第4話 最悪のスタートダッシュ

 朦朧もうろうとした意識の中、小鳥のさえずりが聞こえてくるような気がする。

 さらには眩しすぎない程よいくらいの光が目蓋に覆われた俺の目を通して脳を刺激してくる。


 半覚醒状態の俺はぐっすりと眠れたというのもあり、目覚める直前のこの気持ちよさにいつまで包まれていたいと無意識に思ってしまってた。


 しかしそんな幸せな時間を終わらせようとするかのように俺の耳に人の声が入ってきた。


「…て、…ってば」


 誰かが俺を呼んでるのかな。

 でも今は夏休みだし特にやらなきゃいけないことも無かったはず。

 ならもう少し寝ててもいいよな…。


「ねえ! 起きてってば!」

「!?」


 あまりにも大きな声にびっくりした俺は反射的に上半身を起こした。

 寝ぼけ眼を擦りながら辺りを見渡した。


「…どこだここ?」

「もー、寝ぼけてるの? 遅刻するよ?」


 目の前には短めの茶髪のポニーテールにクリっとした目の少女が立っており、俺のことを急かしているようだったが、いまいち状況を把握できていない俺は腕を組みながら何でこんなことになっているのかを思い出してみることにした。


 時間にして10秒ほどだろう。俺は脳の隅々まで思考を巡らせた。 

 そして何となくだが昨日あったことを思い出した。


 自分の部屋でゲームをしていたはずなのに異世界に召喚されてしまったこと。

 召喚された世界はガチャの世界と呼ばれておりガチャによってさまざまな力を手に入れることが出来ること。

 そして俺は英雄であること。


 まるで夢のような出来事で今でも信じがたいがそれが事実であることを今この状況が物語っていた。

 起きてすぐなのに知らない部屋のベッドの上に俺はいて、目の前には家族ではない少女が立っている。

 ここまで状況証拠が揃ってしまっていては認めるしかなかった。


 俺は異世界に来たのだ。


「昨日あのあと寝ちゃったでしょ! 私すぐに戻って来たのに!」


 そういえばそんなこともあった気がする。

 他に衝撃的なことが多すぎて記憶が薄れかけていたが、やっと昨日のことを全て思い出してきた。


 目の前にいる少女はリヴィ。本名はオリヴィア・シュワールトだったはず。

 彼女は俺が編入する予定のクラスの委員長をしているらしい。

 この世界に慣れるまでのあいだ色々と手助けをしてくれる俺にとっては唯一の頼れる人だったりする。今のところは…。


 そんな彼女は昨日も俺をこの部屋まで案内してくれたのだ。

 そして渡したいものがあるからと一旦この部屋から離れたのだがそのあいだに俺は寝てしまったみたいだ。

 何と言ったらいいのか分からないがとりあえず謝っておこう。


「その…、昨日はごめん。ちょっと寝っ転がるつもりが気付いたら寝ちゃってて…」

「まあ昨日は突然色々なことが起こって大変だっただろうし仕方ないよね」


 別に俺のことを責める感じではなく本当に仕方ないと思っている感じの態度だ。

 可愛らしい感じの顔つきに中身も完璧とか反則過ぎでは?と内心思ってしまった。


「はい、これとこれ」


 そう言って彼女はズボンとワイシャツにネクタイ、そして小さなカードを渡してきた。

 衣類は制服なんだろうけどこのカードはいったいなんだ?

