第6話 初ダンジョン
ひんやりとした空気に包まれた静かな空間を俺はウォード先輩とともに歩いていた。
辺りは見渡す限りどこまでも薄暗く、天井や壁から顔を出した鉱石が放つ光によってかろうじて先を見通せるほどだ。
赤い色の鉱石や緑色、青色など様々な色の鉱石が光を発していて幻想的な雰囲気を醸し出している。
これらを持って帰ったらお金になるんじゃないかとさえ思えてしまうほどだ。
しかしそんなことなど気にする素振りもなくウォード先輩は岩石で囲まれた道を奥へと進んでいく。
広すぎず、狭すぎずといった感じで2人が並んで歩けるほどの道幅があり誕生部分までは3メートル程あろうかというところだ。
たまに天井から染み出した水分が滴り地面に零れ落ちた音がこの洞穴中に響き渡る。
その外には俺たちの足音とコウモリか何かの鳴き声がたまに聞こえるくらいだ。
ここはダンジョンだ。
つい昨日までただの高校生としてガチャに尽くしていた俺がこんなところに来るなんて誰が想像しただろうか。
俺だって未だに夢なんじゃないかと疑ってしまいそうになる。
ダンジョンは危険なところらしい。
いつ敵に出くわすかわからない。
それなのに今の俺は恐ろしいほどに冷静だった。
視覚も聴覚も研ぎ澄まされていて色々な情報が頭に入ってくる。
ついでに言うとウォード先輩からするいい匂いもはっきりと感じ取っている。
先輩の匂いを堪能しているのは俺だけの秘密だ。
香水みたいな匂いではなく、甘くなぜか落ち着く匂いがする。
やっぱり美人っていい匂いがするんだな。
そんな風に俺が思っているなどとは想像もしていないであろう先輩は淡々と奥へと進んでいく。
もう5分以上は歩いたな、というところで先輩が立ち止まった。それに続いて俺も立ち止まる。
「もうすぐしたら敵が出てくる場所に出るわ。私のそばから絶対に離れないでね」
「わかりました」
ついに敵が出てくるのか。
本当なら怖いはずなのになぜかワクワクするような気がする。
そして視線を前に向けると通路の先の方が少し狭くなっている。
あの先に敵がいる…、かもしれない。
「…ふぅ」
俺は一度深呼吸して気を引き締める。
去年の英雄はここで帰らぬ人となった。
いくら先輩がいるからと言って油断はできない。
先輩の方に視線を向けると先輩も俺のことを見ていた。
先輩はキリっとした真っ直ぐな目をしていて凛々しい雰囲気が一層際立っていた。
なんて美しいんだ…。
「準備はいい?」
つい見惚れてしまっていた俺に先輩がそう聞いてきた。
準備はできている。覚悟もできている。
ガチャを引くためならなんだってするんだ。
俺はそんな決意を胸に静かに頷いた。
「大丈夫よ。あなたは私が守るわ」
そう言って微笑みながら俺の方に左手を伸ばしてきて強く握られた俺の手をそっと包み込んだ。
やっぱり先輩も女子なんだなと実感した。
かなり頼りがいのある雰囲気だが手は俺よりも全然小さい。
ひんやりとした手の感触が伝わってくる。
冷たいのに暖かい何かが伝わってくるような気がする。
ほんの一瞬のことだったのだろうが、かなり長い時間に感じられた時間が終わりを告げる。
先輩はそっと手を離した。
そして前に向き直ると左手を前にかざした。
何してるんだ?
俺にはよくわからないが何かしているんだろう。
そんな風に思っていると先輩の手の周辺が光り始めた。
光は徐々に強くなっていき範囲が広がっていく。
そして手のひらほどの大きさになった光は形を変えて横に伸びていく。
弓の形を形成している様に見える。
そう思いながら見ていたが、完全に弓の形になると光は消えて先輩の左手には白い金属のようなものでできた弓が握られていた。
これが先輩の力なのかな。
先輩が持っているからかもしれないがこの弓も美しく見えてしまう。
俺が弓をまじまじと見ていると先輩が弓について解説してくれる。
「これが私の力。『
フォーミング機能付きの弓矢ってことか。しかも光の矢。
はっきり言ってチートじゃん。
遠距離支援とかやったら特に心強いよそうだ。
「さあ行きましょう」
そう言って歩き出した先輩に続いて俺も歩き出す。
少し天井が低く狭くなった道を頭を下げつつ通り抜けるとその先の通路の幅は広くなっていて天井も今までよりも高くなっていた。
気のせいかもしれないが何か重い感じの空気になった気がする。
殺気が漂っているような気さえしてしまう。
とりあえず俺は先輩の近くに寄った。
まるで母親にくっつく子どものようだ。
「来るわ」
そう言って先輩は弓を構えた。
殺気感じた殺気は気のせいじゃなかったようだ。
進行方向にある大きな岩の陰から何かいるようだ。
先輩は構えた弓に右手を添えてゆっくりと後ろ側に引いていく。
すると白い光の矢が出現した。
しかし敵はまだ岩の陰に隠れているので構えたまま撃つタイミングを計っている。
本当なら敵もこちらに隙を
白い猫のように見えるが耳はうさぎみたいになっている。大きさは動物園で見たライオンほどだ。
赤い眼光を放ちながらこちらに向かってくる。
ものすごい速さで迫ってくる敵に標準を合わせて光の矢を掴んでいた右手を放した。
光の矢は敵目掛けて一直線に向かっていき避ける暇を与えずに打ち抜いた。
強すぎだろ…。
一瞬だったな。
なんて言ったいいかわからないけど、とりあえず凄かった。
あんなにあっさりと敵を倒すなんて強すぎませんか?
