第86話 セカンド・セッション
新しい朝が来た。
希望の朝だ。
なんとなく、転生前に聞いた歌を思い出す。あの歌、題名なんていうんだろうな。
それはともかく。
俺はちょうど魔法学園の校門をくぐったところである。大きなあくびを一つ。
「みっともないですよ。ご主人様」
サラが俺の大あくびを咎めた。別にいいだろこれくらい。
「今日から授業が始まるんですよね?」
「ああ、たぶんな」
「もう……ご主人様? ちゃんと入学のしおり読みました?」
「読んでねぇ」
サラが呆れたように唇をひん曲げた。なんだその顔は。
「ちゃんと読んでください。ご主人様がものぐさなせいで、入学だってギリギリだったじゃないですか。目立ちたくないなら、これからの予定を把握してしっかり対策を練った方がいいんじゃないですか」
ううむ。もっともだ。
「サラ。そうやって俺を戒めてくれるなんて、お前は従者の鑑だな」
「えっへん」
どや顔で天を仰ぐサラ。頭を撫でてやると、サラは幸せそうに頬を緩ませた。
俺は歩きながら入学をしおりを開く。
「午前中はオリエンテーションがあるみたいだ。これからの講義や実技についての説明だな。そんで、午後から早速授業が始まると」
「わくわくしますね」
「まあな」
魔法を学べるのは俺的にも胸が躍る。転生前は魔法なんてお目にかかれなかったからな。それが自分で使えるようになるのは非常に魅力的だ。
俺達はエリートクラス専用の校舎に辿り着く。エリートクラス棟と呼ばれるその建物は、それだけで転生前に通っていた高校くらいの規模があった。クラス一つでこの大きさだもんな。魔法学園ってやっぱりでかい。
ちなみにアイリスは留守番だ。
昨日の今日でアイリスを連れていたら目立つことこの上ない。アイリスはしばらく家でルーチェに家政のいろはを叩きこまれることになったのだ。仕方ないね。
入口にあった張り紙にしたがって、上階の大講義室に向かう。
長椅子が並べられた広い部屋には、すでに数十人のクラスメイト達が集まっていた。俺とサラは適当な席に腰を下ろす。
「あ」
すると、隣で声が聞こえた。
俺が視線をやると、そこにはオリーブ色の髪を短めのツインテールにしたたれ目の女の子がこちらを見ていた。無表情で。
はて、誰だろうか。
怪訝な表情を浮かべる俺を、その子はにこりともせずじっと見つめてくる。
「セレン・オーリス。捨てられた神殿で一緒になった」
「ああ。あの時の」
ヒーモのパーティにいた子か。正直どんなメンバーがいたかまったく記憶にないけど、とりあえず憶えているフリをしとこう。
「俺はロートス・アルバレスだ」
「知ってる。助けてくれた人の名前を忘れるような不義はしない」
「……そうかい」
セレンと名乗った少女は、どこまでも表情がない。顔にもないし、声にもない。あまりにも起伏がないせいで、聞いた五秒後には忘れてしまいそうな声だった。
ただ、人形のように整った顔立ちは、俺の美的感覚を強烈なまでに刺激していた。これまでに出会った子達とはまた違った魅力がある。神秘的というか、非現実的というか。
とはいえ、ツインテールにしているところには親しみを覚える。俺からしたら幼さのある素朴な髪型だからだ。
「セレンは、従者はいないのか?」
周りを見渡しても、クラスメイトはみんな一人以上の従者を連れている。しかし、彼女は一人ぼっちだ。
「従者はいない。お父様が不要と判断した。おかしい?」
「おかしくはないが……珍しくはあるな」
従者を連れてくるのは規則で決まっているわけではない。いわゆる慣習のようなものだ。だから一人でも全く問題はない。
「まぁ、縁あってクラスメイトになったんだ。これからよろしく頼む」
こういう社交辞令は大切だ。
セレンは俺の顔をじっと見つめたまま、こくりと頷いた。何考えているかまったくわからん子だな。
それからしばらくボーっとしていると、教壇側の扉が開いて人影が現れた。部屋が広いせいですぐには分からなかったが、あれってもしかして。
「アデライト先生だ」
サラが呟いた。
おやおや、どうしてアデライト先生がここにいるんだろうか。
嫌な予感。もとい良い予感がするんだが。
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