第16話 邪神との最終決戦を制覇せよ!

 邪神との最終戦、その先陣を切ったのは聖剣の勇者であるセイヤだった。


 光の翼を広げ、一瞬で邪神との距離を詰めると、真の力を解放した聖剣で一気に斬りかかる。


「おらぁ!」

「ちっ!」


 対する邪神はかつて魔王クロノが愛剣として使用していた黒の剣でその一撃を防ぐ。が、その表情は憎々しげで、余裕のあるようなものではない。セイヤから次々と放たれる斬撃を防ぐことで精いっぱいのようにも見える。


 ――先日戦った時は勇者など敵ではなかった。だというのに、なぜ今はこんなに押されている?


「どうした邪神! ずいぶんと剣が軽くなったもんだなぁ!」

「だ、だまれぇ! 下等な人間無勢がぁ!」


 邪神が黒の剣に魔力を注ぐ。世界すら切り裂きかねないほど凶悪な闇が剣に纏わりつき、セイヤの聖剣を押し返し始める。


「どうだ! これが神の力よ!」

「は、そんな力押しが効くかよ!」


 邪神の剣を防ぎ、受け流し、そして的確にその急所を狙って反撃する。


 元々持った身体能力によるものか、それとも邪神としての力か、セイヤの放つ一撃はことごとく防がれるものの、その回避動作は隙も大きい。


「……やっぱりな! テメェ、あの時とは全然違うぜ!」

「何!?」

「ありゃ魔王クロノの技だった。魔王クロノの剣術に、圧倒的な魔力と身体能力が合わさって増えてすっげぇ強さだった。だけど今はちげぇ! 使えもしねぇ剣術に振り回されてる、身体能力が凄いだけの素人だ!」

「くっ! 黙れ!」


 あの瞬間、まだクロノの記憶がかなり残っていたのだろう。だからこそセイヤすら圧倒するだけの剣術となり、手も足も出なかった。しかし今、邪神の剣術はこれまで戦い続けてきたセイヤからすれば拙いものだ。


 魔王クロノとは、技術が違う、戦いの経験が違う、何より戦う上での覚悟が違う!


「今のてめぇには、負ける気がしねぇなぁぁぁ!」

「ぐ、ぐううう!」


 セイヤの一撃が黒の剣の防御を超え、邪神を討つ。とはいえ、纏わりついている魔力の防御壁を超える事は出来ず、ただただ距離を離しただけに終わるが、ダメージはあるらしく苦悶の声が暗い魔界の大地に響き渡る。


「おのれぇ……おのれぇぇぇぇ!」

「はっ、ずいぶんと辛そうではないか邪神よ! だが、そんな風に勇者だけを見ていて、私を忘れていないか?」

「なんだと?」


 空を覆う無数の炎龍。それを操るのは黄金の女神。それはまるで神話の奇跡のように幻想的な光景を生み出している。


「そら、踊れ炎龍。魔界の大地を紅く染め上げろ!」


 それらが一斉に邪神へ目がけて巨大な口を開けて襲い掛かる。


 しかし邪神はそれを見て鼻で笑う。邪神には、これらの魔術が己に通用しない自信があった。

 

