第60話 学院祭三日目


 学院祭最終日。


「あの男がビテンか?」


「カイト様が……ああっ!」


「ユリスお姉様が穢されるのは……!」


 とかくこのセクステットは人目を引いた。


 一人は残暑の引く秋用学ランの少年。


 名をビテン。


 ウニ頭のぼさぼさヘアーは減点対象だが、顔の造りはそこそこよろしい。


 黒髪黒眼のワイルドな印象の好少年と云った様子だ。


 本人にとってはどうでもよろしいことではあるのだが。


「まぁマリンに惚れてもらうためなら得にもなるか……」


 程度。


 生粋のマリニストであるため他の女性を異性として見られないという純愛というか逆説的結果論禁欲主義者である。


 大陸魔術学院はその性質上女学院なのだが、その中に一人紛れ込んだイレギュラーの異性。


 それがビテンである。


 学ランを着ているため事情を知っている者にはそのイレギュラー性が即座に見抜かれ、寄ってくる女子多数。


 それは学院生だけでなく敏い客分の参加者もそうだ。


 特に貴族筋の少女たちが寄ってたかる。


「わたくしの家に帰順しませんこと?」


「私ならばいつでもビテン様のお嫁に行けますよ?」


 そんな勧誘。


「間に合ってますんで」


 その一言で切って捨てるビテンであった。


 一人はおとなしい黒髪黒眼に知性を湛えた女子。


 名をマリン。


 ビテンの想い人でありビテンを想い人とする少女。


 キャパそのものは残念の一言だがエンシェントレコードに対する造詣はビテンと同じく突出している。


 制服の上から羽織っている黒のケープがその証だ。


 ビテンとキャパを共有すれば強力な魔術を使えることの証明。


 実際にアンチマジックマジック……ゼロの魔術を使ってみせ色付きとなった少女だ。


 これについては陰口もついてまわったが、少なくとも教授格にさえ圧勝するエンシェントレコードへの造詣は若いが故にあり得ず、今すぐ講義を受け持っても論理的に時間を使えるであろう人材だ。


