第58話 ここから始まる壮大な物語

「その人は今どこに?」


 立ち上がって身を乗り出したサラに、俺は少し驚いた。


「さぁ……どこだろうな。先生がどこかに連れて行ったみたいだけど」


「ボク、探してきます!」


 身を翻して店から駆け出ていくサラ。


「おい待てって!」


「ご主人様ごめんなさい!」


 俺の制止も聞かず、サラは走り去っていく。


「マスター、サラちゃんのことはわたくしにお任せを。どこに連れて行けばよろしいですか?」


 アイリスがゆったりと立ち上がりながら言う。


「本棟に救護室ってのがあった。そこにいるかもしれないから、当てがなかったらそこに来てくれ」


「ではそのように」


「頼むぞ」


「はい」


 言うや否や、アイリスは駆け足でサラを追いかけていった。


「一体なんなんだ……?」


 サラはウィッキーを知っているようだった。ヘッケラー機関にいた時の知り合いだろうか。


 そういえば。奴隷商のおっさんが、サラは訳ありだと言っていたな。その理由がわかるのだろうか。

 一体俺はどんな厄介事を抱えちまったというのか。


 だけど後悔はしていない。

 サラがどんな問題を抱えていようと、あいつが俺の従者であることに変わりない。目立たない範囲でなんとかしてやりたいとは思う。目立たない範囲で。


 そろそろ夕食の時間帯である。

 一息ついている間に『てぇてぇ亭』の中もそれなりに混雑してきた。


 そろそろ行くか。


 と思った矢先。


「あ! やっと見つけたのじゃ!」


 幼女の声。

 明らかに俺に向けられた言葉。店内の注目が俺に集まる。うわ、目立っちまった。


 アカネ入店である。


 ファンタジー世界においては、和風のいでたちはやはり浮いている。

 彼女はずかずかと俺のテーブルにやってきて、ちょんと腰をおろした。


「ロートスよ。今まで一体どこをほっつき歩いておったのじゃ」


 腕を組んだアカネの大きな黒い瞳が、俺の目を射抜いてくる。


「なんだよ。どこをほっつき歩こうと俺の勝手だろ」


「ヒーモの坊やがおぬしを探しておるのじゃ」


 知らん。


「そのヒーモはどうした。一緒じゃあないのか」


「あやつは明日の準備で手一杯。だからわらわが探しておったのじゃよ」


「ふーん」


 正直いまはそれどころじゃない。

 ヒーモとイキールの決闘のことも今の今まで忘れていた。くっそどうでもいい。


「ところでアカネ。お前、ヒーモの前じゃなきゃあいつにかしこまらないのな」


「ん? そりゃそうじゃ。あやつは知る由もないじゃろうが、わらわはヒーモの先祖にあたる間柄。ダーメンズ子爵家を興した初代当主、ダーメ・ダーメンズの末女。それがこのわらわなのじゃ」


「じゃあなんで姿も素性も偽って従者なんかやってんだ?」


「あまりにも頼りないからのぅ。あの坊やは」


「わかる」


 正直ヒーモがイキールに勝てるとは思えないんだよなぁ。明日の決闘はどうせイキールの勝ちだろ。


 どうやらアカネは、陰からダーメンズ家を支える役目を担っているようだ。容姿を偽っているというとアデライト先生が俺の中で旬だが、そういえばアカネも同じなんだった。


「しかし、のじゃロリとのじゃ美女を使い分けられるのはなんでなんだ? そういうスキルか?」


「スキルではない。体内の気を制御しているだけじゃ」


「体内の気? なんじゃそれ。どうやってやんの?」


「そりゃあもう。ずばばっ、からの、どんがらがっしゃーん。とやるのじゃ」


「わからん」


 それで若返るのか。この世界は本当に意味が不明だなぁ。なんでもありかよ。


 裏を返せば、奥が深いとも言える。たぶん。


 あ、くそ。ここにきて『イヤーズオールドアナライズ』の日間使用制限が恨めしい。アカネの実年齢を見ようと思ったのに。どうして俺はウィッキーごときに使ってしまったのか。明日でいいや。


「ロートス。さっさと行くのじゃ」


「ヒーモのところにか? やだよ。用事あるし」


「なんじゃとー?」


「本棟の救護室にいくんだよ。人を探しにな」


「なんと。おぬしも人探しか……なにかと奇なものじゃな」


「違いない」


 アカネは溜息を一つ


「まぁよいわ。わらわの念話灯を渡しておくゆえ、用事が終わったら連絡せい」


「あい。憶えてたらな」


「忘れたら怒るぞ! 『断罪砕牙』くらわせるからな!」


 それはこわい。憶えていよう。


 ちなみに念話灯というのは、この世界における遠隔通話装置である。転生前の世界で言うところのいわゆる携帯電話に近い。大きさは手のひらに収まるサイズで、仄かに光る円筒状の水晶のような物体だ。

 便利ではあるが、二つで一組の念話灯は他の念話灯と通話できないから、多くを持ち歩けない。そのうえ一組数十万エーンもする高級品であるため、おいそれと所持できるものではないのだ。


「じゃあまた後ほどなのじゃ。連絡、待っておるぞ!」


「おー。ばいばい」


 そう言ってアカネは、手を振って店を出ていった。


 うーん。やはり、のじゃロリ感がすごい。

 赤い和服じみた服装も、日本を思い出させてくれて少しノスタルジックな感傷に浸ってしまうな。


 閑話休題。


 さて、本棟に向かうとしよう。


 みんなのことも気になるしな。

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