第359話 夢か現か、両方か

 街の交差点が騒々しい。

 携帯電話のカメラを構える野次馬の群れ。

 鳴り響く救急車のサイレン。

 悲鳴と怒号。聞き慣れない喧騒。

 自動車は渋滞を起こし、クラクションのアンサンブルを奏でている。


「なんだよ。これ」


 忘れもしない。

 現代日本のとある都市。

 家の近くの交差点。

 大型トラックに轢殺された俺の死体が、ばらばらになって交差点に散乱している。


「あの時の……」


 転生前の事故。

 俺が異世界に行くきっかけとなった出来事。


「どうなってる……こりゃ」


 俺の意識は半透明の肉体となってふよふよと宙に浮いていた。

 ロートス・アルバレスとしての肉体だ。


「戻って……きたのか?」


 無意識に〈妙なる祈り〉を発動しちまったのか?

 それとも、ただの夢か?


「ねぇロートスくん」


 その声は、すぐ隣から聞こえた。


「エンディオーネ……」


 大鎌を担いだ死神幼女。

 そのつぶらな瞳が、俺の死体を見下ろしている。


「キミを選んだ理由。そろそろ知りたい?」


「あ?」


「キミが死んだ理由だよん」


「理由って……目立ってたからじゃねぇのか?」


 俺がそういうと、エンディオーネはこれでもかというほどに大笑いした。うるさい。


「おもしろいねロートスくん。いくら目立ってたからって、そんなので人を選んだりしないよ」


 やりそうだろ。お前だったら。


「じゃあ、他にちゃんとした理由があるのかよ」


「もちろん」


 エンディオーネはぶんと鎌を振り、交差点の端っこを指した。


「自分の体ばっかりで気にしてなかったでしょ。あれ」


 目を凝らしてみる。

 ちょうど横断歩道の縞々に重なるように、一人の少女が倒れていた。

 セーラー服を来た中学生くらいの女の子だ。


「誰だあれ?」


「キミが助けようとした子だよ」


「んん? えっと」


 どういうことだ。俺が助けようとした?

 ちょっと待てよ。

 というか俺は、どうして轢かれたんだっけ。


「そうだ。信号無視をして突っ込んできたトラックから、あの女の子を守ろうとして、突き飛ばしたんだっけ」


「そーそー。それで無事死亡したってわけだね」


 なにが無事なものか。

 いや、それはいい。

 そんなことよりも。


「あの女の子は助かったのか……?」


「死んだよ」


 とてつもなくいい笑顔で、エンディオーネはのたまった。


「最初から助けるなんて無理だったんだよ。あの子は死の運命を背負ってた。キミみたいなただの人間が、他人の運命を変えられるわけがないでしょー?」


「……あんまりだな。助けることも出来なくて、犬死か。間違えて殺されたっていうもんから、踏ん切りもついてたってのによ」


「ああ、それねー。間違えたのは本当だよん」


 エンディオーネはふわりと移動して、俺の肩にしなだれかかる。


「ほんとは別の人を巻き込むつもりだったの。でもキミは首を突っ込んで、自分から死にに来てくれた。やー。助かった助かった。キミの国で言うところの、棚からぼた餅っていうやつだったよ」


「てめぇ!」


 腕を振り回し、エンディオーネを振りほどく。


「こわーい! か弱い女神を殴ろうなんてー」


「黙りやがれクソガキが。今まで騙してくれやがって」


「騙されてた方がよかったでしょ? 初めから本当のことを知ってたら、今のキミはなかったと思うなー。あれだよあれ。嘘も方便みたいなー?」


「ふざけんな!」


 奇しくも俺は、あの時と同じ怒りの言葉を口にしていた。


「あー! そーそー。ちなみにあの死んじゃった女の子。ひかりちゃんっていうんだって。もったいないよねー。かわいかったのに。でもほら、キミのおかげで死体は綺麗だし。それだけでも意味あったでしょー?」


 俺にはこいつの言っていることが一割も理解できない。

 どうしてこんな思考回路なんだ?

 やっぱり神ってやつは、クソだ。

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