第8話 シークレットなアクセサリー

「合格だ」


 俺の上に馬乗り状態で跨っている女性がそう口にした。


 長く伸びた白い髪は俺の体にかかるほどで、サラサラなのが見ただけでわかるレベルで綺麗な髪だ。

 それに吸い込まれそうになるくらい透き通った赤い色の瞳も相当な綺麗さだ。

 そしてそのまま視線を落とすと、キュッと引き締まったウエストとその上には2つの大きな山がある。

 男なら誰しもが見惚れてしまうであろうほどのグラマラスなボディが俺のすぐ目の前にあるのだ。

 

 そんな少女が口にした言葉の意味が俺には全くわからなかった。

 

 合格って何のことだよ。

 ていうか、何でいきなり少女が俺の上に現れたのか。それすらわからない。

 わからないが、とりあえず1つだけわかることがある。


 それは赤い石が今俺の上に跨っている少女になったということだ。


 

「君は…一体…」


 状況が全く掴めずにいる俺を見て女性はイタズラな笑みを浮かべる。


「私はお前の所有物だ。月城悠翔」


 そう言って手を伸ばしてきてそっと俺の頬を撫でてきた。

 ひんやりとした指の感触が頬から伝わってくる。


 そんな目の前の女性の行動のドキドキしてしまうが、この女性が俺の所有物ってどういうことだ?

 やっぱりこの女性は俺が最初に当てた赤い石なのか?


 俺が抱いていた疑問を察したのか俺の上に跨ったままの態勢で話し始めた。


「私は月城悠翔が最初に当てた赤い石だ。石の状態でも意識はあったのでお前のことを観察させてもらったよ。それで私は合格だと判断したんだ」


 やっぱりこの人はあの石なのか。

 俺がポケットに入れて持ち歩いていた時から観察してたのか。

 別にぞんざいに扱ってはいないけど丁寧にも扱ってないから何だか申し訳ない気持ちになってしまう。


 さらに彼女は説明を続ける。


「まあ簡単に言うと私はお前をテストしていた。ただのアクセサリーだとわかった時にどうするかを見たかった。だから今まで正体を現さずにいた」


 なるほど。

 だからこのタイミングというわけか。

 石が変化し始める直前に俺はこの石と共に行くと決めた。それを感じ取ったのだろう。


「でも何でテストなんてしたんだ?」


 そこがまだ疑問のままだった。

 俺をテストして一体何があるというのだ。


「それは私の力を使うのに相応しいかを判断するためだ。ガチャで当てた物でもただの石だとわかったら捨てるような奴に私の力を使わせる気はない」


 ていうことは彼女には何か力があるっていうことだよな。

 一体どんな能力があるんだ?


「君の力っていうのは一体…」


「私の力、というか能力は所有者がガチャを引いたときに貴重なものが排出されやすくなるというものだ」


 それってつまり俺がガチャを引いた時にレアなものが出やすくなるってことだよな。

 ガチャ廃人の俺にとってはこの上ないほど相性のいい能力なんじゃないか?

 だってこれからは常時イベント状態の排出率のガチャを回せるんだぞ!


 うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!

 テンション上がってきたぁぁぁぁぁ!


 奇行に走ってしまうかもしれないレベルまでテンションが上がってきたため、一度深呼吸をして心を落ち着かせる。

 そこでようやく気付いたのだが、未だに俺の上に女性が乗っているままだった。

 さすがにいつまでもこのままというのはマズいだろう。

 そう思い俺は口を開いた。


「とりあえず、俺の上からどいてもらってもいいかな?」


 そう言われて彼女は自分の下に視線を向けた。


「おっと、これは失礼」


 そう言って、一瞬前屈みになって俺の体を挟むように手を付くと足を上げてからクルリと一回転しベッドに腰を掛ける体制になった。


 これでとりあえず身動きはできるようになった。

 あとはもう一つ気になることが…。


 俺は身を起こすとベッドから立ち上がりベッドのすぐ横にある籠に手を伸ばす。

 籠の中には数枚の衣服が入っていて、その中からTシャツを1枚取り出しベッドの座ったままでいる名前もわからない女性に手渡した。


「と、とりあえずこれ着てもらってもいいかな?」


「?」


 不思議そうにしつつも断る様子は無く、手渡した服を広げてじっくりと見ていた。

 早く服を着てくれないと目のやり場に困ってしまう。


 この子は平然としているから感覚がおかしくなってしまいそうだが、一糸まとわぬ姿のままなのだ。

 俺も男なわけで嫌でも視線が吸い寄せられてしまう。

 理性と下心が俺の心の中でそれは凄まじい戦いを繰り広げている。


 頼む! 早く服を着てくれ!


