第720話 記録としての神話
「世迷言アル!」
リュウケンが卓を打つ。
「マジでそんなわけないアル! 朕ら人間が、実は亜人だったとか嘘八百に決まってるアルよ!」
さすがにそれに対しては同意する声の方が多かった。そこかしこから怒声じみた野次がとんでくる。
アデライト先生は口と目を閉ざし、その野次を一身に受けて微動だにしていない。
「ちょっとうるさいな~! さっきから~!」
そんな状況で、アルドリーゼが急に大声を出した。
普段のんびり喋っている彼女が会場を震わせるような声を出したものだから、みんな驚いたようだ。
「とりあえず最後まで聞けばいいじゃないの~! 大の大人がみっともないな~!」
ぷんぷんしながら言うアルドリーゼに同調したのは、ネルランダーだ。
「そうだな。俺もジェルドの女王さんと同じ意見だ。さすがは爆乳美人なだけあって、言うことも的を射ている」
それは関係ないと思うけど、好きなのは確かだ。
「アデライト女史、続きをお願いします」
すかさずヴィクトリアが促し、「はーい」と小さく答える先生。
「古代人とノームとの激しい戦争は長く続きましたが、結果は言うまでもありません。ここにいる皆さんがよくご存じでしょう。しかし、実はこの戦争には裏がありました。古代人側にマーテリアが、ノーム側にファルトゥールが、それぞれ背後についていたのです。つまるところ、これは女神の覇権争い。代理戦争だった」
そうだ。本来なら権能を持つ古代人にノームが勝てるわけない。だがファルトゥールの加護があれば、数の多いノームが有利になる。
「劣勢に立たされた古代人は、最後の賭けに出ました。女神を超える神の創造。マーテリアを母体とし、より超越的な最高神の力をもってノームの力を封じる。その思惑は成功しましたが、結局はほとんど共倒れのような形で古代人も滅びてしまった。先程はノームが勝利したと申しましたが、正確には数が多く多様性に優れたノームが生き残っただけです」
アデライト先生が喋っている間、頭上の画面では神の山の遺跡が映し出されていた。数秒ごとに切り替わる映像は、かつての文明を思わせ、なんとなく切ない気分になった。
「ひとまず、これが最高神エスト誕生の秘話です。続いて、スキルについての真実をお話しようと思いますが……皆さん、頭の中は整理できていらっしゃいますか?」
国家主席達はしきりに顔を見合わせていた。にわかには信じられないといった風だ。
まぁ、当然だな。
「ちょっといいかい。美しい先生」
ネルランダーが挙手した。
「はい首相。ご質問ですか?」
「ああ。二つ尋ねたい」
「どうぞ」
「先生が仰った神代の出来事。あなたはそれをどこで知ったんだ? 情報源は信用に値するのかい?」
「よい質問です」
アデライト先生の頭上の画像が切り替わる。そこには、見覚えのある遺跡が映っていた。
「いま映っている場所は、神の山。その奥深く、聖域と呼ばれる区域です」
「神の山の聖域……千年も二千年も、閉ざされているというあの?」
「その聖域です。そしてこの場所は、古代文明の中心都市の遺跡でもあります。私が申し上げたことは、すべて聖域に遺された碑文からの引用なのです」
「なんだって……するとあなたは、神の山の聖域に踏み入ったと?」
「いいえ」
先生は首を左右に振る。
「私のスキル『千里眼』は、遠く離れた場所を見通すことができます。普通は実際に行った場所しか見ることができませんが、とある方法で可能にしました」
「とある方法とは?」
「根源粒子の活用です」
その一言に反応したのは、ネルランダーではなく、ヴィクトリアだった。
「根源粒子……女神が司る神秘……実在するのですか」
「数年ほど前に、私が発見しました」
いい笑顔で答えたアデライト先生に、ヴィクトリアは立ち上がって身を乗り出した。
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