幕間 幸せな生活を謳歌せよ!
第1話 ラスボス系王女達を幸せにせよ!
「ぱぱ、あそんでー!」
そう笑顔で近づいて来る3歳になったばかりの小さな少女を、トールは脇に手を入れて持ち上げる。それだけでキャッキャと笑う愛娘に頬を緩ませてしまうのは、父親なら当然だろう。
金色の髪に黄金の瞳。まるでミストをそのまま小さくしたような少女は、しかし母には似ず愛嬌たっぷりの愛らしい少女に育っていた。
「ちちよ。われもだっこをしょもうする!」
そしてもう一人、トール譲りの黒髪黒目の幼い少年は、舌足らずながらも尊大な物言いで、両手を上げながらトールに迫る。将来は凛々しい男になるだろう美しい顔立ちだが、おねだりはとても可愛いものだ。
「よーし、ヤマトもカグヤも纏めて来い!」
トールは娘を片腕で持ちかえると、反対の手で息子を抱き上げる。
「おぉ!」
「ぱぱすごい!」
小さな二人を持ち上げただけだというのに、両腕に抱えられた二人は尊敬の眼差しで見つめて来る。そんな瞳で見られると、もっと喜ばせたくなる。
二人を抱えたままぐるぐる回ったり、ジャンプしたり、その度に良いリアクションをしてくれてる双子が可愛くて仕方がなかった。
右手に抱えるのは、カグヤ・シノミヤ・フローディア。
左手に抱えるのは、ヤマト・シノミヤ・フローディア。
共に最愛の少女ミストとの間に儲けられた最愛の子供達である。
「まったく……頬が落ちるほどにデレデレしおって。旦那様はこやつらに甘すぎだぞ」
トールが振り向くと、まだ生後一歳に満たない赤ん坊を抱っこしたミストが部屋に入ってきた。彼女は呆れたような言い方だが、その瞳は愛しい者を見つめる優しいものだ。
「ママ!」
「はは!」
「うおっ! お前ら危ないって!」
ミストを見つけた瞬間、双子は同時にトールから降りようと動き出す。どうやら遊んで来る父親よりも、普段から守ってくれる母親の方が優先順位は高いらしい。
すでに身体強化を使いこなしている二人は三歳にして並の騎士よりも運動能力が高いため、急に動くとトールでも支えるのに苦労するのだ。
トールは暴れる二人が落ちないように支えながら、ゆっくりと地面へ下ろしてやった。同時に駆け出す二人はミストの前で止まると、眠っている妹の愛らしい寝顔を覗き込んだ。
「みことねてるね」
「うむ。ういねがおである」
「二人共あんまり騒ぐなよ。ミコトが起きたら大変だからな」
ミストの言葉に二人揃って口に手を当てて頷きあう。
そんな二人の後ろからトールは三人目の娘を見下ろした。
ミコト・シノミヤ・フローディア。
トールと同じ黒髪だが、今は閉じられているその瞳はミストと同じ黄金。そして生まれ持った魔力は、すでにトールさえ上回る。
「寝ている姿は天使なんだがなぁ」
「くくく、そうだな。ついさっきもお腹が空いたのか、泣きながら城下町目掛けて隕石を落としてきたぞ。まあ我が臣下達が粉々に叩き潰していたがな」
「わ、笑いごとじゃないんだが」
「なに、いつもの事だ」
お腹が空く度に街一つを破壊しようとする愛娘。とはいえ、可愛いので許す。もっと言うと、文句がある奴は処す。そんな事を思っていると、ミストは小さな二人の頭を順番に撫でる。
「それに、すでに力を制御し始めたカグヤやヤマトの教育の方が大変だと、よく言われているぞ」
「ちがうよ! かぐやはいわれたとおりやってるだけだもん!」
「われもだ!」
必死に己の正当性を訴える二人だが、ミストもトールも知っていた。
「城壁を吹き飛ばしたのは?」
「かぐやだよ?」
「地面を切り裂いて地割れにしたのは?」
「われだが?」
悪気ない二人の態度に思わず苦笑してしまう。もはやトールをして規格外と言わざる得ない力に、暗黒教団の面々は振り回されっぱなしだという。
ミストは再び眠っているミコトを見下ろした。
「ま、こやつらがどんなに風に成長するか知らんが、この私とお前の子供達なのだ。大物になるだろうな」
「それだけは間違いない」
かつてのミストでは絶対に見せなかった優しい眼差し。
トールは改めてミストを見る。子を産み、身体つきも成長し、昔とは違った色気があった。顔つきは母のものへと変わり、胸は以前よりも母性を含む。腰から下半身にかけては柔らかさが増しているようだ。
彼女をそうしたのが自分だというのが、何よりも誇らしい。夜同じベットで眠る時、柔かい匂いも堪らなく、毎晩のように求めてしまうのも仕方がない事だろう。
