第7話 頂上決戦を制覇せよ! 中編
その存在は超常の二人をしても無視できないものだった。
肩に担ぐ聖剣に、魔王クロノやミストとは対を成す強大な光の魔力。魔王を殺すべき異世界より舞い降りた刺客。
ゆっくりと歩きながらやってきたその男は、不敵な笑みを浮かべて堂々と二人の間に立つ。そして睨みつけるは世界を闇に覆う者、魔王クロノ。
「よお魔王、殺しに来たぜ」
「勇者か……なるほど、このタイミングで、か。やはり神は余を嫌いらしい」
片翼の魔王は黒の剣を握り、溜息を吐く。予期せぬ乱入者は魔王の意に沿わぬ者だから当然だろう。しかしその乱入者を望まぬ者は、魔王だけではなかった。
「失せろ勇者。今この場において貴様の出番はない」
「っと、お前が答えんのかよ」
勇者の背後から不遜な答えが飛んでくる。勇者が振り向くと、美しい黄金の少女が不機嫌を通り越し、敵意すら向けているのだ。それも、濃厚な殺気を交えて。魔王に攻撃を仕掛けたら、背後から撃ち殺されそうな勢いだ。
「おいおい、一応俺は仲間なつもりなんだが……」
「仲間? おいおい勇者ともあろうものが随分と腑抜けた事を言うではないか! この私に仲間など不要。ましてや勇者、貴様はいずれ潰してやろうと思っていたターゲットの一人だぞ? それを仲間などと、くくく、腹が捩れらせて笑い殺す気か貴様?」
「え、なに俺潰される予定だったの? マジでコイツ怖いんですけど。笑いながらスッゲェ濃厚な殺気ぶつけてくるんですけど!?」
ミストは馬鹿にしたように笑いながら、その瞳は一切笑っていない。ただ見極めようと、黄金の瞳をじっと黒髪の勇者へと向ける。
そして勇者セイヤ。彼の瞳もまた、言葉とは裏腹に一切の笑いが含まれていなかった。
「つーかよ、アンタさっき負けそうだったじゃん」
「……何?」
その一言はミストにとって聞き逃せないものだ。視線を強くし、勇者を睨みつける。だがそんな人を殺せそうな視線も何のその、飄々とした様子でミストを見つめ返す。
「外から見てたけど、明らかに押されてただろ? あのままだったら負けてたぜ」
「ほう、どうやらその黒い眼は飾りらしいな。誰が負けそうだと?」
ミストはこめかみをピクピクとさせ、怒りを抑えるかのように頬をひきつらせる。が、明らかに抑えきれていない。そんなミスト相手にセイヤはふっ、と鼻で笑いながら腕を組む。
「プライドが高いのは結構だけどよ、これでも勇者だ。戦いを見る目に関しては自信があるって。んで、確かにアンタは化物並に強いけど、どうやらあっちの方が化物っぷりは上らしい。ここままだったら、アンタ負けるぜ?」
「ふん、私はまだ本気を出していないだけだ。我が力の深淵はこの程度ではないぞ? それで自信があるとは、片腹痛いわ」
「アンタがそう言うならそうかもしれないけどさ、その力の深淵とやら、使えんの?」
「っ!」
勇者の指摘にミストの言葉が詰まる。ミスト自身わかっていたからだ。その身に宿る力は決して、安易に使っていいものではない事を。そして、その力を使わなければ魔王クロノを相手にするのは非常に困難だと言う事を。
とはいえ、それと勇者の力を借りることは別問題だ。何せ勇者の力を借りなければいけないと言う事は、自力で魔王を倒せないと言っているようなものなのだから。
それは己自身のプライドも、そして己に付いて来ている部下達の信頼をも失いかねない事実であった。そんなミストの葛藤を見抜いたように、セイヤは言葉を畳みかける。
「使えないんだろ? 分かるぜ、その力、まかり間違っても個人が持ってていい代物じゃない。そんなものに頼るくらいなら、素直に俺を頼ろうぜ」
この勇者の力を借りれば魔王を倒す勝率は格段に上がる事は理解していた。プライドも部下の信頼も、負けてしまえば元も子もない。
百人いれば百人が、千人いれば千人が勇者の力を借りるべきだと誰もが言うだろう。当然だ。死んで残るものなど、何一つないのだから。
故にセイヤは正論をもって問いかける。一人では無理でも、二人なら勝機がある事を伝え、共闘へと持って行こうとする。
「……黙れ」
「は? いやだから――」
「黙れと言ったのが聞こえなかったか下郎!」
だがしかし、ミスト・フローディアは凡百のそれとは違う! 彼女は己を至高の存在と位置づけ、その身は神すら超える存在であると確信している! 故に仮に千人だろうが万人だろうが選ぶ選択肢であろうと、己の意思を捻じ曲げるような選択は有り得ない!