 そんな俺の疑問を表情から読み取ったのかカードについての説明をしてくれた。


「そのカードはあなたが英雄であることを証明する身分証のような物よ。それがあれば色々な店とかでサービスを受けることが出来るわ」


 英雄は待遇がいいらしいし、このカードがあれば俺もそれなりの待遇を受けることが出来るのか。

 俺が英雄であることを証明するカード…。

 失くしたら終わりなやつだな。


「それじゃあ私は部屋の前で待ってるから早く制服に着替えちゃって。あとこれ。もう朝ごはん食べてる暇ないだろうからこれなら歩きながらでも食べられるでしょ」


 そう言ってリヴィはパンを鞄から取り出して俺に渡してきた。

 危うく朝ごはんを食いそびれるところだったが、これで何とかなりそうだ。

 天の恵みというやつか。


「ありがとう」

「気にしないで、これくらい」

 

 まさに天使だ。

 つい昨日までは夏休み真っ只中だったこともあり生活サイクルはまだ狂ったままだけど、これからは自分で色々としていかないといけないのか。

 そんな風に考えながら着替えを済ませ、部屋の前で待っていたリヴィに連れられて俺は校舎へと向かった。


 周りには俺たち以外にも同じ制服を着た生徒が何人も歩いていた。

 異世界と言っても登校風景は地球と変わらないんだな。

 なんて考えながらも新鮮なことだらけで辺りをキョロキョロと見渡してみる。

 道は石レンガで塗装されていて端の方には街路樹が植えられていて青々と生い茂っていた。


 昨日も少し気になったのだが校舎とか建物が全体的に洋風の建築なんだな。

 なんかおしゃれな気がして結構好きかもしれない。


 それにしてもさっきからやけに他の生徒から見られている気がする…。

 やっぱり新しい英雄がどんな感じなのか気になるのかな。

 そんな周りの生徒の話声が俺の耳にも入ってくる。


「あれって新しい英雄でしょ? 強いのかな」

「1組に編入らしいよ」

「やっぱりそうだよね」


 もう俺の噂は広まりつつあるらしい。俺がどのクラスに編入するのかバレちゃってるみたいだし。まあ隠すつもりはなかったし別にいいんだけどね。

 それよりもあんまり俺に期待しないでほしい…。

 俺はハズレの英雄だから皆の期待を裏切ることになっちゃうし。

 そんな俺の心情など露知らず、周りの生徒たちは更に俺についてのことを話しているようだった。


「史上最強の英雄だったりして」

「俺ら全員束になっても勝てないかもな」


 やめて! そんなに期待されても困っちゃう!

 ふとリヴィがどんな表情をしているのか気になって顔を向けるとリヴィは苦笑いしながら俺のことを見ていた。


「周りのことは気にしないで。焦らないで頑張っていこ?」


 もう何か周りの評価とかどうでもよくなってきた。

 リヴィさえ俺のことをわかっていてくれればそれでいいや。

 なんて思いながら歩いていると校舎へと到着した。


「まずはこっちね」


 そう言ってリヴィはみんなが向かう方向とは逆の方向へと歩き出した。

 とりあえず着いていくと職員室が見えてきた。

 なるほど。今まで転校とかしたことなかったから編入ってのは初体験だけどいきなり教室に向かうわけないよね。

 まだ学園長としか話したこともないし。


 リヴィは職員室のドアを開き一人の見覚えのある女性の元まで俺を案内してくれた。


「先生、英雄の月城悠翔君を連れてきました」

「うむ。ご苦労」


 この人はたしか昨日、俺を学園長室まで案内してくれた人だ。

 とはいえほとんど何も話してないからどんな人か全く知らないんだけどね。


「こちらはグリーン先生」

「初めまして月城です」

「グリーンだ。お前が編入する2年1組の担当をしている」


 この人が担当なのか。

 なんか話し方から少し怖そうな雰囲気を感じる。


「少しだけ月城に用があるからシュワールトは先に教室に行っててくれ」

「わかりました」


 そう言ってリヴィは職員室を出ていってしまった。

 グリーン先生と2人というのはちょっと気まずい感じもするがこの部屋には他の先生もいることだしあまり気にしすぎも良くないだろう。

 

