マレンの戦い 01


 宇宙暦1799年6月11日―


 フランの予測通り、メーラー元帥率いるドナウリア軍北ロマリア侵攻艦隊は、ロンバディア星系惑星ミナノに到着して、1日掛けて宙域と惑星の重要施設を制圧した後に、更に西進してピエノンテ星系にあるピエノンテ公国の首都星惑星トリーノ制圧を目指す。


 その4日後の16日に、シンプロン航路を通過したガリアルム艦隊がミナノに到着する。


 時間はかかったが、一隻の落伍艦を出さずに難航路であるシンプロン航路を通過できたのは、日頃の訓練による成果と優秀な指揮官達の手腕によるものであった。


「先行する偵察艦より通信。惑星ミナノの宙域に、敵艦隊1000隻を確認」


 ガリアルム艦隊の先頭を行くリュス艦隊に、偵察艦から敵のミナノ護衛艦隊発見の報告がもたらされ、その情報は直ぐに後続の艦隊に伝えられていく。


「全艦戦闘態勢を取れ」


 リュスの艦隊内には、彼女の命令とともに緊張も伝わっていく。


「我が艦隊は当宙域を放棄して、南西に進み味方艦隊と合流する」


 駐留艦隊の司令官は、同じく偵察艦からの報告を受けて、圧倒的な敵艦隊の数に宙域放棄を即断するが、その決断に部下はこのような伺いを立てる。


「惑星の施設を占拠している地上部隊は、いかがなさいますか?」


「もう、間に合わん。置いていくしかないであろう。地上部隊には降伏を許可すると伝えよ」

「はっ」


 司令官の判断は冷酷ではあるが、地上部隊の撤収を待っていては、その地上部隊を回収した艦ごと犠牲になり、被害は更に拡大してしまうため犠牲を最小限にするための苦渋の決断と言えるだろう。


 残された地上部隊からすれば、詭弁に聞こえるであろうが…


「敵妨害電波の効果範囲外に出ると同時に、本隊に敵艦隊がミナノを強襲したと通信を送れ!」


 こうして、駐留艦隊は一切の砲火を交えずに西に撤退していく。


「気付かれないように、あの艦隊を追跡せよ。敵の本隊まで案内してくれるはずだ」


 そして、それをモニターで見ていたリュスは、すぐさま数隻の偵察艦に追跡命令を出す。


「駐留艦隊が南西に撤退したということは、殿下の推察通りドナウリアの北ロマリア侵攻艦隊本隊はトリーノを目指しているということですね」


「これで当初の目的通り、敵の背後を遮断できたな。さて、老将はここからどう動くかな…。まあ、まずはミナノを制圧する。その間に敵の位置も掴めよう」


 クレールにそう答えたフランは、艦隊に地上制圧の命令を下した。

 降伏の許可が出ていた為、敵の反撃は無く半日でミナノを再制圧することに成功する。


「敵駐留艦隊追跡の偵察艦より入電、敵艦隊は航路を南西に進軍中とのことです」


 報告を受けたフランとクレールは、航路図の映し出されたモニターを見ながら、状況分析を行い敵艦隊の居場所を推測をおこなう。


「航路からすると敵の本隊はピエノンテ星系惑星リサンドリアから、アステイに進みトリーノに進んでいると私は推測するが、貴官達はどう思うか?」


「私もそう推察します。普通ならミナノからトリーノへは、西に進んで惑星ノヴァラを経由するのが最短でありますが、それではトリーノに居る我軍の想定範囲内なので、不意は突けません。小官なら少し遠回りになりますが補給が持つ限り南西に進んで…」


 リュスは手元のコンソールで、航路図に進行ルートの印をつけると説明を続ける。


「惑星アルバまで南下して、そこからトリーノへ進軍します。そうすれば、不意を突けなくとも予想外の範囲から攻められた事により、敵は心の余裕を少しは無くすことでしょう」


 リュスと予測が一致したことにより、フランは自信を持って次の作戦行動を決定した。


「敵の老将も恐らく同じ考えで、南下していたのであろう。だが、敵は先程逃げた駐留艦隊から、我らが背後を遮断した報告を受けて進軍を中止するはずだ。我らもこれより、このミナノから惑星トルトナまで南下する。そこまで、移動すれば敵の動きもわかるであろう」


 こうして、ガリアルム艦隊はミナノから南下して、トルトナへの進軍を開始する。


 その頃、ドナウリア艦隊はフラン達の予想通りアステイまで進軍していたが、そこでガリアルム艦隊がミナノに現れた報告を受けた。


「そうか。我らの背後に出るためにスイッスの難航路を通って、ミナノに現れたか…」

 報告を受けたメーラー元帥は、艦隊の進軍を停止させる。


「閣下、どういたしますか?」


 参謀長のアンドレアス・ザハールカは、メーラーに指示を仰ぐと彼は右手で顎を触りながら、「うーん…」と考え込み、暫くしてから命令を下す。


「このまま背後を遮断され、補給を断たれたままトリーノに進軍しても、分が悪かろう。リサンドリアまえ引き返し、敵の出方を窺うとするか」


「はっ」


 老将の判断は手堅く、このまま進軍してトリーノを占領したとしても、補給を断たれている以上、こちらが干上がり撃破されるだけであると予測して、それならここで引き返すことで余計な戦闘をして無駄な消耗をせずに、背後のガリアルム艦隊との戦いに備えるというものであった。


 かくして、ドナウリアの北ロマリア侵攻艦隊は、アステイから反転してリサンドリアへと迅速に引き返す。


「リサンドリアに駐留させているオトマイアーに伝達。麾下の艦隊2000隻とミナノの1000を新たに指揮下に加えて、ガリアルム艦隊に威力偵察を行うように伝えよ」


 ザハールカはメーラーの命令を聞いて、「3000隻で1万隻以上の敵と戦わせるのは、無謀ではないですか!?」と、進言しようとするとメーラーが命令の続きを口にした。


「ただし、勝つ必要はない。むしろ被害が出る前にある程度戦ったら、リサンドリアに撤退するように伝えよ」


「閣下…。足止めとは言え、この命令では悪戯に兵力を失うだけではありませんか?」


 参謀長は、この命令が自分達の本隊が到着するまでの足止めであることは看破したが、それにしても無謀すぎると思い考えなすように提言する。


 すると、メーラーからはこのような言葉が返ってきた。


「参謀長… 足止め以外に、この作戦の真の意図が解らぬか?」


「申し訳ありません… 小官の非才の身には、これ以上は…」


 ザハールカはこの命令の真意を測りかねて、素直にそう答えるとメーラーは「フォフォフォ」と笑った後にこう答える。


「参謀長が気付かないなら、敵も気付かん可能性が高いな。参謀長、命令を伝達せよ」


 自身に満ちたメーラーの表情を見て、「はっ」とザハールカは返答すると、通信兵に命令を出すように伝えに行く。


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