第698話 マルチタスク

「魔王が出てきたから戦わなきゃならないってのは、一体どういうことだ?」


「神の山から魔王を引きずり出すためには、大規模な戦いを続けなければならないのだ」


「なに?」


「我らが魔人の討伐を達成するうちに、劣勢になった魔王は神の山に立てこもり瘴気を撒き散らすことに専念し始めた。あの地は創世の神が眠る神聖なる場所ゆえに、選ばれし者しか立ち入ることはできない。だが、あろうことか神はことごとくを拒絶した」


「それで魔王をおびき出すために戦争を? 辻褄があわねーぞ」


「魔王の目的は、四天王と呼ばれる魔人共から明かされている。すなわち、愚鈍で惰弱な人間を排し、正当なる種がこの世界を支配すること。よって、あえて魔王の目に余る愚かな行為を見せびらかし、姿を見せるよう仕向けたのだ。戦争は、人類の行いの中で最も愚かで非道なものだからだ」


「それにしたって、だめだろそれは」


 一瞬でも気を抜けば即死するような状況で、俺達は冷静に会話を続けていた。


「魔王の手から世を守るためには、それ以外に方法がなかった。数多の命を犠牲にし、やっとのことで得た唯一無二の機会。この機を逃す道理はない!」


 ヘリオス渾身の一撃が、俺の全力の一撃と激突し、世界を震わせるほどの衝撃が拡散する。青白い閃光と、漆黒のオーラが、渦を巻いて天に立ち上った。


「つまりあれか? この戦争自体、魔王を倒すための茶番だったってか」


「そうだ。神の山の付近の各地で戦闘を頻発させ魔王を刺激していたから、今回の決戦で痺れを切らしたのだろう。ここで戦いを止めてしまっては、魔王が我らの策に勘づく可能性がある。魔王を倒すその時まで、我らは愚かな人類を演じなければならないのだ」


「そんなのは……」


 俺は全力の瘴気を込めた斬撃をお見舞いする。それを受けたヘリオスは、踏ん張りきれずに大きく吹き飛んだ。だが、上手く防いだようでダメージはなさそうだ。

 セレンの親父さん、本当に強いな。今まで戦った中で最も強い中の一人に数えられるほどだ。


「計画的な戦争は、グランオーリス、ハンコー共和国、マッサ・ニャラブ共和国の代表で決断した。さぁ、これで納得してくれたか。それとも、どちらかが死ぬまで続けるか?」


 ヘリオスは決意のみなぎる目で俺を見据える。


「計画的な戦争ね……」


 それを、ヘリオスとネルランダーとアルドリーゼが起こしたってか。

 本当に愚かな行為だ。

 魔王を倒すためとはいえ、戦争を起こすなんてことは許容できない。なぜならば、それによって何も知らされていない兵士達が大勢死ぬからだ。彼らにだって家族がいただろう。望んだ未来があっただろう。人の幸せや未来を奪う権利なんか、たとえ神にだってあるはずがない。

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