第667話 味方なのか、そうでないのか

 夜半。


 俺とオルタンシアは、マッサ・ニャラブ共和国との国境近くに辿り着いていた。あたりはだだっ広い草原である。

 フォルティスは連れてきていない。隠密行動の為でもあるし、そもそもマッサ・ニャラブ内地の地形と気候に馬は合わないからだ。これまで頑張ってくれたし、休養も兼ねてアインアッカに置いてきたというわけだ。


「種馬さま……あれを」


 隣を歩くオルタンシアが、国境沿いに設置された石塀を指した。


「マッサ・ニャラブが作った壁か」


「はい……情報通り、十分な人員が配置されてるみたいです」


「まずは、あそこを通り抜けなきゃならないってことだな」


 ここから見えるだけでも、数十人のジェルド族を確認できる。かなり厳重に警備されている。これは、亜人連邦を警戒してのことだろうか。


「あれをすり抜けるのは難しいな。強行突破は簡単だが、見つかったら奴らを刺激することになる。となれば、エレノアとの接触に支障をきたすかもしれない」


「どう……しますか?」


 国境沿いの警備隊は優秀だ。二年前にも、彼女達の対空魔法によってアイリスが撃墜されたんだっけっか。油断はできない。


「最低限の歩哨だけ対処して、こっそり通り過ぎるしかない。時間も惜しいし、行こう」


 俺はオルタンシアの手を握り、闇夜に紛れて石塀に近づいていく。背の高い草に身を隠し、こそこそと進むのが吉である。


「種馬さま……あそこを、見てください」


「ああ。警備が手薄なところがあるな」


 石塀の一部に、照明と人員が少ない部分がある。さらには、石塀に人一人が通れるくらいの亀裂が入っており、まさにここが弱点ですよと教えてくれているかのようだ。


「あからさますぎる。罠じゃないのか?」


「……たしかに、不自然すぎます」


「けど、他に道はない。罠だったら、その時はその時だ」


 いちいち考えてもキリがない。俺はオルタンシアの手を引き、亀裂の中へと転がり込んだ。

 石塀を通り過ぎて国境を跨いだ――その直後。


「あっ……」


 オルタンシアが小さく声を漏らした。

 俺も、思わず声をあげそうになった。

 なぜなら、目の前に立つジェルド族の少女と、完全に目が合ってしまったからだ。


 ジェルド族特有の紫色の髪。毛先の揃ったショートカットを草原の風に揺らしている。

 飾り布のマスクで口元を隠し、切れ長の瞳で俺とオルタンシアをじっと見つめる褐色肌の少女だ。

 ジェルド族らしく、露出度の高い衣装を身に纏っている。腰に剣を提げているところを見るに、国境に着任する警備兵に違いない。


 しゃあねぇ。


「待って」


 剣の柄に手をかけた俺に対し、少女は口元に人差し指を立てる。


「静かに。安全な道があるわ」


「なに?」


 どういうことだ。


「案内する。ついてきて」


 そう言うと、少女はくるりと体を反転させ、足音もなく歩いていく。

 俺とオルタンシアは顔を見合わせ、戸惑った。

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