そりゃ俺も期待されてたわけだ。
「あれは魔物よ。魔物っていうのは魔力を宿した生物のことね」
「なるほど」
先輩は先に進みながらさっきの敵についての説明をしてくれた。
そういえば英雄召喚にも魔力を使ってるみたいなこと言ってたな。
俺も魔力使えたりしないのかな。
帰ったら時間ある時にでも聞いてみよ。
「それにしても先輩の力、すごいですね」
「そんなことないわよ。私より強い英雄だっているわよ」
マジかよ。
英雄強すぎだろ。
「それって202号室の人ですか?」
202号室に住む英雄。
俺はまだ一度も会ったことがない。
ちなみに201号室にはウォード先輩が住んでいて203号室には俺が住んでいる。
「あの子はまたちょっと別かな。そういう系の力じゃないから」
そうなのか。一体どんな能力なんだろう。
ていうか英雄寮を見る限り住んでるのは3人だけみたいだったけど先輩の口ぶりから察するに他にも英雄はいるんだろうな。
もう少し先輩に聞いてみようと思い質問しようとしたところでまた先輩の足が止まった。
先輩は弓を構えて右手を添えて光の矢引く態勢となる。
けど…、どこに魔物がいるんだ?
正直どこにいるのか全くわからない。
というかそもそも魔物がいるのかどうかもわからない。
しかし先輩は光の矢を放った。
矢は壁に向かって飛んでいく。
そして壁に矢が当たった瞬間、動物のうめき声みたいなのが聞こえてきた。
その後、壁の一部が崩れた。
いや、よく見るとあれは壁ではなかった。
「壁に擬態した魔物ですか。よく気が付きましたね」
俺なんて全く気が付かなかった。
俺みたいに気が付かずに目の前を通った人とかが襲われるんだろうな。
それにしても先輩はどうやって気が付いたんだろう。
目がいいからはっきりと見えたのかな。
「さっきも言ったけど魔物は魔力を宿しているの。魔力に普段から触れていれば感知できるようになるわ」
魔力を感知したから壁に擬態した魔物にも気が付くことが出来たのか。
普段から魔力に触れていればって言ってたけど、この世界では魔力は普通にそこらへんにある物なのかな。
まだまだこの世界についてよくわからないことだらけだ。
~~~~~~~
その後も魔物を倒しながら順調に進んでいた。
そしてもう何体の魔物を倒したのかわからなくなった頃、今日一番の修羅場に遭遇した。
目の前には4体の魔物。しかも後ろにも2体の魔物が来ていた。
ダンジョン内は一本道ではなかったらしく他の道から来たであろう魔物に後ろを取られてしまった。
これはヤバいやつなのでは?
