第146話 シーラってどんな人だろ

 牢屋にやってきた俺を見て、男は狂気の目を向けてきた。


「貴様! 貴様が!」


 体当たりで鉄格子をぶち破ろうとするが、無理に決まってる。だが男は何度も繰り返す。頭から血を流してもおかまいなしに。


「おいおい……なんだよこの感じ」


「相当な恨みを買っているようナリね?」


「知らねぇよ。初対面だぜ」


 着替えやがった副長がやれやれと首を振る。


「知らないところで恨みを買うことなんて珍しくないナリよ? 人間とはそういう汚い生き物ナリ」


「お前も根に持つ女だな」


 百年前のことなんか水に流せばいいのによ。まぁエルフだし、人間でいう数年くらいの感覚なのかもな。


 それはともかく。


「おいあんたよ。どうして俺にキレてるんだ?」


「貴様がシーラを壊したのだろう! しらばっくれるな下衆が!」


 あーなるほど。盛大な勘違いか。


「人違いだぜ。俺はそのシーラって人を助けるために、この森にエリクサーを探しに来たってのに」


「……なんだと?」


 男の動きがぴたりと止まる。


「シーラを救うだと? なぜ貴様が……一体どういうことだ」


「逆にこっちが聞きたいね。シーラって人の心を壊したのはウィッキーだろ? その当時の俺はまったく関係ねぇしな」


「そこまで知っているのか。貴様は何者だ。機関の情報を外部の人間が知っているわけがない」


「ガバガバなんだろ。ヘッケラー機関の情報管理がよ。俺みたいな一般的な魔法学園生でも知ってるんだからな」


「……ふん」


 男はその場に座り込んだ。ちょっとは頭が冷えたようだ。


「シーラは俺の娘だ」


 そいつは驚きのカミングアウトだな。


「もしかして、あんたらがこの里を襲ったのって」


「そうだ。エリクサーを求めてのことだ」


「なんだよそれ」


 やり方が野蛮すぎるぜ。俺みたいにスマートにやればいいものを。


「人間嫌いのエルフからエリクサーを手に入れるには、武力で制圧するしかない。だから機関の任務を利用してこの里を襲撃した」


「なるほどな。娘を思う父の暴走ってか? みっともねぇな」


「貴様に何がわかる! 心を壊され、何も言わず、動かず、笑いかけてさえくれないんだぞ! 俺がどんな気持ちで過ごしてきたか!」


「気の毒だけど、殺しや略奪の言い訳にはならないな。あんたは負けたんだ」


「……ちくしょうが!」


 男は俯き、絶望してます的なオーラを醸し出している。


「だが俺とあんたの目的は同じだ。手段は違うにしろな」


 そもそもエリクサーを手に入れたとして、どうやってシーラに服用させるかまでは考えていなかった。飲ませるには直接シーラに会わないといけないが、機関に潜入できるかはわからない。

 だから、この男の存在は俺にとって好都合なのだ。


「副長」


「なんナリ?」


「この男を解放してやろう。エリクサーを渡してな」


 男がはっと顔を上げる。


「気でも触れたナリか? この男は尋問した後、処刑する予定ナリ」


「それだと都合が悪い。エルフには死人が出なかったんだし、ここでこいつを解放してやれば、種族として器のでかさを世界に見せつけることも出来るぜ」


「話にならんナリね」


 副長に取りつく島はない。


「お前の方こそ話にならんな。オーサに直談判するわ」


「……どうせ無意味ナリ」


「どうかな」


 俺は踵を返し、牢屋を出ていく。


「待て」


 男に呼び止められた。


「なぜ、お前は……?」


「さぁな。勝手に想像してくれ」


 俺は振り返ることもなく、さっさとオーサの家に戻るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る