第90話 マリンの危惧
「エル研究会に入れてください!」
「嫌」
完。
としたいがそう云うわけにもいかず。
また一人、将来有望(?)な魔女の卵の才覚が刈り取られる。
「何故です!?」
女生徒の抗議に、
「許容量オーバーだ」
ビテンは、
「さも当たり前」
とばかりに答えた。
「そもそも六人でも多いくらいだしなぁ」
紅茶を飲みながらぼやくように……というかぼやいた。
場所は生徒会室。
時間は昼食後のお茶の時間。
生徒会のメンバー及びエル研究会のメンバーが揃い踏みだ。
「失礼しちゃいますわ」
「そんな風に思ってたんすか?」
「僕は親友だから勘定に入っているだろう?」
「前々からそうじゃないかとは思っていましたが……」
順にクズノ、シダラ、カイト、ユリスである。
「ではマリンを除いて私を!」
と女生徒。
「無理」
けんもほろろ。
「贔屓です!」
「知ってる」
躊躇の一分もなかった。
「だいたいだなぁ」
ビテンはピンと伸ばした人差し指でこめかみを押さえる。
「お前みたいなミーハーの視線が鬱陶しいからエル研究会を開いたんだよ。人目のつかない状況を作るのが第一で、魔術の研鑽は実は二の次だ」
「そうだとしても」
と女生徒。
「魔術の才能のないマリンより私の方が上です」
「本気で言ってるのか?」
「然りです」
「へぇ」
感銘を受けた様子もなくビテンは紅茶を飲む。
「実際マリンのキャパは残念じゃないですか」
「だなぁ」
「頭でっかちとはこのことです」
「だなぁ」
「まだしもキャパの多い私を所属させた方が理に叶っています」
「あのさ」
カチンとカップと受け皿がかち合った。
「話聞いてたか?」
ほんの少し剣呑な色がビテンの黒瞳に閃いた。
「俺は俗世やしがらみから俺自身とマリンを切り離すためにエル研究会を立ち上げたと言ったはずだが?」
「ぐ……でも……!」
「元からお前の居場所はねえよ」
「そこを推して!」
「嫌」
完。
研究室にもやもやとした沈黙が覆った。
サラサラ。
カリカリ。
生徒会員のメンバーの筆を奔らせる音だけが響く。
「ん」
と呟いたのはユリス。
「しばし休憩」
生徒会員にそう告げる。
「ではお茶を」
と庶務が言う。
ちなみにビテンも形式だけなら庶務ではある。
今は関係ないが。
「私の分はいりません」
ユリスが遠慮し、
「ではそのように」
庶務が答えた。
「ビテン?」
「なんだ?」
「飛天図書館に行きましょう」
「休憩じゃないのか?」
「休憩がてらですよ」
「まぁそういうのなら俺は構わんがな」
そしてビテンはアナザーワールドの呪文を唱える。
エル研究会の面々が飛天図書館に出揃った。
それ以外の人間からは急にその場から消えたように映ったろう。
「よかったのかい?」
とこれはカイト。
マリンは全員分のコーヒーを準備している。
「いまさら譲歩すればつけあがる連中が増えるだけだ。少数精鋭で回さなければ俺もマリンも落ち着かない」
これを本気で言っているのだ。
「でもマリンは少し微妙な立場ですわね」
クズノが危惧した。
「何で?」
こんなところは鈍感なビテン。
「だって一人キャパ残念賞でありながらエル研究会に所属してるっすし」
シダラも同意見のようだった。
「おい」
ビテンから敵意が漏れる。
「シダラは一般論を語ったまでですよ」
ユリスが宥める。
「むぅ」
少し気が削がれた。
「とまれ」
とユリス。
「マリンを上手くフォローしてくださいね?」
*
「寒い」
あくる日。
「天気が……いいから……」
といつもの原っぱで昼食をとっているビテンたちだった。
今日はカイトの準備した昼食である。