俺はどうしていいかわからずにとりあえず先輩を見てみた。
先輩はというと、今までと変わらず冷静さを保ったままだった。
今の俺にはどうすることも出来ない。
先輩の力を信じてせめて邪魔にならないようにするので精一杯だ。
先輩は体を90度回転させ前と後ろにいた魔物どちらにも背を向けない形となる。
その向きのまま弓を前に構えて右手を添えて光の矢を出現された。
ここまでは今まで通りだ。これからどうするんだろう。
先輩は一瞬だけ左を向き魔物の数が少ない方に矢を放った。
その後すぐにまた右手を添えて光の矢を出現させるともう一体目掛けて放つ。
放たれた2本の矢はそれぞれの魔物目掛けて飛んでいく。
当たる瞬間を確認することなく今度は反対側を向いてすぐにまた矢を放った。
まさに早業だった。
1秒もしないうちに4本の矢を放っていてそれぞれにしっかりと当たった。
「もう大丈夫よ」
先輩は何事も無かったかのようにそう言ってきた。
俺は脳の処理が追いつかずに唖然としていた。
「こんなところにいてはまた魔物に遭遇しちゃうわ」
そう言いながら先輩は俺の手を引いてダンジョンの奥へと歩き出した。先輩に無理矢理連れていかれる形で俺も歩き出す。
俺が自分で歩き出したのを確認すると先輩は俺の腕を引っ張っていた手を離した。
もうかなり奥に来ていたようで道の先に扉が見えてきた。
「あの扉の向こうにガチャがあるわ」
もうすぐゴールだ。
そう思ったが、俺はとあることに気が付いてしまった。
まだガチャを引けるだけであそこはダンジョンの最奥部だ。またダンジョンの入口まで戻らなきゃいけない。
往路だけでもこんない大変だったのに復路もあるのか…。
でもこれもガチャを引くためだ。泣き言なんて言ってられない。
そして遂に俺たちは扉の前にたどり着いた。
先輩は俺が開けるよう促してくる。
俺は
一度深呼吸をして一泊置いてから手に力を込めて扉を押す。
扉は少し重かったが開かないというほどではなくゆっくりと開かれていく。
徐々に扉の向こう側の景色が見えてくる。
扉の向こうも扉の手前側と変わらず岩の壁に囲まれていたが小さな部屋の様になっているようだった。
そしてその部屋の真ん中には見覚えのあるものがあった。
この世界に召喚される直前に引いたガチャと同じ形状のものがそこにはあった。唯一違う点と言えば前に引いたときは3種類あったが今回は1種類しかないというところだ。
俺はガチャに向かって一歩、また一歩と進んでいく。
ついにガチャが引けるんだ!
ガチャの目の前まで来ると俺はガチャに手を伸ばした。
そして手がガチャに触れた瞬間、ガチャが光りだした。
たしか前もそうだったな。あの時はそのまま光が強くなって気が付いたら俺の手にアクセサリーがあったんだよな。
今回もその時同様光が強くなっていく。
そしてあまりの眩しさに思わず目をつむる。
ほんと光るの大好きだな、この世界。
ついそんな風に思ってしまった。
目をつむっていても分かるほどに眩しい。そんな光が次第に弱くなっていく。
そろそろ目を開けても大丈夫だろうと思い俺はそーっと目を開けた。
俺の手には何があるのかな。
期待に胸を躍らせながらゆっくりと手にある物を見ようとしたのだが、それ以上の光景が目の前に広がっていた。
「ここって…」
俺は辺りをキョロキョロと見渡した。
生い茂った木々に足元には草むらが広がっている。
見覚えのある景色だ。
「ダンジョンの入口よ。ガチャを引いたらあの部屋にいる人は強制的に外に出されるの」
なるほど。
確かにそうしないと一回最奥部まで行っちゃえば何回でもガチャを引くことが出来ちゃう。
「それより何が当たったの?」
先輩は興味深々と言った感じで俺の手を覗き込む。
俺の気になって自分の手に視線を落とした。
そこには…。
「これって何ですか?」
俺の手にあったのはコインだ。
何かの能力があるようには思えないんだが…。
「それはお金よ。かなり価値が高いわ」
「…お金?」
「そう、お金」
なんでや。なんで強い武器とか引けないんだよ…。
ガッカリして肩を落としてしまう。
「ダンジョンのガチャからお金が出てくるのはよくあることよ。また今度引きに行きましょう」
よくあることなのか。
今からもう一回引きに行くとかダメかな?
そう聞いてみようとしたのだが先輩が先に口を開いた。
「今日はもう遅いから帰りましょう」
確かに空はもう暗くなり始めている。
そういえばお腹が空いたような気もするし今日のところは帰るか。
「わかりました…」
俺と先輩は元来た道を戻り街の方へに向かって歩き出した。
帰る途中、俺は少し気になったことがありポケットに手を入れた。
硬いものの感触が伝わってくる。
俺はそれを手に取って見てみた。
特に変わったところはないよな。
俺の思い違いだったのかもしれないが、さっきガチャを引く時に一瞬このアクセサリーから何かを感じた気がしたのだ。
しかしその後は特に何も起こっていない。
気のせいだったのかな?
もう一度よく見てみたがやはり変わったところは見当たらないのでそっとポケットにしまう。
顔を上げると町の城壁がすご底まで迫っていた。
とりあえず今日は疲れたしゆっくり休むか。
ぶっちゃけ全部先輩に任せきりで俺は何もしてないんだけどね…。
ガチャを引けたんだから良しとしよう!
また明日も頑張るぞ!
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