「別に着るのはいいのだが少し大きすぎはしないか?」


 確かに大きい。

 それは俺のTシャツだ。女性が着るには少し大きいだろう。

 それでも裸でいられるよりかは幾分もマシだ。


「いいから着てくれ!」


 俺は思わず大きな声を出してしまった。

 ムキになったようにも見える俺の態度を見て、とりあえず服は着てくれた。

 これでやっと普通に話せるようになるぞ。

 そう思い視線を彼女に向ける。


「!?」


 これは…。


 首元は少し緩いようで胸の谷間がそこそこ見えている。

 それにこの格好はいわゆる裸Tシャツというやつだ。

 これはこれでかなりエロい。

 色々と想像してしまうが一応大事な部分は隠れているため、まだ聞きたいことがいくつかあるのでとりあえず心を落ち着かせ彼女と向かい合う形になるように椅子に座った。


「さっき俺の名前を呼んでたけど改めて名乗っておくよ、俺は月城悠翔。君の名前は何て言うの?」


「私に名前はない。名前を付けてくれ、月城悠翔」


 名前がないという彼女は俺に名前を付けるように言ってきた。

 まだ名前はないのか。

 ていうか…、


「俺が?」


 思わずそう口に出してしまった。

 人に名前を付けるなんてしたことないし、そんな重大なことは俺にはできない。

 しかし彼女は真っ直ぐに俺の目を見つめながら答える。


「私は月城悠翔の所有物だ。持ち主が名前を付けるのは当然だろう」


 自分の持ち物に名前を付けるって感じか。

 それならわからなくもないが、やっぱり名前は大切なものだから適当には付けられない。


 とりあえず色々とありそうな名前を考えてみるが一向に良さそうな名前が見つからない。

 親が子供に名前を付ける時って深い意味が込められてることが多いし、この子にどうなってほしいかを考えてそこから名前を付けよう。

 そう思って彼女のことを見てみると彼女と目が合った。


 綺麗だ。

 最初に見た時も思ったが綺麗な透き通た赤い瞳をしている。

 それに元々は赤い宝石のようなアクセサリーだった。

 赤い宝石と言えば…、ルビーだ。


 ルビー、ルリー、ルリィ、ルリア…?

 ルリアって結構いいんじゃね。


 一瞬でもそう思ってしまったが最後、もう他の名前の案は全く浮かんでこなくなってしまった。

 こうなったらルリアで決まりだ!

 俺は彼女に今考えた名前を伝える。


「君の名前は…、ルリアだ」


「ルリア…」


 俺が言った名前を彼女は小さな声で呟いた。

 もしかして気に入らなかったかな。

 俺は不安な気持ちを抑えつつ彼女を見つめる。

 彼女は一度頷くと満面の笑みをこちらに向けてきた。


「ルリア、いい名前だ。これからよろしく、月城悠翔」


 どうやら気に入ってくれたようだ。

 ホッとして胸をなでおろす。


「俺のことは悠翔でいいよ」


 今までずっと俺のことをフルネームで呼んでいた。

 呼ぶ方も呼ばれる方も面倒くさいだろう。


「わかったぞ、悠翔」


「これからよろしく、ルリア」


 こうして俺とルリアの英雄伝説が始まった。


 なんて脳内で再生してみるが、これからどうしていけばいいかなんて全くわからない。

 わからないがせかっくルリアが俺のことを認めてくれたんだ。

 やっぱりルリアの気持ちには答えてあげたい。

 そのためにもまずはお互いをよく知るところからだろうと思い色々と話してみることにした。




「そういえば最初に鑑定士っていう人がルリアのこと見たんだけど、あの人ルリアのことただのアクセサリーっていってたんだよ)


 俺はふとこの世界に来てすぐのことを思い出した。

 鑑定士とか言ってたけど全然鑑定できてないじゃん!


「それは当然だ。私はシークレットだからな」


 シークレットだったの!?

 だから鑑定士でもわからなかったのか。


 正直、ガチャはガチャでもゲームのガチャ専門の廃人だったからシークレットっていうのにあんまり馴染みがないな。

 店とかにあるガチャではシークレット1種みたいなこと書いてあるのを見たことはある。

 最初はハズレだと思ってたけど本当はシークレットだったって激熱展開じゃん。

 なんか無性にやる気が溢れてきた。


 どうしてもダンジョンに行きたくなってしまい外に目を向けると、日は落ちて辺りはすっかり暗くなっていた。

 これは今日はダンジョンには行けないな。

 ていうかルリアと一緒に行くのは2人に換算されるのかな。でも一応俺の所有物なわけだし…。


 なんとなくルリアと一緒にダンジョンに行く姿を想像してみる。

 でもルリアには戦闘系の力があるわけではないし危険だろう。

 そう思いルリアに視線を向けると彼女も俺のことを見ていて、目が合うと妖艶な雰囲気の笑みを溢した。


 やっぱり色っぽいよな。


 未だに裸Tシャツ状態だ。

 未だに…。

 これってマズいのでは?


 俺、女性物の衣服なんて持ってないよ。

 そうしよう。

 考えろ。考えるんだ、俺。


 俺は思考を巡らせた。

 この世界に来てから今までのことを細かく思い出して何かいい手段はないか模索する。


 そして1つ、案が浮かんだ。


「ちょっとここで待って」


 俺はそう言って部屋から出た。

 そして2つ隣の部屋の前まで行きドアをノックした。


ーガチャ


 鍵が開く音がしてドアが開いて、金髪のロングヘアの美しい先輩のウォード先輩が顔を出した。


「月城君? どうしたの?」


「実は…、女性物の洋服を貸してほしくて…」


 あれ? 俺今何て言った?