 グリーン先生はこの学校でのことやこれからのことについて説明を始めた。

 昨日聞いたこともあったが概ね授業についてのことだった。

 説明が終わった後は俺の年齢などの情報を紙に書き確認をするという学務手続きをして終わりだった。


「よし、これで終わりだ。それじゃあ早速教室に行くぞ」

  

 編入までにやらなきゃいけないことが全て終わるとグリーン先生は席を立ち教室へと向かった。

 俺も先生に続いて教室へと向かう。


 グリーン先生の少し後ろを歩きながら先生のことを見ていて思ったがまだそれなりに若そうに見える。

 20代後半といったところだろうか。さすがに何歳ですか?とはまだ聞けないから俺の予想だけどそのくらいに見える。 

 髪型は黒髪で少しウェーブのかかったショートヘアだ。

 眼鏡をかけているため見た目は知的な感じだが話し方はさっぱりした男勝りな感じを受ける。


 教室につくと先生はドアを勢いよく開けて中に入っていった。

 それまでは廊下にも声が聞こえる程にはガヤガヤしていたのだが先生が入ったら一瞬で静かになった。

 怒ると物凄い怖いタイプだったりするのかな。話し方は怒ると怖そうだったが。


「月城、入ってこい」

「はい」


 先生に促されて俺は教室の中に入り教卓の前まで歩いていった。


「軽く自己紹介をしろ」

「はい。月城悠翔です。特技などは特にありませんがこれからよろしくお願いします」


 とりあえず無難な挨拶をしておいた。

 教室の中は階段教室になっており教卓側から見て右側の一番後ろにはリヴィが座っているのを視界に捉えた。

 一瞬俺と目が合ったリヴィは軽く微笑みながら拍手をしてくれた。

 それに続いて他の生徒も拍手をし始めた。


「皆も知っているとは思うが月城は英雄だ。まだこの世界には不慣れだろうから皆でサポートしてやってくれ」


 俺は挨拶がてら色々とお願いしますという意味も込めて一礼した。

 頭を上げて皆を見ると期待に満ちた瞳で俺のことを見ていた。


「とりあえず月城はシュワールトの隣で授業を受けろ」

「はい」


 俺は机と机のあいだの段差をのぼっていきリヴィの隣まで行くと席に着いた。

 正直リヴィの隣というのは安心する。

 この中だと一番知ってる人だしめっちゃ優しいし。


「何かあったら何でも聞いてね」

「うん。よろしく」


 俺の紹介が終わると先生は連絡事項をいくつか話してホームルームは終了した。

 先生が教室から出ていくと何人もの生徒が俺の元に寄ってきた。


「月城君がいた世界はどんなだったの?」

「月城君の趣味は何?」

「もうこの街は見て回った?」


 転入生あるあるだろうがいきなりの質問攻めに少し戸惑ってしまう。

 今までこんな風になってる転入生なら何人か見てきたがまさか自分がこっち側になるなんて思いもしなかった。


「そんなにいっぺんに聞いたら困っちゃうでしょ?」


 困っていた俺にリヴィが救いの手を差し伸べてくれた。 

 その後なんとか皆の質問に答えていると俺が一番恐れていた質問が飛んできた。


「月城君の力てどんななの?」

「あ、それ私も気になるー」

「俺も!」


 ついに聞かれてしまった…。

 やっぱり気になるよね、そこ。

 変に誤魔化してもどうせすぐにバレるだろうしここは正直に話すか。


「実は…」


 ほんの数秒前までは騒がしかった教室が一気に静まり返った。

 俺のところに集まってこなかった生徒たちもいたがやっぱり英雄の力は気になるのだろう。


「俺が持ってるのってただのアクセサリーだけで…、何の力も無いんだよね…」


 俺が自分の力について打ち明けてからほんの少しのあいだ沈黙が続いた。

 そしてやっと脳の処理が追いついたのか次第に皆、反応をし始めた。


「…え?」

「うそ…」


 やっぱりそういう反応になるよね。

