判のまま続いてくれると助かるけどな……」


 ルヴィは呟いてお茶を口に運ぶ。


 過去の経験から、ルヴィはあまり国や貴族を信頼できていない。

 故郷の村が滅んだ原因は、土地を治める領主の怠慢だった。その復讐心から裏の組織に身を寄せていた時代にも、組織の上と貴族が繋がっていることを知った。


 その腐敗を見逃していたのも前皇帝であり……今の皇帝の治政が良くても、完全に信頼できるようになる日は遠いと思っている。


「ルヴィさん?」


 エミリーが不思議そうに首を傾げた。

 ルヴィはエミリーに、村が魔物に襲われて滅んだことを伝えているが、それ以外のことは語っていない。

 今のところは語る気もなかった。


「いや、平穏が続くならありがたいってだけだよ。ゼツのおっちゃんについては商会に顔を出すことにして、移住希望者にも声をかけに行く必要があるな」


「はい、そうですね。冒険者のお二人……カルヴィンさんとフィリダさんご夫婦ですね。ええと、出発はいつでもいいと言ってくださった豪快な……」


「ああ、その2人だ。旅は慣れているから、出発するその日に来ても構わないとは言われているが……さすがに事前に会いに行こうと思う」


「そうですよね。いくら旅慣れていると言っても、準備はあると思いますし……」


 冒険者としての一時的な旅ではなく、遠い村への移住なのだ。持ち物の整理や知人への連絡、買い物など、必要なことは多いはずだ。


「カルヴィンたちが泊まっている宿屋の場所は聞いているから、今日中に行ってみようと思う」


「分かりました。お二人は宿屋暮らしなんですね」


「依頼で帝都にいない日が多いから、家は買わなかったらしい。まあ、宿屋なら部屋の掃除もしてもらえるから、金があっても家を買わない冒険者は多いな」


 特に独身の冒険者はほとんど家を買わない。たまに冒険者のチームで共通の家を借りる程度だ。


「そうなんですね。それに、お家は高い買い物ですもんね。みんな慎重になると思います」


「帝都は土地代も高いからな」


 その家が高価な帝都で、ルヴィの友人はこの家を軽く購入したのだが。

 その上、友人はルヴィに家を無料で渡してきた。ルヴィにとってはありがたいが、いつ思い返してもおかしな行動だ。


 色々とズレた友人を思い出し、ルヴィは口の端で笑った。


「さて、とりあえず今日行きたいのは商会と宿屋の二箇所だ。道順的には宿屋の方が近いから、まずはそっちに行ってみるか」


「分かりました。私はお二人にお会いするのが初めてなので、楽しみですね」


「気のいい2人だからな。きっとエミリーは気に入られるさ」


「そうだと嬉しいです」


 エミリーは明るく微笑む。


 新しい仲間について会話を弾ませながら、2人は食事を進めた。

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