日差しの暖かさと北風の冷たさでヒフティヒフティといったところ。
カイトの今日の用意した昼食はホットサンド。
「ビテン。あーん」
「あーん」
といつものやりとり。
どうあっても親友と言い張るカイトではあるが、その瞳には愉悦をたたえていた。
と、
「マ~リ~ン~!」
見知らぬ女生徒たちがマリンの名を呼んだ。
「ふえ……?」
とマリンが怯える。
気が弱く人見知りが激しいのがマリンである。
第三者から名を呼ばれれば、
「あう……」
と委縮もする。
が、それには取り合わず女生徒たち三人はマリンにズケズケ近づいてきた。
「マリン先生~。おねが~い。魔術教えて~」
「私も私も」
「お願いだよ~」
女生徒トリオはそんな風に言葉を紡ぐ。
「あう……」
と委縮するマリン。
「なんでマリン狙い撃ちだ?」
ビテンは警戒が先に立つ。
「だってマリンの魔術の造詣は深いんでしょ~?」
「なら教わるのは至極当然~」
「それにビテンは何も教えてくれないし~」
そういうことらしい。
「僕が教えようか?」
完全に善意からのカイトの言葉だったが、
「でもマリンの方が詳しいでしょ?」
と一蹴された。
「お願いマリン~」
「助けると思って~」
「魔術教えてよ~」
「あう……いいけど……」
「本気かマリン?」
「あ。ビテンはついてきちゃ駄目ね」
「なんでだよ」
「女子同士だから良いの。男が混ざると空気が濁るから」
「むぅ」
言いたいことがわからないビテンではなかった。
「じゃ、図書館行こ図書館」
「マリン先生お願いっす~」
「あう……じゃあ……そういうことで……」
マリンは三人の女性と共にこの場から去った。
「よかったんですの?」
クズノが問うてきた。
「まぁ一定の道理はあったしな」
ビテンは不機嫌だ。
「当方はきな臭さを覚えましたっすけど」
シダラも心配そうだった。
「ちょっと注意が必要だね」
カイトも賛成に一票。
「はぁ」
とため息をついてホットサンドを咀嚼嚥下すると、
「我が目は万里を睥睨す」
ビテンはクレアボヤンスの呪文を唱えた。
マリンを見つけるのはすぐだ。
マリンを連れて行った三人組も。
人目のつかないアリーナ裏まで連れていかれマリンは三人組に糾弾されていた。
読唇術で会話を読み取る。
「おめぇマジ調子乗ってるっしょ!」
「そんなこと……ない……」
「魔術の才能ない劣等性のくせにあっしらに反論? それが調子乗ってるっつーのよ!」
「ビテンから身を引きなさいよ!」
「あう……」
マリンは頬をぶたれた。
次の瞬間、
「……っ!」
ビテンの血が沸騰した。
マリンを殴ろうとした女生徒の一人の腕を、
「彫像と成せ」
フリーズの呪文で凍結させる。
「っ……」
絶句したのはマリンと三人組が同時。
「ダメ!」
とマリンは叫んだ。
声は伝わらないがマリンの唇を読み取ることは出来る。
加えてボイスで声を届けることも出来る。
「何故だ?」
届いた声にマリンは答えた。
「人を傷つけて殺すのは……私の役目……」
「っ? どういう意味だ?」
「キャパを頂戴」
「そう云うのなら……」
ラインの魔術を行使するビテン。
「大火の地獄よ。救い無きことを世に現せ」
マリンが唱えたのはインフェルノの呪文。
急激な酸化によって女生徒たちの肉体は劣化して塵へと還った。
つまりマリンが殺人を犯したのだ。
証拠は何処にも残っていないが。
しかしながらビテンには疑問が残る。
「何故マリンはビテンを牽制して自ら魔術で人を傷つけるのか?」
問うより他に処方を知らぬが。
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