 数多く存在する神語の文字を網羅しているとなれば魔術特性に左右されずに講義できる証明だ。


 実力と知識がアンバランスな一例である。


 一人は白髪白眼の女子。


 名をクズノ。


 新入生でありながら魔術を使える稀有な存在で学年主席である。


 元来魔術は高度な読み解きと膨大な記憶量に支えられている知識の結晶だ。


 そうであるからこそ学院が存在し、一から学ぶ者が出てくるのだから。


 その上で十全な魔術を扱うクズノが学年主席となったのはいっそ必然だ。


 下級魔術とはいえ強度と精度を兼ね備えた魔術行使はクズノの実力を指し示している。


 一度ビテンに為す術なく敗れはしたものの、少なくともその実力を蔑視できる魔女はいない。


 まして美少女ともなれば、


「天は二物を与えず」


 を反証するような存在だ。


 ビテンと一緒にいることで薄暗い噂も立ち昇るが、当人はさほど気にしていない様子だった。


 一人は赤髪赤眼の女子。


 名をシダラ。


 制服の上から纏う赤のマントは火の属性において突出した才能を示す証拠だ。


 人当たりの好い笑顔と言葉づかいであり、あまり人に嫌われるということがない少女である。


 魔術の優劣において友人と決別されてもなお友人を想った少女である。


 ビテンがマリニストでなければ一、二回は惚れただろう。


 とかく根の優しい人物なのだ。


 ビテンや後述するカイトやユリスのようにカリスマを持ってはいないが、それでも十二分に目を引く美少女であることを誰も否定はできないだろう。


 色付きではあれど研究室を持っていない魔女なのだが、今は飛天図書館で禁忌魔術を刻苦勉励しており研究室を持つのもそう遠い話ではない。


 少なくともそれだけの才能を持つ少女であった。


 一人は青髪碧眼の女子。


 名をカイト。


 青のマントを羽織っている事実にて水氷雪属性に突出した魔女である。


 髪はショートカットで、当人の中性的な顔の造りも相まって、


「プリンス」


 と学院の生徒から憧れられている存在だ。


 そんなボーイッシュな少女。


 切れるような眼は乙女の園にて凶器にさえ映り、話す言葉は蜂蜜よりも甘い。


 であるため宝塚的なノリでプリンスの座を射止めたのだが。


 さりとて当人にそんな意識はなく、


「特別扱いしないでほしい」


 と心底願っていることをビテンのグループ以外は知らない。


 実のところ持ち上げられることに慣れていない少女なのだ。


 その辺はビテンと意識を共有しているため、


「なんだかなぁ」


 と異口同音にぼやく二人であった。


 一人は金髪金眼の女子。


 名をユリス。


 金色の髪と眼は威圧感さえ与える。


 が、女子には、


「それが良い」


 らしい。


 大陸魔術学院は女学院だと先述したが、そにおいて突出した魔術の才能を見せ他者はばかることなく行使するユリスは、


「お姉様」


 と呼び慕われている。


 最近は、


「ビテンといつも一緒にいる」


 と有ること無いこと囁かれているが、当人には、


「そうですか」


 と嘯いてむべなるかな、といった様子だ。


 一人の美少年と五人の美少女が一緒にいれば人目を引くのも必然と云える。


「やれやれ」


 ビテンは嘆息するより他に術を知らなかった。




    *




「ビテン……あーん……」


 そんなマリンに、


「あーん」


 と応えるビテン。


 かき氷が口に放り込まれる。


 スイカ味。


「美味しい……?」


「美味い」


 断言するに否やはない。


 マリンの与えてくれるもの全てが金色に見えるビテンにとっては。


「ビテン。あーん」


 今度はクズノだ。


 フランクフルト。


「あーん」


 と応えて咀嚼嚥下する。


「どう?」


「ジャンクフードの美点だな」


 ビテンは苦笑した。


「ビテン。あーん」


 今後はシダラだ。


 焼き鳥。


「あーん」


 と応えて咀嚼嚥下する。


「どう?」


「まぁ美味いな。良い出店で買ったんだな」


 ビテンの皮肉に、


「むぅ」


 と唸るシダラ。


「ビテン。あーん」


 今度はカイトだ。


 たこ焼き。


 この星にもタコは存在する。


「あーん」


 と応えて咀嚼嚥下する。


「どう?」


「カイトは可愛いな」


 あまりな言葉に、


「あう」


 と赤面するカイトだった。


「たこ焼きは美味かったぞ?」


「そうじゃなくて……っ!」


 カイトは、


「うう……」


 と恥じらって委縮する。


 まるで、


「マリンを見ているようだ」


 なんて不届きなことを思うビテンであった。


 ちなみにユリスはビテンのご機嫌取りはしていない。


 ストイックともまた違うが。


 人目を引くセクステットを先導しているのが誰あろうユリスである。


 時間は昼頃から、


「打ち上げ」


 と称して出店を回っていたセクステット。


 執事喫茶も大好評に終わり(というか五名しか招いていないのだが)金貨三十五枚および銀貨銅貨がそこそこ手に入った。


 金貨についてはデミィとシトネの功績であるため、客としては上々であったろう。


 ビテンには心的外傷のような企画ではあったが。


 で、再度だが学院祭最終日。


 執事喫茶で稼いだ部費で遊び歩いたセクステットはユリスの先導のもと、とある棟の屋上に来ていた。


 周りにはセクステット以外の誰もいない。


「ここが……」


 とマリン。


「スポット」


 とクズノ。


「たしかに誰しもここには来ないっすね」


 とシダラ。


「ふむ」


 とカイト。


 日も暮れてもう遅い。


 そして学院祭最後のイベントが打ち上げられた。


 夜空に花が咲いた。


 一瞬だけ咲き誇り、空虚に拡販する。


 花火だった。


 次々と打ち上げられる。


「た~まや~!」


「か~ぎや~!」


 セクステットは花火を賛美する。


 マイナーな棟の屋上。


 六人にとって思い出深い風景に映ったろう。


 そのために、


「ここを教えたのだから」


 とユリスは言った。


「あんがとな」


 とこれはビテン。


 ユリスに向かって。


「礼が要るほどのものではありませんよ」


 そんなユリスの謙遜に、


「らしいな」


 とだけ返す。


 どうやら、


「自身の考えが読み取られている」


 という違和感を覚えてビテンを睨むが、ビテンはそんなユリスを無視してのけた。


 花火が咲いては散っていく。


 春の桜花……夏の花火……秋の紅葉……冬の散雪……。


 それぞれ儚さを象徴する季節の色。


 であるため此度の花火は格別なモノに……セクステットたちには見えた。


 想いはそれぞれであれど。

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