第617話 ここにきてテンプレ展開
「あんたもメイちゃん目当てのクチか?」
「メイちゃん? 店先にいた女の人のことか?」
「ああそうだ」
大柄なおっさんは、酒臭い息を撒き散らしながら扉の方を見る。
「あの子はこの店の、いや、この街のアイドルなんだ。あの子に合うために遠くから数日かけてやってくる客も少なくねぇ。ヨワイの街、いやドーパ民国一の別嬪さんだからな」
「へぇ。そうなんだ」
たしかに美人だ。すらっとした体形のわりに出るとこは出ているし、丁寧にまとめられた長い髪は貴族然とした品がある。愛嬌もいいし、モテるだろうな。
「ただの看板娘じゃなかったんだ」
俺の呟きに反応したのは、逆隣に座るメガネの優男だった。
「看板娘なんてとんでもない。そんなレベルじゃないよメイさんは。彼女はまさに、女神なんだよ」
「女神ねぇ」
今の俺は、その称号にポジティブな印象を抱けないんだよなぁ。
「その様子を見ると、あんたはメイちゃん目当てじゃねぇみてぇだな」
「ああ。この店に来たのはたまたまさ。あのメイって人に声かけられたのは間違いないけど」
「どうやらキミもメイさんの魅力にあてられたようだね。まぁ無理もないよ。その人の言う通り、彼女は本当に女神なんだし」
「どうかな」
それから、いかにメイが素敵な女性なのかを、おっさんと優男が二人して揚々と語り始める。
俺まだ注文もできてないんだけど。
「ちょっと! なにすんのさ!」
男二人の話に辟易しはじめた頃、店先からメイの怒声が聞こえてきた。
「なんだ?」
俺は話題を変えたいがために、あえて過剰に反応して見せる。
「あ……」
店先を一瞥した優男は、途端に喋らなくなって視線を背けた。
「チッ、またあいつか」
おっさんも忌々しげに悪態を吐くが、その声は小さい。
賑やかだった店内が、にわかに静まり返っていた。
どういうことだ。俺は店先に耳をそばだてる。
「いいじゃねぇかメイ。いい加減俺の女になれよ。俺はヴリキャス帝国の騎士団長様だぜ。俺に見初められるなんて光栄なことだろぉ?」
「なにが騎士団長さ! 剣なんか見せびらかして、みんなを怖がらせてさ! あんたみたいな品のない男、願い下げだよ!」
「はっは! いい女は気が強いって、死んだ爺さんがよく言ってたよ。まさかこの身で体験できるなんてな」
あーなるほど。
強引なナンパってところか。まったくくだらねぇ。
「おいあんたら。愛しの女神様が男に絡まれてるぞ。助けたらワンチャンあるんじゃないのか?」
「む、無理だよ。相手は帝国の騎士団長なんだよ? 僕なんかが敵いっこない」
はぁ。なんだそりゃ。
「あいつはちょっと前にこの街にやってきてさ、帝国の権威を盾に好き勝手やってるんだ。ここが帝国の属国だっていうのをいいことに」
優男は心底悔しそうだ。
「おっさんはどうなんだよ」
「……俺のダチが奴に文句を言って斬られた。つい一昨日の話だ」
「斬られたって……死んだのか?」
「死んじゃいねぇが、右腕はもう使い物にならねぇってよ。いいヤツだった……それがなんであんな目に」
なるほど。そんなことがあった後じゃ、下手に首を突っ込む気もなくなるか。
店内を見渡しても、助けに行こうとする奴はいない。店主ですら、困ったように立ち尽くしているだけだ。
俺は溜息を吐いた。
「しゃあねぇ」
放っておくわけにもいくまい。
「あ、キミ……」
立ち上がった俺を、優男が引き止める。
「よした方がいい。いくらメイさんが女神だからって、命を捨てるほどじゃ」
「あのな。俺は別にあんたらをヘタレだって咎めるつもりはない。帝国から派遣された騎士が怖いのも理解できる」
俺はすこしだけ声を大きくして、
「だけど俺はそうじゃない。だから、後ろで俺を応援してくれてたらいい」
俺は店内の視線を一身に集めながら、店先へと歩み出た。
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