第48話 カイトの決闘
学院の夏季休暇が示す通り猛暑の続く夏の中。
カラリと晴れた空はビテンにとっては受け入れがたいモノでもある。
普通に雨天より晴天を好むが猛暑がひたすら不快だ。
今日はカイトの決闘日和。
とはいえ何かしら日常のサイクルが変わるわけでもなく。
ビテンたちはカイトの屋敷で朝食を取っていた。
カイトの決闘は午後からだ。
無論集客の都合上。
皇都にある魔術戦用のアリーナが解放される。
これはビテンとカイトの母親であるカナキとの決闘でもそうなのだが。
「晴れて良かった」
カイトはしみじみと言った。
紅茶を飲みながら。
「そうか?」
ビテンは気温の高さに辟易。
今もウィンドの魔術を適度な威力で維持している。
涼風に包まれることでかろうじて暑さに対抗しえているのだ。
「ビテンは夏は嫌いかな?」
「嫌いじゃない。気温にさえ目を瞑れば趣のある季節だ。虫の鳴き声も入道雲の遠大さも魚の洗いも俺は好きだぞ」
「うん。だね」
紅茶を飲む。
「本当に大丈夫なのカイト?」
これは母カナキ。
「あなたの娘だ。任せてほしい」
「うーん」
何のことかと云えば決闘に対する憂慮だ。
ことここに来てまでカナキは愛娘の心配をするのだった。
「まぁリザレクションを保有している魔女も待機しているのだから部位欠損くらいは問題にならないだろう?」
「治るからって傷ついていいわけじゃないでしょう?」
「然りだね」
飄々と。
「あう……」
先まで一人残って朝食を取っていた(というのも口が小さいため食事の消費ペースが遅いことに起因する)マリンが不安そうにした。
「無理しちゃ……駄目だよ……?」
マリンの心情はカナキ寄りだ。
「いいなぁ」
晴れやかに言うカイト。
「何が?」
「友達に心配されるって云う感覚」
あまりといえばあまりな感想に、
「カイト……」
憂え気なカナキだった。
愛娘に友達が出来なかった経緯くらいは把握していたのだろう。
漸く友人が出来たというのも朗報に違いない。
ビテンを除けば。
「友情だと都合をつけて愛娘に近づく男」
カナキにとってビテンはそんな存在だ。
自慢の娘故に婿は慎重に選ばねばならない。
ビテンたちはまさに思春期。
春の暴走(今は夏だが)によってビテンがカイトにとっての狼となる可能性を危惧するのは母親として当然の心理だ。
杞憂。
あるいは的外れ。
ビテンにしてみればカイトは友達以上のものではない。
マリン至上主義の弊害だ。
マリニズムも良し悪しと云う事だろう。
なおビテンハーレム改めエル研究会の面々はビテンを中心にハブ型に形成されているため、ビテンと縁を切ればカイトはまたぼっちとなる。
「その点は如何に?」
とビテンが問うと、
「むぅ」
とカナキは唸った。
反論の言葉がとっさに出ない。
リスクも大概だがリターンも計り知れないのだ。
母親に似て美少女に生まれついてしまったカイト。
となればカイトのボッチの原因の数パーセントはカナキにも依存する。
責める娘でもないが。
「本当に友情の範囲内なんでしょうね?」
今更だ。
「先述した様にマリニストだぞ俺は」
「あう……」
ビテンの愛の告白にマリンが照れ照れ。
頬が桃色に染まる辺りビテンにとっては高ポイント。
「やっぱりマリンは可愛いなぁ」
晴れやかに言ってのける。
「と、いうわけだよ」
ビテンを指差しカイトは皮肉ってみせた。
「でも男は好きでもない女を抱けますよ? 全面的に信ずるには物的証拠が足りません」
「状況証拠では不満かな?」
「他ならぬあなたのためよカイト。あなたに家督を譲り渡すにあたって婿はあなたの代理人として皇城で働く使命を帯びるわ。相応の教養と有能さを求められるの」
「それならなおさら問題ないね」
カイトは苦笑いした。
「ビテンが条件を満たしていると?」
「逆」
「逆?」
「ビテンはものぐさ太郎だから多分僕の代理人は務まらないな」
いけしゃあしゃあというカイトに、
「然り然り」
ビテンはどこか誇らしげだ。
「別に褒めたつもりも無いんだけどね」
あははと空笑い。
「その上でビテンとお付き合いしようと?」
「友達だし」
少なくとも手放したくない価値をカイトはビテンとマリンに見出している。
「ビテン?」
「何だよ?」
「娘はこう言ってますが手加減はしないので甘えないでくださいね?」
「お手柔らかに」
カナキのプレッシャーをサラリと流してビテンはコーヒーを飲むのだった。
*
一応のところカイトは貴族の出だ。
それも皇城の周囲に屋敷を構える『大貴族』の娘。
愛娘の決闘を見逃すカナキではなく、ついでとばかりにビテンとマリンも特別席を宛がわれた。
天井のある涼しい室内で十分に観戦に足る位置取り。
これはビテンとカナキの決闘にも言えることだが皇帝御前試合だ。
