第3章 北ロマリア戦役

補給遮断作戦 01


 ピエノンテ星系の戦いより三日後、【ドナウリア帝国】本星ヴィーンに敗北の報がもたらされると、皇帝フリッツ2世とその側近たちに衝撃が走る。


 勝つと予想されていた同兵力且つ小娘の率いる軍よって、予想に反して圧倒的な敗北を受けた為であった。


 側近たちは、すぐさま責任のなすり合いを始め時間を浪費させ、アーベントロートとカウンの責任とすると、ようやくこれからどう対応するかの話し合いになる。


 問題はガリアルム艦隊が今回の戦いで、どれほどの被害が出ているかという事だが、その情報は入ってきていない為に、適切な案を出せずに推察を元に議論が行われた。


 果たしてガリアルム艦隊は、北ロマリアにこのまま侵攻して来るのか?

 それとも、本国に帰還するのか?


 侵攻してきた場合、ボローナに駐留させている7000隻の艦隊で対処できるのか?

 敵の数次第では、そのボローナの艦隊も撃破されてしまうのではないか?


 そんな事になれば、ロマリア侵攻部隊の補給を遮断されることになり、補給の滞った侵攻部隊は撤退を余儀なくされてしまい、この半年以上の侵攻作戦が全て水の泡となってしまう。


 そうなれば、今迄の犠牲と消費した戦費が無駄になり、ドナウリアの権威も少なからず落とすことになるであろう。


 援軍をさらに送るというのが、一番の解決策ではあるが、【ドナウリア帝国】はその広大な領土のために、四方を列強に囲まれている。


 北は【プルーセン王国】、東は大国【オソロシーヤ帝国】、南には同じく大国の【オットマン帝国】と国境を接しており、虎視眈々と機会を窺っているその列強達にも備えておかねばならず、これ以上艦隊を差し向ける余力はなかった。


 そのため更に、ボローナの艦隊とロマリア侵攻部隊を失うわけにはいかず、議論は白熱したがその日は方針決定までは至らず話し合いは終了する。


 誰も責任を取りたくないために、方針を明言するものがおらず、会議はそのあと三日掛けておこなわれ、皇帝フリッツ2世が決断する形で以下の方針が取られることとなった。


 弱みを見せないために侵攻を続けつつ、【ロマリア王国】に現在占拠している星域の割譲、若しくは少し譲歩した講話内容を打診する。


 その間ボローナの艦隊は、補給路を確保するためにボローナで待機して、ガリアルムが補給を遮断してきたらその艦隊数次第で迎撃し、数が多ければ北のロンバディア星系にあるマントバ要塞に移動するという方針が決定された。


 この決定はガリアルム艦隊が先の戦いで、9000隻から少なくとも7000隻以下までは減っているであろうという推測からである。


 その理由は味方艦が一隻も帰還しない事から、かなりの激戦になったと予測され、そうなれば自ずとガリアルム艦隊もそれなりの被害が出ていると思われたからで、まさか一方的に殲滅されているなどとは予想できなかった。否、したくなかったのである。


(弟のミハエルを呼び戻すべきか…。いや、あの者を頼るわけには…)


 皇帝フリッツ2世は、ミハイル大公を呼び戻さなかったこの決断を、後ほど後悔することになる。


 その方針が下された十日後、ロンバディア星系惑星ミナノの宙域にある軍事基地が、ガリアルム艦隊約7600隻の襲撃を受けて、基地は陥落し駐留艦隊200隻がほぼ全滅するという報告がボローナ駐留艦隊司令官アルタウス中将にもたらされた。


「そうか…ミナノの軍事基地が落とされたか…」


 アルタウスは部下の報告にそう感想を漏らしたが、彼の関心は陥落の報告よりも敵艦隊の数である。


(7600隻か…。本国の推測より600隻多いな…。さて、本国はどう判断するのか…)


 彼の推察どおり、本国では再び議論が繰り広げられていた。



 600隻上回っているだけなら、マントバ要塞の駐留艦隊1000隻を合流させて、ガリアルム艦隊を撃破するべきという意見。


 艦隊の消耗を避けるためにもマントバ要塞で合流させて、敵をそこにおびき寄せるべきであるという意見。


 だが、後者の場合だと北への移動になり、それは補給路の要であるボローナを空けることになる。そうなると、ボローナの南にいる侵攻部隊への補給を断たれる危険性があるため、最悪侵攻部隊を撤退させねばならず本末転倒となってしまう。


 侵攻部隊を撤退させない以上結論は決まっており、アルタウス中将に出された命令はマントバ要塞の駐留艦隊1000隻と合流して、ボローナで敵を迎え撃つ事であった。


 その頃、そのガリアルム艦隊はロンバディア星系惑星ミナノから、エミニア=ロマーニ星系ボローナの隣の惑星パルナへ進軍していた。


 その道中ルイは、フランの部屋に呼び出されて、彼女の部屋に恐る恐るやってきていた。

 彼の勘がヤンデレ警報を鳴らしていたからである。


「失礼します…」


 ルイは彼女の部屋の扉の前で、深呼吸してから意を決するとそう言って入室する。

 彼が部屋に入ると、扉のロックがリモコンですぐさま施錠され、早速退路を断たれてしまう。


 すると、部屋の奥から彼女が左手に扉のリモコン、右手にヤンデレのマストアイテム『包丁』を持って現れる。


 彼女はリモコンをスカートのポケットにしまうと、彼に近づきながらこう語りかけてきた。


「よく来てくれたな、ルイ。まあ、好きな所に座るがいい」


「あの…。その手に持った『包丁』は一体…」


 彼は一応質問してみることにした。

 もしかしたら、料理の途中という女子力の高い答えが返ってくるかもと淡い期待があったからである。


「ああ…これか…。これはな……」


 彼女がそこまで答えると、その瞳は瞳孔が開きハイライトが消えて、いつものヤンデレ目になる。


「ルイ…。クレールの鉄仮面女が、私とルイの関係は私からの一方通行だっていうのだ…。そんなことはないよな? 私たちの関係は相互通行だよな?」


 ルイがその眼に怯えていると、彼女は会話をぶった切って逆に質問してきた。

 フランは彼にそう尋ねながら、右手の包丁をチラつかせている……


(会話をぶった切ってきたな…。まあ、僕がぶった切られるよりかは遥かにマシだけど…。だれが、うまいこと言えって言ったよ! いや、全然うまくないよ(泣)!)


 彼はあまりの恐怖に混乱して、頭の中で一人ボケツッコミをしてしまう。

 そして、ルイは頑張って混乱した頭を回転させ、その質問に回答する。


「もちろん一方通行ではなく、相互通行です。幼い時に会った時から、僕はフラン様を大切な(妹みたいな)人だと、思っています」


 言葉は正確に話さねばならない。“妹みたいな”この言葉を抜いてしまったばかりに、彼へのヤンデレ殿下の高感度がますます上がり、<ヤンデレゴスロリ姫ルート>に固定されてしまう事になってしまった。


 だが、おかげで人生の<バッドエンド>を迎えずにすんで良かったのかも知れない。


「そうだよな! そうだよな! あの鉄仮面女のせいで、余計な気を揉んでしまったではないか~」


 フランは包丁を握ったままだが、凄く機嫌が良くなり、眼も普通の眼に戻っていた。


「そうだ! 今、料理の最中であった!」


 フランは奥の部屋にある簡易キッチンに向かうと、包丁を置いて鍋をかき混ぜ始める。

 どうやら、鍋は空ではないらしい。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る