第412話 奴隷を買う流れかな

「あーそうそう。マルデヒット族はいないけど、ライクマン族ならいるよ」


「ライクマン族?」


「ああ。見た目がマルデヒット族と近い種族でね。耳と尻尾の形が違うだけで、あとはほぼ一緒なのさ」


「へぇ」


 つまりケモミミかつモフモフってことか。

 それは興味があるぞ。


「見てみたい」


「あいよーっ!」


 急に元気になったおばさんに建物の奥へと案内してもらう。

 暖簾をくぐった先には、薄暗い空間が広がっていた。


「ここは売れ残りの保管場所なんだけどね。値が安いから一応の需要はあるのさ」


 ひどい話だ。


「そんでこいつが最後の一人というわけさね」


 おばさんがそう言った瞬間、目の前の小さな檻ががしゃんと鳴った。


「なーにが売れ残りだこのヤロー! ふざけんじゃねーぞ! さっさとおいらをここから出しやがれってんだクソババア!」


 鉄格子を両手で握り締めて暴れるのは、十歳そこそこに見える亜人の子どもだった。


「ほら見てみんさい。これが売れ残った理由さね。暴れん坊で手が付けられないのさ。そろそろ処分しようと思ってたんだけど、あんさんが買ってくれるならこっちも助かるんだ。安くしとくから、ぜひどうだい?」


 ふむ。

 俺はじっとライクマン族の子どもを観察する。

 ぼさぼさの黒髪。頭からはタヌキの彷彿とさせる丸い耳が生えている。尻尾もまるでタヌキのような縞々模様のモフモフである。


「なんだこら! 何見てんだ!」


 歯を剥き出しにしてこちらを睨みつけてはいるが、ぼろ布のような服から覗く四肢はやせ細っている。

 なんとなく、出会った時のサラを思い出す。


「いくらだ?」


「ざっと、三十万エーンといったところかね」


「さんじゅうまん……」


 たしか、サラを買った時も同じ値段だった気がする。

 これは、なにやら縁を感じるな。


「わかった。こいつを貰おう」


「やるねぇあんちゃん! いい気前だ!」


「ただ、今は手持ちがない。悪いけど少し待っててくれるか?」


「ええ? そんなこと言って……先に売れちまっても知らないよ?」


「取りおいてくれないのか?」


「なら、手付をくれないとね。じゃないと保証はできないよ」


「手付?」


 まいったな。

 今は本当に手持ちがない。一文無しだ。金のことを考えていなかった。

 〈妙なる祈り〉があった時は、そんなこと気にしなくてもよかったからなぁ。


「わかった」


 俺はライクマン族の子どもが入れられた檻の、鉄格子の一つを握ると、そのまま軽く捩じ切ってやった。


「な……なに……!」


 当然、おばさんは驚く。


「ん? 手付ってこういうことじゃないのか?」


 もちろん違うのは分かっている。手付ってお金のことだろう。これは俺なりのジョークだ。


「あんた……あたしに喧嘩売ってんのかい? いい度胸だねぇ……!」


 え、ちょっと待って。なんでそんなに怒ってんの?

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