 変なことを行ってしまった気がする。

 恐る恐るウォード先輩の顔を見てみる。


「はい?」


 やっぱり変な意味に捉えられるよね。

 俺は慌てて訂正する。


「いや、その、変な意味じゃなくて…。とりあえず1回俺の部屋に来てもらえませんか? そこで事情を話します」


 実際にルリアを見てもらった方が早いだろうと考えそう提案した。

 しかしウォード先輩は怪訝そうな顔で俺を見つめている。

 そりゃ警戒しますよね。

 変なこといった後に俺の部屋に来いだもんね。


「わかったわ」


 まだ俺のことを疑っている感じはあるが先輩は俺の提案を了承してくれた。

 俺は先輩を連れて自分の部屋のドアを開いた。

 ルリアはウォード先輩のことを探るような目つきで上から下まで見まわす。


「あなたねぇ」


 先輩はがっかりしたようにうなだれつつ俺のことを見てきた。

 完全に誤解されてるよね。 


「実は…」


 俺は誤解を解いてこの状況を打開すべくウォード先輩に全てを話した。

 先輩は時折何か考えるような表情をしながらも静かに俺の話を聞いてくれた。


「なるほどね…」


 話を聞き終わったウォード先輩は静かにそう呟いた。


「とりあえず服持ってくるわね」


 そう言って先輩は部屋から出ていった。


「あいつは確か悠翔と一緒にダンジョンに行った女だったな」


 ルリアは昨日のことを思い出しながらそう言った。

 アクセサリーの状態でも俺のことを見ていたのだから当然ウォード先輩のことも知っているのだろう。


「俺がすぐに頼れそうなのは先輩くらいだからね」


 本当はもう1人頼れる子がいる。でも俺はその子がどの部屋に住んでいるのかまでは把握していないし、何より服のサイズが合わなくて窮屈になりそうだと思ってしまった。


 特に胸が…。

 ごめん、リヴィ。


 失礼な考えを持ってしまったことを心の中で謝っておく。

 本当にいい子なのに…、これじゃあ顔向けできない…。


「おまたせ」


 自責の念に駆られている俺を正気に戻してくれる声が聞こえてくると、先輩が部屋に戻ってきた。

 腕には数枚の服やスカート何かが掛けられている。


「すみません、明日には服買いに行きまずので」


「別にいいわよ、これくらい」


 そう言って先輩はルリアに衣服を手渡した。

 ルリアは衣服を受け取ると、今着ているTシャツあ捲り上げ始めた。


「っ!!」


 俺は咄嗟に部屋を出た。

 ウォード先輩がいる手前、変態だと思われたくない。

 

 部屋の中からはガサゴソしている音が聞こえてくる。

 そして音が聞こえなくなるとドアが開き先輩が顔を出した。


「もう大丈夫よ」


 着替え終わったルリアは白色のワンピースを着ていた。

 かなり似合っているが、これを普段はウォード先輩が来ていると考えるとそっちも見てみたい気もしてしまう。


「ありがとうございます、先輩」


「これくらい気にしないで。それより他にもいくつか持ってきておいたから」


 そう言って先輩は机の上を指さした。

 机にはベージュ色のシャツと紺色のワイドパンツが置いてあった。

 予備まで持ってきてくれるなんてもう頭が上がらない…。


「じゃあとりあえず今日のところは帰るけど、明日からどんどんダンジョンに行きましょ。その子の力を最大限に生かすためにもね」


 そう言ってルリアに一度視線を向けてから俺のことを見てくる。


 どんどんダンジョンに行きましょ…。


 てことはどんどんガチャを引けるということ!

 この上ないお言葉いただきました!


「お願いします!」


 俺は深々と頭を下げた。

 ここまでしてもらっていいのかとさえ思ってしまうほど色々としてもらっている。

 ある程度俺に力が付いたら今度はこっちが何かしてあげたいな。


 頭を上げると先輩は柔らかな笑みで俺のことを見ていた。

 なんか祝福の聖母みたいな感じが溢れ出ている気がする。


「じゃあまた明日ね。おやすみ」


「はい! おやすみなさい、ウォード先輩」


 先輩は俺の部屋から出ていった。

 これで俺とルリアの2人だけになった。


 ふとルリアに視線を向けると目と目が合った。

 何を言っていいかわからずに無言の時間が流れる。


 気まずい…。


「とりあえず…飯にするか」


 ルリアのことで忘れていたが、彼女が現れてからかなりの時間が経っていた。


「そうだな」


 ルリアも賛成してくれた。


 とりあえず英雄としては一歩前に進んだけど、問題はこれからだろう。

 武闘競技祭の練習や体術関係に魔力のことなどやることはいっぱいだ。

 明日からは放課後はひたすらダンジョンに潜るかもしれない。

 まあそれはガチャ引けるからむしろいいことなんだけど。


 こうして更に忙しく過酷な日々が始まりを告げた。


 でもそのまえにまずは腹ごしらえだ。

 俺とルリアは夕飯を食べるため、部屋をあとにした。

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