第353話 ピロートーク(事前)

 俺の考えるところによると、人間の三大欲求のうち最強は睡眠欲である。

 というのも、食欲や性欲はそこそこ我慢できるものだが、睡魔に耐えることは限りなく不可能に等しいからだ。だから寝る。たとえ据え膳が目の前にあろうと、眠たいものは眠たいからな。


 とはならないのが、健全な男子の悲しい性である。

 ベッドの上、露出度の高く、その上孕まされたがっている美少女が身体をぴったりくっつけてきたら、冷静ではいられないのが真理だろう。それこそ、この世界の真実ってやつだ。

 目が冴えるという言葉の本当の意味を、俺は今やっと理解した気がする。


「あの、種馬さま」


「なんだ?」


「自分は女王様から、種馬さまはクソスキルの持ち主だと伺っています」


「うん。それがどうかした?」


「その、さっきのお力はなんなのですか? ジャバウォックやヴォーパル・パルヴァレートを一撃でなんて……女王様でも難しいというか、できないというか……『無職』の救世神とは、一体なんなのですか?」


 それは俺が一番知りたいわ。

 ほんと『無職』の救世神ってなんなんだろうな。


「さっきの力はな。〈妙なる祈り〉っていって、スキルとは違う力なんだ」


「スキルとは違う? じゃあ魔法、ですか?」


「いや、それとも違う」


 そもそも魔法はスキルの模倣から始まった比較的新しい技術だ。


「〈妙なる祈り〉は、人が本来持つ強い意志の影響力みたいなもんだよ」


 オルタンシアがきょとんとする。


「よくわからないよな。実のところ俺も全部が全部わかってるってわけじゃない。なんていうか、信じる力がそのまま現象として生じるって話らしいんだけど。なんか、簡単に言ったら奇跡みたいなもんじゃないか?」


「奇跡……女王様は、今の世に奇跡は存在しないと仰っています」


 たぶんこの世界で言う奇跡ってのは、ファルトゥールが神的パワーで世界に干渉することを言うのだと思う。もしくは、神族が権能を使ってなんやかんやしたりな。

 だが現代は、意思を持たないエストが世界を支配している。運命を縛り付ける性質だから、いわゆる奇跡と呼ばれる事象はないのだろう。


「俺は神だ、とか言うつもりはないけどさ」


 中学二年生じゃあるまいし。


「俺の〈妙なる祈り〉は、心から信じることさえできれば何でもできるって力だ。そんな力を持ってるんだったら、救世神呼ばわりされても仕方ないのかもな」


 それこそ奇跡みたいなものだ。

 神に縋って与えられるんじゃなく、人の心が生み出す奇跡。

 まぁ救世神とか大仰なもんより、種馬呼ばわりされている方が気楽でいいけどな。

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