皇帝および皇族の面々は貴族よりもう一段階だけ位の高いVIPルームで観戦しているはずだとビテンは聞いた。
シトネと同室にならなかったことにビテンは心底安心する。
嫌悪と言ってなお足りない忌避感を覚えているのだ。
仕方ない。
閑話休題。
聞くにビテンにいちゃもんをつけてカイトと決闘をすることになった魔女もまた大貴族の出と云う事らしい。
女性優位主義を深刻にこじらせている因子に納得するビテンだった。
魔術は女性だけのもの。
それが魔女の誇りであるし、それ故この世界は女性優位文化を形成しているのだから。
イレギュラーとはいえ男が(主観的に見て神聖な行為である)魔術を行使することに反感を覚える魔女は少なくない。
それは東の皇国だけでなく大陸魔術学院でも一定数の意見がある。
気にするビテンでもないが。
反感だろうと好意だろうとマリン以外から受けて一喜一憂するほどやわな精神構造をビテンは持っていない。
代わりとばかりにマリンに好かれれば全力で喜ぶし不機嫌を買えば土下座も已む無しという業の深いレゾンデートルでもあるのだが。
話を戻して貴族同士の魔術決闘。
なお位がほぼ同等の相手同士。
決闘の根幹は既に、
「ビテンの皇都魔術図書館への入館権利の可否」
から、
「どちらの家の魔術が優れているか」
に変質していた。
魔女として優れている方が皇城での発言力がいや増す。
ビテンにしてみれば先述した様に仮に図書館に入館できなくとも問題は無いのだ。
寧ろハラハラしているのはカイトの母……カナキである。
家の看板を賭けて戦うのだから負けが許されない。
これは相手方も同じだが。
そんなこんなの理由があってピリピリした空気の中、司会進行の声が響いてくる。
ボイスの魔術を使っているのだろうアリーナ全体に響き渡る声だった。
そして決闘場にカイトと敵方が現れた。
敵方は決闘だというのに貴族らしい豪奢なドレスを身に纏っておりビテンに正気の在処を疑わせたが、それ以上にカイトの服装の判断に目を白黒させる。
カイトの服装は端的に言えば真冬の服装だった。
分厚い防寒コートに包まれて見えないが、下には三つ揃いを着ている。
今は真夏なのに、
「冬の雪山に登ります」
とでも言いたげな重装備である。
熱中症で倒れても不思議ではない。
が、その理由は決闘が始まるとすぐに分かった。
ボイスの魔術で司会がアリーナ全体に決闘開始の合図を告げ銅鑼が鳴ると同時にカイトと敵方は同時に魔術を行使した。
「氷の女王へと平伏せ」
これはカイトの魔術であるブリザードの呪文だ。
範囲指定してその中で猛吹雪を具現化する一種の戦術級魔術。
アリーナの決闘場の範囲全体に猛吹雪が発生した。
突き刺すような冷風に体温を奪う雪の結晶。
真夏だからと薄着をしていた敵方には痛烈だろう。
そしてカイトが厚着をしていた理由でもある。
「火を飛ばせ」
寒さに凍えながらもファイヤーボールの魔術を行使する敵方だが、
「氷にて穿つ」
カイトのアイスバレットという氷の弾丸を放つ魔術と相殺する。
「土にて托卵せよ」
今度はゴーレムを生み出した。
ゴーレム……土人形ならば吹雪の影響を受けないためと判断したのだろう。
それ自体は正しいがカイトのブリザードは着々と敵方の体温を奪っていく。
「あと一分ももたんな」
ほぼ的確に戦況を読むビテン。
敵方のゴーレムが軽快にカイトへ襲い掛かるが、
「我が眼前の敵を氷にて穿つ」
カイトの魔術……アイスランチャーと呼ばれる氷の散弾を広範囲に向かって放つソレによって一体残らず滅び去った。
「雷にて襲え」
敵方はライトニングの呪文を唱える。
人の意識を刈り取る程度の電撃を放つ魔術だ。
が、カイトは悉く上を行った。
「水に映る月のように」
カイトが次に行使したのはウォータミラーと呼ばれる魔術。
攻性魔術を反射させる水の障壁を造る魔術だ。
敵方の放ったライトニングは当然攻性魔術。
カイトのウォータミラーに反射されて自分自身でライトニングの威力を思い知ることになった。
超低温と電気ショックによって死にはしないものの意識を奪われる敵方。
「南無」
とビテンは合掌するのだった。
「あう……。すごいね……」
マリンはカイトの魔術の鮮やかさに惹かれていた。
アイスバレットやアイスランチャーは修了しているが、範囲気候魔術ブリザードとベクトル反転魔術ウォータミラーはマリンの知らない魔術だ。
何はともあれカイトが勝ったのだからビテンは魔術図書館への入館権利を得たことになる。
ブリザードもウォータミラーも記録するだけなら容易いだろう。
「さすが私の娘ね」
カナキは狂喜乱舞。
「さっきまでハラハラしてたくせに」
とは思っても面倒であるから言葉に変えないビテンであった。
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