協同作戦 01
宇宙暦1799年5月25日―
ロイク艦隊の追撃を振り切った時、プリャエフ艦隊は1300隻となっており、レズェエフに預けた艦隊の残存数と合わせると約2000隻で、そのうち無傷なのは1000隻ほどであった。
艦隊は損傷した艦を修理しながら、惑星シュツットガルトまで退却を行うことになり、その被害から兵士達の意気阻喪する者が大多数である。
その頃、ロイク艦隊は追撃を中止して、ヨハンセン艦隊と合流していた。
「総司令官、補給の問題から、追撃を断念するしかありませんでした」
「いや、アングレーム中将。貴官の艦隊に敵の誘引を頼んだ時から、補給物資が足りなくなるのは解っていたことだ。だから、謝罪する必要はない。追撃ご苦労さま、しばらくゆっくり休んで欲しい」
「はっ」
ロイクは追撃を中止した事を謝罪するが、ヨハンセンは今回の作戦で彼の艦隊に負担を掛けていたのを自覚しているために、非難ではなくむしろ労いの言葉をかける。
「今回の作戦は、上手くいきましたわね。我が軍の完勝と言ってもよろしいのではなくて?」
ロイクとの通信を終えたヨハンセンの後ろから、シャーリィが優雅に紅茶をいれながら話しかけた。
そして、彼女のいれた紅茶の入ったカップをクリスが、トレーに乗せてヨハンセンの元に運んでくると彼は「ありがとう」とお礼を言いながら、カップを手に持つと一口だけ口に含んで、シャーリィにこう答える。
「今回は運が良かった。敵が私とアングレーム中将の想定の範囲内で、行動してくれたからね」
ヨハンセンはそう答えると、またカップに口をつけ紅茶を飲み始めた。
(これで、オソロシーヤの後続艦隊が撤退してくれればいいが…)
モニターに映し出された星々を見ながらそう願いつつ、そうならなかった場合の作戦を思考し始める。
ガリアルム艦隊の被害は、戦闘に参加した8000隻の内、撃沈13隻、大破26隻、中破168隻、小破491隻、旗艦ヴァンガード小破
オソロシーヤ艦隊の被害は、戦闘に参加した10000隻の内、撃沈8007隻、中破305、小破688隻。
こうして、ベシンゲンの戦いはガリアルム艦隊の完勝に終わった。
戦果にこれほどの差がでたのは、艦艇の性能など色々と要因はあるが、一番は司令官の差で
あろう。
ヨハンセンとロイクという二人の名将が、上手く噛み合い結果を出した事が大きい。
歴史に”IF”はないが、この二人のうちのどちらか1人がマレンの戦いに参加していれば、あのような辛勝にならなかったかもしれない―
後世の歴史家はこのように評する。
宇宙暦1799年5月27日―
ヨハンセンが待ちに待った本国からの暗号通信は、彼の期待を裏切るものであった。
「”アルセニー・コルスノフ大将率いる12000隻の後続艦隊が進軍を継続中”とのことです」
その内容は彼の率いるガリアルム艦隊が、いつまでも勝利の余韻に浸っている時間が無くなった事を意味している。
「フローリ大尉。至急アングレーム中将とバスティーヌ少将に、この艦に来るように連絡を」
クリスから通信文の内容を聞いたヨハンセンは、彼女にそう指示を出すと腕を組んだまま大きくため息をつく。
彼がため息をついたその理由は、後続艦隊12000隻に対して、ガリアルム艦隊は先の会戦での損傷した艦の修理が間に合うのを見込んでも7700隻であり、数の上では明らかに不利である。
それに、この辺りの狭い地形を利用しようにも、敵もそれは解っているために警戒して、狭い航路は慎重に侵入すると考えられ、そうなれば誘引作戦となるがこれは先の戦いで実行しているので、普通の司令官なら誘いに乗ってこないであろう。
「以上の理由から、広い宙域での正面決戦しかない… が、勝てる見込みは低い…」
作戦会議にて、ヨハンセンは自分の分析を述べる。
「それでは、本国に援軍を要請してはどうでしょうか? 本国守備艦隊2000隻が加われば9700隻。約2000隻の差なら、正面決戦をしても勝利は望めます」
ウィルが総司令官の考えを聞いてから、このように進言するとそれに対してロイクがこう意見した。
「本国の守備艦隊は2000隻の殆どが旧型であり、乗員も新兵ばかりの見掛け倒しだ。戦力としては期待できない」
自分の意見を否定されたウィルは、そのロイクに代案を求める。
「では、中将はどのようにお考えですか?」
「撤退するしか無いだろう」
ロイクは軍人らしからぬ<撤退>という言葉を、何の躊躇も臆面もなく口にした。
その言葉を聞いたヨハンセンは黙っていたが、ウィルとゲンズブールは反応して、意見したのはウィルで当然非難する。
「中将は戦わずに、逃げるとおっしゃるのですか!?」
「数で不利な上に有効な戦術が無い以上、戦わずに撤退するのが得策だ。味方の被害を考えないというなら話は別だがな」
味方の被害と言われてしまえば、ウィルは黙って引き下がるしかない。
「それに同じ数的不利で戦うにしても、地の利のある自国領で戦うほうが、まだ策の立てようはある。それでも、被害は無視できないだろうが…」
最後にロイクがそう付け加えると、それまで黙っていたヨハンセンが自分の考えを話し始める。
「私の考えもアングレーム中将の意見と同じで、現在の戦力でどうしても戦うなら、敵を地の利のある自国領に引きずり込むのがベストだと思っている。だが、今回もう一つだけ、手が無いわけではない」
「それは、一体何ですか?」
ゲンズブールが“もう一つの手”というのが、何なのか尋ねるとヨハンセンは話を続けた。
「それは、ドナウリア領ネイデルラント攻略で、今オースト=フラーンデレン星系惑星ニノーベ宙域にいるエゲレスティア艦隊に援軍を要請することだ」
「なるほど… ネイデルラントのエゲレスティアに…」
ロイクは今の説明でヨハンセンの作戦内容を看破したのか、顎に手をあて“うんうん”と一人頷いている。
自分の上官がヨハンセンの作戦を<看破したフリ>をして、格好をつけているだけでない事を心の中で祈るゲンズブールであった。
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