「良いかよく聞け矮小なる勇者よ! 所詮貴様は凡愚! 故にその程度の思考しか持ち合わせられんのだ! 私は誰だ!? お前達、この私は誰だ!?」
「「「ミスト・フローディア! 至高にして最強の魔術師、ミスト・フローディア!」」」
「っ!?」
瞬間、千人の神官達が狂信者の如く一斉にミストの名を上げる。その声で大地がうねり、あまりの魔力の高まりに周囲の空間が歪む。その圧力は、勇者をして圧倒されるものだ。
「そうだ私だ! 私なのだ! この世界の支配者は! 最強は! この私、ミスト・フローディアなのだ! その私が負ける? あり得ない幻想を抱くのは結構だが、勇者よ……貴様の言葉は神である私に対する冒涜である! 不遜である! だが私は寛大だ。ゆえに、一度だけ許しを得るチャンスをやろう」
そのあまりの傲慢さにセイヤは頬を引き攣らせた。まさかここまで話が通じないとは思わなかったのだ。セイヤにとって魔王を倒すこと以外に意味はない。しかし魔王の力は想定以上のもので、セイヤとて一人で勝てる自信はなかった。
故に共闘。この王女だって一人では恐らく勝てないが、自分と二人なら勝てることくらい理解している筈だ。それこそが最善策であると、そう思っていた。
「今この瞬間、この場から消えよ。それを持って赦しとしよう」
だが現実として王女ミストに共闘の意志はない。それどころか、もはや完全に敵認定されてしまった。こうなればセイヤがこの場から生き残る確率はグッと下がる。一度撤退すら考えなければならない事態だ。
だが――
「だからって……はいそうですかって訳にいかねえだろ」
勇者が帰還する条件は『魔王を殺す』事。『魔王が死ぬ』事ではないのだ。旅の途中で集めた情報では、勇者の召喚に使われた魔術は、細かい契約に基づいているらしい。
すなわち、ここで仮にミストが魔王を殺す、もしくは魔王がその力を使い切って死んでしまえば、セイヤ達は戻る手段を失うことになる。もちろん可能性の話だが、そんな僅かな可能性すら、セイヤにとっては死活問題なのだ。
「おい王女さんよ。アンタに退く気がないことはよぉくわかった。わかったが、俺も退けねぇんだわ。つーわけで、悪いけどアンタの赦しはいらねぇ」
「……ほう、そうか。ならばもはや遠慮はいらんな。魔王共々、貴様も潰してやろう」
「やれるもんならやってみやがれクソ王女」
先ほどの戦いを見れば、ミストの力は凄まじいが何とかなるレベルだ。問題なのは、これが一対一ではなく、彼女の動向を気にしながら魔王と対峙しなければならない事。
だがそれは魔王も同様だ。一人なら魔王がこの場では最強かもしれないが、各々が隙を伺う以上、このレベル帯であれば純粋な実力差などあてにならない。
セイヤの見積もりでは、実力は魔王を筆頭に、自分、そしてミストの順となる。ミストとて優先順位は自分よりも魔王だろう。そして自分の目標は魔王一本である。とすれば、やはりこの場で一番不利なのは魔王に他ならない。
この状況なら殺れる! セイヤは冷静に分析し、そう確信した。
とすれば、流石に王女を背に戦うわけにはいかない。セイヤは魔王と王女、二人の攻撃に対応出来る位置へとさり気なく体を動かす。
「なんだ、結局手を組まないのか? 余は構わんよ。二人同時に相手をしてもな」
それまで静観を決め込んでいた魔王クロノが、堂々たる姿でそう言い放つ。
「くくく、そんな無意味な事はしないさ。魔王、貴様も勇者も私直々に叩き潰してやる」
「ふっ、今の貴様では不可能だ」
二人の間で火花が飛び散る。一触即発とは正にこのことだろう。とはいえ、お互い迂闊には動けない。何故なら、彼等の他に実力が拮抗した者がもう一人いるからだ。