「下らん。我は邪神。聖剣の力か、我が恩恵を受けた物以外の攻撃で傷など付けられるはずが――」

「甘いな」

「何?」

「確かに私はもう貴様の加護を受けていない……だがなぁ……」


 ニヤリと、ミストは決して正義の味方がしてはいけない笑みを浮かべて邪神を失笑する。


「我が眷属は依然として、貴様の加護を受けた『暗黒神官』達だぞ?」

「はっ! しま――」

「もう遅い! 食らい尽くせ! 炎龍ヴルガ!」


 ミストの放つ炎龍が次々と邪神を襲う。普通の人間の魔術では傷一つ与えられないはずの邪神の体を焼き尽くさんと、極炎が大地を覆った。


「ぐ、ぐぅぅぅぅぅあぁぁぁ!」

「ははははは! いーい叫びだ! なんだ邪神と言っても痛覚はあるのか! それは知らなかったなぁ!」

「うぇ……エグ……っていうか煽り方、完全に悪側じゃねえか」


 燃え盛る大地に埋もれる邪神を見ながら、ミストは笑いセイヤはその残虐性にドン引きしている。とはいえ、その戦闘態勢は解かず、二人とも鋭い視線で邪神を睨んでいた。


 実際、炎の中から感じる邪神の魔力は衰えている様子はない。ダメージこそ受けているものの、どうやら邪神を本格的に倒すにはミストでは根本的な何かが足りないらしい。


「ふん、以前トールが調べたことは正しかったという事か」

「ん? 何か知ってるのか?」

「ああ、邪神は本来聖剣以外では滅ぼすことが出来ん。眷属の力を使っているからダメージこそ与えられるが、根本的な霊基ともいうべき核は無傷のままだ」


 かつてトールが邪神について調べたとき、そのような供述があったとミストも聞いていた。とはいえ、邪神についてはほとんど情報がなかったため、真偽に関してはあいまいで確証はなかったのだが、現状を見る限り間違いなかったらしい。


「ふん、仕方がない。業腹だが、私がやつを抑える。止めは貴様に譲ってやろう」

「……まじか?」

「なんだその顔は」

「いや、昔のアンタだったら、絶対に止めを譲るなんて考えられそうになかったから……正直ちょっと驚いた」

「……そうだな、私も少し変わったのかもな」


 そう言いながら、ミストは解け切った氷の城を見る。その愛おしい者を見る視線だけで、彼女が今誰を想像したのか理解したセイヤは、少しだけその気持ちを理解した。


「愛は偉大……ってか」

「なんだそのむかつく顔は。貴様から潰してやろうか?」

「悪い悪い! ただ、今ならアンタの気持ちもわかるなって、そう思っただけだ」


 セイヤはこれまで幼馴染以外に守りたいと思っていなかった。地上で人助けの旅をしていた時も、ただ漠然と己の力を使うことだけを考えていたくらいだ。しかし今、魔界にやってきてからは違う。


 守りたいと思う人が出来た。守りたいと思う場所が出来た。


 それが、今まで以上の力となっているのが実感できる。


「まあいい。それで、止めは任せられるな?」

「おう! 俺としても、やつには腕を斬られた恨みと、イリーナを連れてかれた恨みがあるからな! 任せとけ!」


 そして、二人同時に炎の中から出てくる邪神を睨む。


 美しかった銀髪はところどころ焦げて短くなっており、闇を象徴する片翼の翼もだいぶ美しさを失っている。その表情は怒りに満ち、美丈夫が台無しだった。


「ふぅー! ふぅー! き、貴様らぁ……よくもやってくれたなぁ!」

「はははははっ! 良いぃ姿じゃないか! 貴様の性根がよく現されてて前よりもずっと似合って格好いいぞ!」

「殺す! 殺す! 殺してやるぞミスト・フローディア!」

「語彙が少ないなぁ! もっと人の世を知った方がいいんじゃないか!? だからそんなに惰弱な精神になるのだよ!」


 邪神を煽り続けるミストは、もちろん考えなしに言っているわけではない。邪神の意識を己に集中させ、セイヤに止めを刺させる段取りを作っているのだ。


 そしてその思惑は成功する。感情的にさせる、という一点に関しては。


「うがぁぁぁぁ! 許さん、許さんからなぁぁぁぁ!」


 怒りに自我を支配された邪神は、その膨大な魔力を身に宿し、その姿を変え始める。その闇はどんどん巨大になり、クロノの体の全てを覆ってなお止まらない。まるで世界中の闇を全て集めているかのような魔力の暴走は、背後にある城を軽く超えるまで続いてなお止まらない。


「……でかいな」

「つーか、デカ過ぎだろ」


 ミストとセイヤ、二人揃ってそのあまりの大きさに思わず唖然とする。もはや邪神が意思を持っていないのは明らかだ。


「何? 俺があれに止め刺すわけ?」

「……貴様、出来るといっただろう」

「いや、それ言ったらお前、抑えるって言ったけど、あれの足止め出来るか?」

「……ふん」


 躊躇いがちに尋ねるセイヤに、流石のミストも歯切れの悪い返事となる。なにせ邪神はまだまだ大きくなっているのだ。このままではたった一歩踏み出すだけで大量の死者が出かねない。


「どうせやる事は変わらん」

「ま、そうだな。やるしかねえか」


 二人揃って己の全力を持って立ち向かおうとした瞬間――


「おいおいおい、何がどうなったらこんな事になるんだよ」


 二人の背後から一人の男の声が聞こえてきた。

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