 他にも声には出していないものの苦虫をすり潰したような表情をしている生徒やガッカリした様子の生徒もいる。

 ごめんね、ハズレで。


「まあ学園長は力を認めてるみたいだったし、いつかはこの街を救ってくれるすごい英雄になるよ」


 皆の反応を見てリヴィがフォローを入れてくれる。

 それについてはありがたいのだがそんな風に言われてしまうと余計にみじめになってきちゃう。


「そ、そうだね。学園長がこのクラスに入れたんだもんね」

「うん! 将来有望じゃん」


 リヴィに続いて他の生徒もフォローしてくれて入る者の表情はイマイチと言った感じだ。

 無理してるのが分かってしまう分、余計に心が苦しくなってしまう。

 皆優しい心の持ち主なのね。こういうクラスメイトとだと楽しいスクールライフを過ごせそうだなとかちょっぴり想像してしまう。


 しかし全員が全員気を使ってくれるというわけではなかった。


「今年はハズレかよ。まあせいぜい頑張ってくれ。頼りにしてるぜ、英雄様」


 教室の俺がいるのとは反対側の壁側の席に座っている大柄でゴツい感じの男子生徒が声を掛けてきた。

 さすがに馬鹿にされていることくらいは分かるが俺には何の力もないため言い返すことが出来ない。


「ちょっとフィリップ! そういう言い方止めなさいよ!」


 またもやリヴィが俺に救いの手を差し伸べてくれた。ほんと頼りになります!

 しかし当の男子生徒、フィリップ?はそんなリヴィの言うことなど気にする風もなくニヤニヤしながら俺のことを見ていた。

 しかもフィリップには取り巻きがいるみたいで、そばにいる2人の男子生徒も俺のことをバカにするような目で見ていた。

 1人は平均的な体格をしていて顔立ちもいたって普通。ザノーマルと言った感じの見た目だ。

 もう1人はすこしヒョロっとしていて背は高めだ。ぶっちゃけもやしみたいでいかにも腰巾着といった感じだ。


「せっかく1年間溜めた魔力を使ったのに無能力の勇者なんてやってられないぜ」

「なんであんな奴がこのクラスにいるんだよ」

「きっと教室の掃除しに来たんでしょ」


 さすがにキレてもいいかな?

 たしかに期待を裏切ったんだろうけどなんでここまで馬鹿にされなきゃならないんだよ。

 正直怒りが爆発しそうだったが俺よりも先に隣に座っていた少女が爆発した。


「あんたたちいい加減にしなさいよ! 悠翔だっていきなり別の世界に連れてこられて困惑してるんだから! 皆でサポートするようにって言われたばっかでしょ!」


 そう言いながら席を立ちフィリップたち3人の元に向かおうとしたが、さすがにそこまでさせるのも悪いので腕を横に伸ばしリヴィを制した。


「いいんだリヴィ。俺が元居た世界ではああいう奴は実力をつけて見返すものと相場が決まってる」


 まだ何か言いたげな表情をしたリヴィだったが俺がそう言ったので渋々といった感じで自分の席に再び座った。


「おー怖。さすがは鬼の委員長だぜ」


 フィリップはおどけるように肩をすくめた。

 あいつはどこまで人を馬鹿にすれば気が済むんだ? マジで嫌な奴だな。


 ここはガチャの世界だ。ガチャ廃人をなめるなよ。

 ガチャは当たるまで引けば実質確定ガチャだ。

 圧倒的な力を手に入れるまでガチャを引きまくって地に頭付けさせてやる。

 せいぜい首を洗って待ってやがれ。


 俺の中で更に決意が強固となったところで1限目の授業の先生が教室に入ってきた。

 まずは勉強からだ。理論も俺の糧となる。

 勉強は苦手だけどあいつらを見返すためなら頑張れる気がする。


 まずは授業を乗り切って放課後はガチャを回すぞ!


 そしてチャイムは鳴り、授業は開始された。

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