何より、最初は強気に挑発してくる彼女が、だんだんと声を荒げながら何度も名前を呼んで求めてくるという、あまりに可愛らしい仕草に男として耐え切れず――
「おい旦那様。子供の前で何を考えている」
「何も考えてないです」
「目がやらしい。ふふ、そんな目をする男とは夜一緒に寝られんな」
挑発するように鼻で笑うミストだが、トールも昔とは違う。ただ従順なだけのではなくなったのだ。
「そんな事を言いつつ最期はいつも――」
「よしカグヤ、ヤマト。今日はミコトと四人だけで寝るぞ」
「え……?」
「いいの!?」
「ははとしゅうしんをともにできるのか!?」
「うむ。もちろん、旦那様は無しだ。今日は母が特別に、我が武勇伝を聞かせてやろう!」
「「やったー」」
普段一緒に寝られない二人はミストと一緒と言う事で、大はしゃぎである。そのはしゃぎっぷりは父であるトールの存在を完全に忘れ去ってしまうほど。
「あ、あの……カグヤー、ヤマトー?」
子供と一緒に寝る。そんな一大イベントに置いていかれるわけにはいかない。だが父として、そう簡単に謝るなど弱い姿は見せられない。
――絶対ベットで泣かしてやる
そんな言葉をぼそっと呟くと、ミストが挑発的な笑みを浮かべてトールを見下した。
「おいトール」
その口調は昔、まだ二人が主従関係だった時のような声色だ。思わず背筋が伸び、顔を上げてしまう。
「貴様、まさか私の弱みを握っているつもりじゃないだろうな? んん?」
結婚して三年。すでに夫として対等の立場にいたが、それでも長年染みついた従者としての本能は中々消えはしない。今のミストとトールの立場は、完全に主従関係のそれである。
「ごめんなさいミスト様許して!」
さっと土下座を決意。ミストはそんなトールを見て愉快そうに笑う。
「ははは! 無様な姿で滑稽だな! 久しぶりにお前のそんな姿が見られて私は嬉しいぞ!」
「じゃ、じゃあ許してくれ――」
「ハッ、断る! さあアホなトールは放っておいて、行くぞ二人共。今日はそうだな、南の傭兵国家が魔界大帝を呼び出した事で世界が滅びかけた時の話をしてやろう」
「わぁぁぁ!」
「まかいたいてい……なんとかっこいいひびきだ……ぜひそのはなしを!」
この二人と、もう一人生まれた娘、そしてミストの為なら、トールは邪神が万単位で襲い掛かっても叩き潰して見せる。
そんな決意をする三児のパパ神官であるトールだが、家庭内ヒエラルキーはまだまだ下のようだった。
そんなトールをひたすら笑い続けたミストだが、扉から出る前に一度だけ振り返る。
「おいトール……一つだけ、約束出来るなら来てもいいぞ」
「します!」
「まったく、まだ何も言ってないのに貴様ときたら……まあいい」
ミストは抱き抱えたミコトと、足にくっつく二人の子供達を見ながら呟いた。
――私達を、一生幸せにしてくれるか? 旦那様?
そう挑発的に笑うミストと、それを真似して笑う子供二人、そしてスヤスヤと眠っている娘に向けて、大声で答える。
「当たり前だ! お前ら全員、俺が死ぬまで幸せにしてやるからな!」
それを聞いたミストは穏やかに笑うが――
「ふ、ふぎゃ、ふぎゃぁぁぁっ!」
「「「あっ」」」
トールの大声に驚いたミコトが泣きながら起きてしまい、邪神を超える魔力が天空へと向かう。と同時に鳴り響く轟雷の音。
「おおミコト、そうかそうか驚いたのか。そうだな、悪いパパだな。よし、それじゃあ責任を取って、旦那様には一人で対処してもらおうか」
「え……マジで?」
「ああ、マジだ。もちろん、ちゃんと片付くまで一緒に寝るのは無しだからな」
ミストは神々でさえも見惚れてしまうであろう美しい笑顔でそう答える。
トールはそんなミストから視線を逸らし、窓の外を見る。落雷と巨大な炎龍が空を覆い、その上空からは巨大な魔力反応を感じ取った。そしてゆっくりと堕ちて来る隕石。
トールはそれを見ながら、窓を開けて外に飛び出した。
「がんばれぱぱー」
「うむ、ちちのかつやく、このめにやきつけようではないか」
「では旦那様。ベットで待ってるからな」
家族のためなら何でも出来る。世界最強のパパ神官は今日も家族を幸せにするため、戦うのであった。
「ちっくしょー! やってやらー! 愛しい娘の愛情表現だと思えばなんでもこいやー」
そう、ラスボス系王女達を幸せにするために。
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