狂い始める人生 05
ルイがクレールと会話をしていていると、またもや声を掛けられる。
(もう、今日はこれで何回目だ……)
彼はそう思いながら振り返ると、そこには近衛の軍服を着用した女性が敬礼して立っていた。
「ルイ・ロドリーグ殿ですね? 私は近衛所属フランソワーズ殿下付きのマリー・ディタリー大尉であります。殿下の命で、お迎えに参りました」
マリー・ディタリーの立ち姿からは凛とした印象を受け、近衛所属だけあり女性でありながら、精悍な体つきで見るからに強そうである。
ルイが挑んでも秒殺されるであろう。
大尉という階級を聞いたルイとクレールは、慌てて答礼する。
「それでは、私はこれで…」
クレールは、そう言ってルイとマリーに敬礼すると立ち去っていった。
「それでは、参りましょうかロドリーグ殿。殿下がお待ちです」
「はい…」
ルイはマリーに促されるまま彼女の後について、フランのいる場所にむかう。
彼が防衛省の施設から出ると、来た時には無かった光景が目に入る。
その光景とは、防衛省の入り口近くの広場にデフォルメされた鶏の姿をした頭に軍帽を被ったマスコットが、見学の子供たちに囲まれているものであった。
「あれは……、たしか……」
そのマスコットを見てルイが、何だったかと思いだそうとすると
「あれは、我が軍のマスコットキャラクター<プーレちゃん>です。我が軍の啓蒙と市民に親しみを持ってもらう為に、現王妃アン殿下が考案なさったものです。ああ、やって月に一回未来の守り手である子供たちとふれあっているのです」
マリーが説明してくれる。そして彼女は……
「かわいいですよね~、プーレちゃん」
と、可愛いものを愛でて緩んだ顔から、元の凛とした顔にすぐに戻してこう言った。
「…………コホン、参りましょうか」
(啓蒙できるのかは兎も角…、確かに、かわいいな……)
ルイはマリーの緩んだ顔に、大人の対応で触れずに自身も緩んだ顔で、プーレちゃんを愛でた。
「プーレちゃんは、少し休憩しまーす。良い子のみんなはこちらに来てくださーい。プーレちゃんに中の人はいません!」
広報部の女性士官は、そう言ってプーレちゃんを休憩室まで連れて行く。
女性士官はプーレちゃんを、子供たちの目の届かない休憩室まで連れてくると、プーレちゃんの中の人の休憩の為に後ろのチャックを開ける。
すると、中から20代中頃の見る人によってはイケメンに見えなくも無いが、多くの者が冴えない印象を受ける青年が出てくる。
「すみません、大尉。こんなお仕事を任せてしまって……」
女性士官に対して彼は穏和な声で答える。
「いや、気にしなくていいよ。これも給料分の仕事だからね。それに、私は存外このプーレちゃんの中の人が気に入っているんだ」
彼は元々戦史研究室所属であった。だが、数百年の研究により過去の戦史の大半は研究され、その為に戦史研究室は規模が縮小されることになり、彼は一年前にその冴えない風貌から、優秀ではないと判断されてしまう。
そのため広報部に移動することになり、誰もやりたがらない<プーレちゃんの中の人>を請け負うことになった。
このプーレちゃんには最新技術が使われており、外側は汚れても洗えてすぐに乾く素材が使われており、中は宇宙服の技術が使われて気密性と体温の調整機能もついていて、中は意外と快適にできている。
まさしく、宇宙時代のキグルミなのであった。
彼ユーリ・ヨハンセンは<プーレちゃん>の中にいると、軍内の出世争いによる足の引っ張り合いや権力争いとは無縁であること、そして何より戦争と無縁であることに気づき、プーレちゃんの中の人という仕事を本気で気に入り始めていた。
後にこの冴えない風貌の青年が、アウエルシュテルの戦いで二倍以上の敵を相手に二倍以上の損害を与え勝利し、【不敗】のヨハンセンと呼ばれることになることは、今は誰も知らない。
ルイが国防省の入り口まで来ると、車体の長い高級車が止まっていることに気付く。
防弾耐爆処理が施されているその高級車のドアが開くと、中には人形と見間違うような少女が、手に持っている<love(慈愛)>と書かれた洋扇を不機嫌そうに開閉させながら座っている。
「殿下、ロドリーグ殿をお連れしました」
「うむ、ご苦労」
マリーが車内にいるフランに、ルイを連れてきたことを報告するとフランは彼女に労いの言葉をかける。
「ルイ、ここに座るがよい」
そしてその後、ルイに対してこう言って、閉じた洋扇で自分の隣の座席をトントンと叩いて、彼に座るように指示を出す。
「失礼します、フランソワーズ王女殿下」
ルイは人前なので一礼して彼女を公称で呼ぶと、ドアの脇に立つマリーにも一礼して車に乗り込む。
そして、彼女の横の座席に座ると、車のドアが閉まる。
(さすが、王族専用車…。内装も豪華だな…。我が家の車も豪華だとは思っていたけど、さすがに違うな……)
ルイが豪華な内装に目を奪われていると、隣に座っているフランが自身の名前を呼んできた。
「おい、ルイ」
「はい、何でしょうかフランソワーズ…殿下?」
ルイが返事してフランの方を向くと、彼女は身を乗り出して、顔を彼の顔の至近距離まで近づけてくる。
このようなまさに氷肌玉骨な美少女に、これほど接近されれば男女問わず心穏やかでは居られないであろう。
近くで見るとこの神秘的な容姿の美少女の美しさに改めて気付かされ、ルイは緊張のあまり思わず唾を飲みこむ。
※氷肌玉骨……美しい女性の形容。また、梅の花のたとえ。
「氷肌」は、氷のように清らかな肌。寒中に開く白い花のイメージから梅の花。「玉骨」は、高潔な風姿の形容。
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