第415話 無職、再び

 あれよあれよという間に、一回戦が始まってしまった。


『さーて皆様お待ちかね! 第十七回ドボール武道大会ッ! これより開催ですッ!』


 きわどい衣装を着た実況のお姉さんの、拡声魔法を通したアナウンスが響き渡った。

 直後、観客の歓声が大地を揺るがした。闘技場は狂ったような熱気に包まれている。


『まずはAブロック一回戦! 面倒な前置きはナシ! 早速始めて参りましょう! 両選手の、入場でーすっ!』


 楽隊のファンファーレが鳴り響く。

 リングへ続くゲートの前にいた俺は、そのゲートが開いたのと同時に歩き出す。


『ドラゴンの方角から入場するのは、急遽飛び入り参戦のロートス・アルバレス選手! なんと前回優勝者マリリン・マーリンの推薦ということですが、詳細は一切不明! 一体どのようなファイトを見せてくれるのか……楽しみですッ!』


 耳が痛くなるほどの歓声だ。

 スーパー目立ってる。ここまでの注目を浴びると、なんだか悪い気はしない。

 元の世界で目立つことに躍起になっていた自分を思い出す。


『グリフォンの方角からは、前年ベストフォーに残った優勝候補の一人ッ! 『剛腕』のアンドレアス・アーロゲント選手! 『ジャイアント・マッスル』のスキルを持ち、去年の大会では『豪傑』マリリンと死闘を繰り広げた文句なしの実力者です!』


 対面から、見上げるような大男が歩いてくる。

 黒々とした肌。坊主頭。単純にでかい。縦にも横にも、規格外のサイズだ。

 肥満? いや、デブじゃない。これ以上ないほどに鍛え上げられた、凄まじく巨大な筋肉。筋肉ダルマとはまさにこのことだろう。


「やぁボーイ。この俺の前に立つなんて、随分と度胸があるんだナ。マリリンの推薦だかなんだが知らネェが、ここで再起不能にしてやるヨ」


「どうも」


 俺の経験に則れば、こういういかにも力自慢の奴はかませ犬になるという可能性が高い。


『それでは、一回戦! ロートス・アルバレス選手対アンドレアス・アーロゲント選手! レディー・ゴォーッ!』


 打ち鳴らされるゴング。ついに始まったか。


「ボーイ。殴り合う前に一つ聞いておきたいんだがナ」


「なんだ?」


「ボーイのスキルと職業を教えてくれヨ。俺だけ知られているのは、フェアじゃないダロ?」


「なんだよ。そんなこと気にするのか? 図体だけでかいばかりで臆病なんだな」


「スポーツマンシップというやつサ。対戦相手に敬意を持ち、対等に戦いたいんだヨ」


 言わんとすることはわかるが。


「スキルなんか持ってねぇよ。俺は『無職』だからな」


 その瞬間、会場は束の間の静寂に包まれた。

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