ラーマ・ディレノの戦い 02



「敵の微速の本当の目的は、この伏兵を準備することだったのか…」


 ボローナ駐留艦隊の左翼は、ガリアルム艦隊に左側面と前方から攻撃を受けて、みるみる数を削られていく。


(どの道まともに撃ち合っても、我が艦隊の老朽艦では勝負にならん。三方向から包囲されて、殲滅されるだけだ…)


 自艦隊の損耗を見ながらアルタウスは、その現実を確認すると全艦に全速前進の命令を下す。


「全艦全速前進! 攻撃を受けている艦はシールド展開に専念せよ! 我が艦隊は突破に活路を見出す!!」


 指揮官の命令を受けたボローナ艦隊は、紡錘陣で前方のヨハンセン艦隊に向けて、全速で突進を開始する。


「殿下。どうやら、敵は逃げの一手を選択したようです」


 クレールからの冷静で端的かつ正確な報告を受けたフランは、少し哀れな感じでこう呟いた。


「ほう、少しは状況が読める指揮官のようだな。だが、可哀想に…。その老朽艦では、逃げ切れん」


 そのクレールとは対象的に、実戦なれしていないヨハンセン艦隊の副官クリスは、こちらに敵が向かってくる恐怖心から、慌てながら司令官に報告する。


「閣下! 敵艦隊は総司令官の艦隊を相手にせずに、最大船速でこちらに向かってきます

 !」


「なかなか大胆な指揮官だな。だが、その判断はある意味正しい。だが、あの船速では……」


 ヨハンセンは副官の報告を受けそう呟くと、冷静にこれからの戦況の予想と計算をはじめ、導き出された答えから指示を出す。


「では、こちらは後退しながら接近してくる敵紡錘陣の先端に集中攻撃を掛けながら、殿下の艦隊と前後で挟み撃ちにする。敵艦隊が5千キロに接近した時点で艦隊を左右に分けながら、敵の攻撃を受け流しつつ敵両側面に回り込む。シャーリィ様、艦隊運動の指示をお願いします」


「おまかせくださいませ」


 シャーリィは、そうお嬢様口調で返事をすると、目の前のコンソールを軽やかに操作し始める。


「あと、敵艦隊は途中で進路を天頂に…いや、天底に変える可能性があるので、我が艦隊もそれに合わせて天底に艦を向けなくてはならないので、それにも備えておいてください」


「相変わらず簡単におっしゃいますわね。まあ、おまかせくださいませ」


 ヨハンセンの追加の指示を受けた白ロリ様は、その人使いの粗さに少し立腹するが、するしかないと解っているので作業を続けた。


(まあ、現時点での敵の損耗率なら、我が艦隊を抜けても逃げ切れないが…)


 老朽艦といえども数で勝っており、更にまともに正面同士から戦えばそれなりの驚異となるが、今回の戦いはその全てを欠いている。


 ヨハンセンとフランの予測通り、老朽艦で構成されたボローナ艦隊は、後方から追撃してくるフラン艦隊を振り切ることもできず、紡錘陣の前後の各先端に集中攻撃を受けて、味方艦を失っていく。


 一部は改装を受けているとはいえ、その大多数が老朽艦であるために、ボローナ艦隊は全てにおいて性能が低い。そのため、船速が遅くシールド能力も機関の出力も劣っている艦では、指揮官の期待通りの働きはできずに、虚しく数を減らしていく。


 ボローナ艦隊がヨハンセン艦隊に六万キロまで到達した頃には、8000隻から約5000隻まで撃ち減らされていた。


(このままでは、突破できんな…ならば!)


「全艦隊! 天頂…いや、天底方向に進路変更せよ!」


 彼が天底方向つまり戦場の下方向に進路を変えた理由は簡単で、この世界の戦闘艦は構造上基本上部に武装が多く装備されており、船底にはあまり装備されていない。


 そのため敵艦の下に回り込めれば、その分攻撃を受けずに済むからであり、艦を垂直に傾けたり、ましてや宙返りさせたりといことを戦場では余り先例としておこなわれていないからである。


 もちろん宇宙空間であるために艦を下向きにできるが、艦には重力装置によって基本1Gの重力が発生しており、艦を下向きにするためにはそれを切らねばならない。


 そうなれば、操艦作業に支障が出るとして、やりたがらない指揮官が多いがそれは方便であり、宇宙戦である以上0Gで操船することは想定されている為に、色々な対策はなされている。


 彼らがやりたがらない主な理由は、指揮官などの幹部達は広い部屋を割り当てられており、その部屋に固定していない調度品を飾っている者が多く、それが散乱したり壊れたりするのが嫌だからであった。


 そのために、貴族出身の幹部が多く占める国ではそれは特に顕著で、ドナウリア帝国ではそのようなものが多い。


 フランが改革する前のガリアルム軍もそれは黙認されていたが、改革後は勿論許してはおらず、軍規によってゼロ時戦に備えるよう定めている。


 そのためヨハンセン艦隊は、ボローナ駐留艦隊の下方向への移動に合わせて、当然の如く艦を下に向ける行動をとった。


 ヨハンセン艦隊の各艦内では、重力装置停止のカウントダウンと共に、重力装置が停止され無重力操船に移行していく。


「ああっ…、待ってくださいまし。ティーセットを片付けますから!」

「私が収納箱に収めますので、シャーリィ様は仕事を続けてください!」


 クリスはそう言って、彼女の側で衝撃吸収能力のある箱に、白ロリ様のティーセットを何とかカウントダウン終了までに収納する。


「クリスさん、ありがとうございますわ。この御恩はいずれ返させていただきますわ」


 白ロリ様はコンソールを操作しながら、クリスに感謝を伝え彼女は笑顔で答えると、慌てて自分の席に戻って、シートベルトで椅子に体を固定して無重力に備えた。


 こうなると、下方向への移動は悪手となる。


 ボローナ艦隊は、ヨハンセン艦隊に上から攻撃を浴びせかけられる結果となり、船体底部以外にシールドを展開せねばならなくなり、それに伴うEN消費とシールドへの負担が大きくなった。


 さらに全速で移動しているために、そのENの消費と重なり遂にEN切れを起こす艦が続出しはじめ、上部からヨハンセン艦隊のビームのシャワーを浴び、後方からはフラン艦隊のビームを受けたボローナ駐留艦隊は、主に二方向から攻撃を受ける後方部の艦から、次々に撃破されていく。


「まるで、必死に逃げていた魚が追いつかれて、尻尾から捕食者に食べられていく…。そのような印象を受けますね…」


 クレールが珍しくそのような感傷的なことを呟く。


「自然界でも戦場でも負けた方が色々なモノを失い、勝ったほうが色々なモノを得るというのが悲しい現実なのだ。だからこそ、必ず勝たねばならない!」


 フランはその言葉に対して、自戒の意味も込めてこう言葉を返した。

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