第291話 女神ファルトゥール

 頭の中に入ってくる声に、俺は戸惑った。

 気持ち悪い感覚だ。思考に割り込まれるような感じ。

 その声は、エンディオーネに似ている。


〈感じます。我が器の波動を〉


 なんだと?

 それってサラのことか。


「おい。あんたが、ファルトゥールって奴か。この世界を創ったっていう」


〈いかにも〉


「エンディオーネとは違うのか」


〈なぜ、その名を?〉


「あんたにそっくりだぜ。関係ないってわきゃねーだろ」


 そこから沈黙が続く。


「おい」


〈なるほど。ようやく得心しました。あの子がすべて邪魔していたのですね。だから我の復活がこうも遅れている〉


 何一人で納得してやがるんだ。


〈二つに分かたれたアルバレスの御子。それが一つになった今、片割れはもう不要〉


「なにを」


〈消えよ〉


 女神像の両目が光り、そこから青白いレーザーが射出される。

 その光線は、エレノアを狙っていた。


「あぶねぇっ!」


 俺は類稀なる反射神経で咄嗟にエレノアを突き飛ばす。


「きゃっ」


 その悲鳴を聞いて、俺はレーザーを喰らって死亡した。

 そして生き返る。


〈やはりその力。あの子のもの……〉


 ファルトゥールの声色が怒気を帯びていく。


〈忌々しや……忌々しや……〉


「おい。わかるように説明しろ」


 だいたい神ってのは基本的に言葉足らずなんだよな。

 ちゃんと説明すれば人間に誤解を与えずに済むだろうが。


〈人間風情が。大きな口をきくものではありません〉


「待って」


 そこで口を挟んだのはエレノアだった。


「女神ファルトゥール。あなたはなぜ私をこの世界の召喚したの? やっぱり、復活のためなの?」


〈愚問。それ以外に何があるというのです〉


「ヘッケラー機関を利用してアルバレス因子を持つ人間を生み出そうとしたのよね? 最高神エストを消滅させて、もう一度神として君臨するために。でもアルバレス因子っていうの、私もロートスも持っていないじゃない」


〈何もわかっていない。因子はすでに存在している。その少年の中に〉


 なんだと? 俺?


〈『妙なる祈り』を発動した。それが何よりの証左です〉


 それって確か、ルーチェが言ってたやつだ。

 エストの呪縛を受けない者が持つ力。


 そういうことか。

 俺のチート能力。スキルと魔法を無効化する力こそ、『妙なる祈り』ってやつだったのか。

 スキルも魔法もエスト由来の力だ。だからエストを超越した俺なら無効化できるんだ。


「俺にエストを消させて、自分はサラの身体を乗っ取って復活ってか? 他力本願にもほどがあるぜ」


〈我はすべてのヒトの母。子は母の思い通りにならなければなりません〉


「悪いが俺は反抗期なんだよ」


 エストは消滅させるさ。

 そうしないと世界は補強された運命から解放されないし、憧れのスローライフも実現しないからな。


 けどよ。


「お前のやり方には反吐が出るぜ。具体的には、エレノアとサラを利用したところがな!」


〈ならばどうするというのです〉


「チャンスをやるよ。サラから手を引いてこのまま眠り続けるってんなら、そっとしておいてやる」


〈笑止〉


 それまで女神っぽかった声色が、急に魔王っぽくなった。


〈やはり貴様は失敗作のようだ。処分しよう〉


「はっ。いいのか? アルバレス因子は俺しか持ってないんだろ?」


〈また作ればよい。死ね〉


 女神像が抱えていた大鎌が、宙に浮く。

 そして、鋭い刃がきらりと光った。


 直感する。あれはやばい。

 あれで首を斬られたら、おそらく生き返ることはできない。

 そんな気がした。

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