迂闊に動いて隙を見せれば、その瞬間セイヤは動く。世界最強の聖剣を持って、魔王だろうが邪神であろうが、間違いなく切り裂くだろう。
故に動けない。それぞれがそれぞれの思惑を持って、動く隙を伺っていた。
「……はあ、まったくミスト様はこれだから」
三人が動けないそんな時、緊迫状態の三人とは違う、別の人間の声が大地に響く。
「トール……お前、腕は……」
「この通り、ちゃんと元通りになりましたよ。そこの勇者様が時間稼ぎをしてくれたんでね」
トールは魔王によって切り裂かれた腕を軽く振り、ミストへと大丈夫アピールをする。
「しかし流石ですねミスト様。普通なら勇者の提案、受けますよ?」
「ふん、本当にそう思っていたのか?」
「まさか、ミスト様があんな提案受け入れるなんて、欠片も思ってませんでしたよ。まあでも、珍しく苦戦してるのは確かだったんで、肉壁くらいになってくれれば御の字かな、とは思ってましたけど」
そうやって穏やかにミストに笑いかける男を見たセイヤはゾッとした。腕を失っていた先ほどと違い、万全の状況の男の実力は底が見えなかったからだ。
あれはヘタをしたら魔王よりも……セイヤがそう思った時、先ほどまであれほどの邪気を放っていたミストが、まるで拗ねた子供のように頬を膨らましている姿を目にする。
「苦戦などしていない」
「そうですね。ミスト様は最強だから苦戦なんてしませんよね」
「当然だ」
「当然ですね。ですけど、せっかくの最終決戦です。どうか俺の力も使ってください」
そういうトールの言葉を聞いたミストは、その視線から目を逸らすように首を反対へ向ける。
「いらん。私一人の力で十分だ」
「そう言わないでくださいよ。せっかくここまで来たんです。ほら、俺に欲しいものがないかって聞いて来たでしょ? なら俺は、この最終決戦でミスト様の力になりたいんです。それをこれまでの褒美にしてくださいよ」
ニコニコと頼み込むトールに、ミストは少し困った顔をしながら、悩む。悩み、そして決意する。
「ちっ、いいか、何度も言うが、本来なら私一人の力でも十分だ。だが、他ならぬお前がそこまで言うなら……いいだろう。寄越せ」
「はい。ありがとうございます」
そう言うと、男は全身から信じられないほどの魔力を生み出し、その全てをミストへと捧げる。その姿はまるで神に己を捧げる聖職者のように尊く、神々しい光景だった。
そして魔力の譲渡が終了した瞬間、ミストの気配が先ほどまでとは比べ物にならないほど大きくなる。
「くくく……ハーハッハッハ!」
「うっ!」
「ぬぅ……」
ミストが笑う。それだけで世界が震撼する。その圧力は、魔王や勇者をして圧倒されかねない力を秘めていた。
「この力! この万能感! 流石は我が忠実なるトールだ! 素晴らしい! 素晴らしいぞ! この絶対の力をなんと表現しよう!? ははは、まあ名前などどうでもいいか。大切なのはただ一つ、我が力こそ絶対であるということだけだ!」
そうして腕を天へと伸ばす。瞬間、千を超える雷が大地を穿ちなお鳴り響く。そうして三つ巴の状況を最初に打破したのは、邪神に魅入られた王女ミスト。
「さて魔王、そして勇者よ。始めようか。世界の命運を決める、最期の戦いをなぁ!」
――世界の支配者となるために。
――平穏なる日常を取り戻すために。
――種の繁栄を永劫のものへとするために。
邪神の王女と、異世界の勇者と、魔界の王はそれぞれの思いを胸に最後の戦いに挑むのであった。
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