狩人ルヴィの故郷復興記
善鬼
第1話 故郷への帰還
森に囲まれた土地の一角。曇り空からの淡い光が、不揃いに並んだ石を照らしている。辺りには沈黙が満ちていた。
――ここは墓場だ。
しばらく手入れのされていなかった地面は草に覆われ、墓石の陰には苔が生えている。
その荒れた墓場で、一組の男女が動いていた。伸びた雑草を刈り、墓石を磨いて苔を落とす。行っているのは墓場の清掃だ。
男の名はルヴィ。かつてこの場所が辺境の村だった時代、狩人として働いていた青年だ。長身痩躯。引き締まった体が服の上からでも窺える。
一つ一つの墓石を丁寧に磨いていく、その表情は真剣だ。
一通りの掃除を終え、ルヴィが顔を上げた。周囲を見渡し、細く息を吐く。
「ふぅー……エミリー、手伝ってくれて助かった」
「いえ、このくらい当然ですっ」
ルヴィの言葉に、同じく作業を行っていた少女が元気に応えた。短く切り揃えられた髪が揺れる。呼ばれた名の通り、少女の名はエミリー。行き倒れになっていたところをルヴィに救われてから、ルヴィの願いに寄り添っている少女だ。
ルヴィはエミリーの様子を見て軽く笑みを浮かべ、並んだ墓石へと体を向けた。昔を思い出すように目を細め、そのまま目蓋を閉じる。
死んだ者は世界に還り、いつか精霊となって世界を巡る。この世界ではそう信じられている。
ルヴィは仲間たちの旅路の安寧へと、静かに祈りを捧げた。隣へと並んだエミリーも、同じように祈り始める。
ここは帝国の外れ。辺境の
ルヴィの願いはこの村の復興。それは、ただ一人生き残ることができたルヴィの、心からの願いだ。
しばらくの後、ルヴィが目を開けてエミリーへと声を掛けた。
「エミリー、ありがとうな」
「えと、はい。どういたしまして」
ルヴィの柔らかな眼差しに、落ち込み過ぎてはいなそうだと判断したエミリーは、安心したように微笑んだ。
エミリーの表情を見てから、ルヴィは空を見上げて目を細める。白く曇った空は太陽を隠しているが、強い光は真上近くにあるのが見えた。もうすぐ昼時のようだ。
「戻って昼の準備を始めるか」
「そうですね。お腹も空いてきました」
昼食の内容について話しながら、2人は廃村の中心へと向かって足を進めた。
村の中心部。かつては村人たちの住宅が並んでいた場所は、今はただの廃墟となっている。
魔物の襲撃により建物は崩れ、残った柱や壁は雑草に覆われた状態だ。踏み固められていた道にも草が繁茂し、今はその面影すらない。
無事な人工物と言えば、2人が乗ってきた馬車くらいのものだ。ここまで馬車を牽いて来た馬は、のんびりと柔らかい草を食んでいる。
ルヴィはその光景を見て、吹っ切れたような笑みを浮かべて口を開いた。
「当分は、馬のエサと薪に困ることはなさそうだ」
そう言って、廃墟となった一軒の家へと向かう。そして、壁として残っていた板材をバキバキとへし折った。
「うわあっ、いいんですか!?」
ルヴィの躊躇のない行動に、エミリーは目を丸くして声を上げた。
「いいさ。新しく家を建てるなら、どの道壊す必要がある。使えそうな柱なんかは残しておいて、それ以外はありがたく薪にでも使わせてもらおう」
エミリーへと言いながら、ルヴィは手際よく薪を組んでいく。燃えやすいように薪を積み、下部の隙間へと枯草を詰める。そして、魔力と共に精霊へと呼び掛けた。
「『火よ』」
ポッ、と小さな火が灯る。その火は枯草へと燃え移り、組んだ薪を炙り始める。その様子を見ながら、ルヴィは新たな魔術を発動する。
「『風よ』」
程よい風が吹き、炎が勢いを増した。薪にも火が付き、パチパチと音を立てて燃え上がる。
焚火の出来にひとつ頷き、ルヴィが顔を上げると、エミリーが馬車の方から歩いて来るのが見えた。両手で荷物を抱えている。
「ルヴィさん、お鍋と食べ物持って来ました」
「ああ、ありがとう」
ルヴィは残った木材を組んで鍋を吊るせるようにして、エミリーから鍋を受け取る。
「それじゃあ、昼食を作り始めるか」
「はいっ」
エミリーの返事を合図に、2人は慣れた様子で食事の準備を始めた。
並んで昼食を摂りながら、2人は今後の予定について話し合う。
「とりあえず、簡単な小屋くらいは作らないとな。壊れた家の木材を使えば、そんなに時間も掛からないだろう。それまでは馬車で寝泊まりだな」
そう言って、ルヴィはスープに入った
「そうですね。その後は、特産品にできそうな素材の確認に移りましょうか」
「そうだな。何をするにも金が要る」
スープに入れた干し肉の欠片を噛み締めながらルヴィが続ける。
「この村の周辺で採れる素材で、帝都で高値が付く物を売りに出す。資金稼ぎと村の復興の両立だな」
「村を立て直すにはお金が掛かりますからね……」
自分で試算した金額を思い出し、エミリーは少し沈んだ声を出した。その様子に、ルヴィは安心させるように笑みを作る。
「まあ、幸いなことにいくつか目星は付けてある」
そう言いながら、ルヴィは懐から折りたたんだ紙を取り出した。広げてみれば、中に書いてあるのは、帝都で品薄になりやすい素材の説明と金額だ。
その内の数種類がこの村の周辺で採取可能なことを、村の狩人だったルヴィは知っている。
「ある程度素材の確認と採取が終わったら、一度帝都に戻って売りに行こう。その金で必要な物を買い揃えて、次に来るときは移住に賛同してくれた人達と一緒だな」
希望のあるルヴィの言葉に、エミリーに表情に柔らかさが戻る。
「はい……。はいっ。そうですね。一歩一歩進みましょう」
自分を助けてくれる少女の笑みに、ルヴィは素直に言葉を紡いだ。
「エミリー、頼りにしてる。これからもよろしくな」
ルヴィの言葉に、エミリーは嬉しそうに笑みを深めた。
「はいっ! 頑張ります!」
2人だけの廃村に、気合の入った声が響く。その様子を見て、ルヴィは周囲へと視線を巡らせた。視界には、荒れ地と廃墟だけが入って来る。
「……ようやく始まりだ。あいつが来る前に、客を泊められるくらいにはしないとな」
そう呟いたルヴィの瞳には、純粋な決意の色が浮かんでいる。
一度全てを失くした狩人による、故郷の復興が始まった。
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