第151話 敵に塩を送るだけ

 そんなこんなで聖域に行くこともなくエリクサーを手に入れることができた。

 魔法の特訓の成果は、負傷したエルフの治療に役立ったからいいとする。


 俺が『清き異国の雄』であることは即刻エルフの里に知れ渡ったようで、会う人会う人にキラキラした目を向けられる。エルフは皆美人で、しかもほぼ裸なので、俺はすこぶる機嫌が良かった。

 里を歩くだけで眼福なのだ。


「あのっ! 握手して頂けませんか?」


「私、さっき転んでしまって……あなたの魔法で治療してくださいっ!」


「これ、うちで薬草を煎じて作ったポーションです。よかったら使ってほしいです!」


「一本でいいので髪の毛くーださいっ」


 エルフからは大体こんな感じの絡み方をされている。

 俺がここに来た時は汚らわしいだのいやらしいだの性欲大魔神だのひどい言われようだったが、その認識は綺麗に裏返ったようだ。


 これもすべてクソスキル『偽装ED』のおかげだ。

 俺が『無職』だということもエルフにとっては関係ないようだ。エルフはスキル至上主義ではないらしい。どちらかというと魔法に長けている方が重要みたいだ。だがそれ以上に『清き異国の雄』は神レベルの扱いを受ける。それがエルフの文化なのだ。だから俺がちやほやされるのは必然だった。


「随分モテるのね」


 隣を歩くエレノアが唇を尖がらせてそんな言葉を吐き捨てた。


「モテるってのは違うだろ。異性として見られてるわけじゃない。なんつーか、崇拝の対象みたいな感じだろうよ」


 俺は人間だ。エルフの恋愛対象にはなりえない。なぜならエルフはハーフエルフを産むことを忌避しているから。


「エルフのことを言ってるんじゃないわ。いつの間にアデライト先生と知り合ったわけ? しかもベタぼれだし。どういうことなのよ」


「話せば長くなる」


 今は話し込んでいる暇はない。

 というのも、エリクサーをあの男に届けに行くところだからだ。


「本当にいいのでやんすね?」


 先導してくれているオーサが立ち止まって振り返る。

 それに倣って、俺とエレノアも足を止めた。


「ああ。使うのは俺じゃない。これを必要としているのは、あいつの娘さんだからな」


「それが真実かどうかわからんでやんすよ。エリクサーを奪う口実かもしれんでやんす」


「いや。たぶん本当だろう」


 あの男の目は本気だった。娘を想う父の気持ちを疑うことはしたくない。

 俺が牢屋までやって来ると、男は壁にもたれかかって船を漕いでいた。こんな状況でよく眠れるな。


「おい」


「んお……貴様は……」


「起きろ。エリクサーを持ってきた」


「……なに!」


 まさか本当に持ってくるとは思っていなかったのだろう。男の眠気はどこかへ吹き飛んでいた。


「それは、本物なのか?」


「ああ」


 俺は手の中のビンを見せる。透明なガラスの中は、透き通った青い液体で満たされている。掌に収まるサイズだ。大体ヤクルト一本分くらいだろう。


「ロートス。最後の確認でやんす。本当にこの男を解放するでやんすね?」


「ああ。こいつの部下も全員な」


 これはもう決めたことだ。

 シーラにエリクサーを服用させるにはそれが一番確実なのだ。


「少年よ……感謝するぞ」


 男は鉄格子に縋りつくようにして、俺に土下座的なことをした。

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