第32話 リッチ討伐


 龍車の中。


 乗り心地は最悪だが贅沢は言っていられない。


 此度のリッチが原因だ。


 先述した様にリッチは人の生気を奪い糧として、なおかつ生気を奪った人間をグールに変えて自身のしもべと化す。


 時間が経てば経つほどグールの群体はその規模を増していくのだ。


 可及的速やかに直撃する必要がある。


 そのために特殊魔術殲滅行使案件への捺印……即ち魔女軍による魔術殲滅の命が下ったのだから。


「で?」


 とこれはビテン。


 顔には、


「不機嫌だ」


 と書かれている。


 あるいは、


「面倒くさい」


 とも取れた。


「結局なんやかやでついてきたけれども何で俺まで巻き込まれてるわけ?」


 まぁ理不尽なことには違いない。


 別段祖国というわけでも無し。


 愛国精神の発露も起きようがない。


 人道上の問題には提議できるかもしれないが、


「自身とマリン以外は死んでいいよ」


 がビテンの思考の下地である以上、十把一絡げがリッチに襲われたところで良心に痛みを覚えることもない。


 ついでに懐事情が痛むわけでもない。


 答えたのは同じ龍車に乗っているクズノだ。


「ビテンはゼロを使えるでしょう?」


「そらまぁ」


 クズノの母親であるライトをゼロで完封した偉業はいくらビテンが問題視していないとしても忘れるには早すぎる。


「リッチは魔術を使いますわ。ビテンはゼロで支援してほしいんですの」


「というと?」


 目を細めてビテン。


 元が聡いため、クズノの(というより魔女軍の)言いたいことはわかっているが確認せずにはいられなかった。


「リッチの魔術をゼロでキャンセルしてほしいんですわ」


「めんどい」


「まぁそう言わず」


 宥めすかせるクズノ。


「なんなら活躍したご褒美にキスしてあげても良いですわよ?」


「いらん」


 容赦なかった。


「今からでも遅くない。Uターンしようぜ」


「ビテンはブレませんわね」


「まぁな」


 当然クズノは褒めていない。


 ビテンとて誇っているわけではなく皮肉だ。


「だいたいゼロを使える魔女は西の帝国にもいるだろ?」


「そうではありますが念には念を」


 クズノは深刻な声だ。


「何せ相手はリッチです。大規模魔術戦を想定せねばなりません」


「お前……」


 とそこでビテンはとある事実に気づく。


「わかってないだろ?」


 の言は飲みこまれた。


 説明する気も起きない。


 馬鹿に説法ではないが元来の不精ゆえに説明する義理を欠いていることは否定できない側面だ。


「結局後方支援ってことか?」


「そういうことになります」


 コックリとクズノ。


「グールはどうする?」


「それこそ魔女軍の役目でしょう」


「さいか」


 農村の一つ二つ程度の人々がグールへと量産されていることくらいは想定していて当然と言える。


 要するに多数のグールとの戦い。


 もっともかき集められたのは帝都生粋の魔女たちだ。


 中級戦術魔術程度は使えるのだろう。


 とすればグールの群体にも適応できるのは自然の理だ。


 ビテンにはどうでもいいことだったが。


「くあ……」


 と欠伸。


「問題は……」


 グールの軽視にある。


 面倒なので口にはしないが。


 グールそのものは問題ではない。


 知性も良識もない屍食鬼には相違ない。


 一般的に世界に現れるモンスターとしても普遍的だ。


 生人死人問わず襲い、その肉を食す。


 それを繰り返すだけの存在。


 グールに襲われた被害者もまたグールとなるが、それは別にリッチの条件とも符合しているため問題視はされない。


 そこでビテンの、


「問題は……」


 に戻る。


 リッチが使役するグールはリッチの配下にある。


 である以上、知性の無いグールの集団と軽視するのはあまりに安直にすぎるというものだった。


 が、ビテンは、


「まぁいいか」


 と自己完結。


「戦場に着いたら起こしてくれ」


 クズノにそう言って龍車の席に寝そべった。


 特に気負いは無い。


 これには理由があるが、ここで暴露することでもない。


 魔女軍の大半がリッチ討伐に向けてコンセントレーションを高める中、ビテンは寝息を立てて睡眠をとっていた。


「ザ・ビテンですわね」


 いい加減ビテンという男がどういう者かクズノも納得してきているらしかった。




    *




「起きなさいなビテン」


 そんなクズノの声が聞こえてきた。


 が、ビテンは、


「むに……」


 と睡眠を嗜む。


「…………」


 それ以上は何も言わずクズノはビテンの鳩尾に一本拳を打ち込んだ。


「げふぁ!」


 と覚醒するビテン。


 お腹を押さえて、


「何しやがる!」


 と抗議。


 当然相手にしないクズノ。


「既に戦闘状況ですわよ」


 端的に言う。


「もう着いたのか?」


「ええ」


「もうちょっと寝たかったがなぁ……」


 ビテンがぼんやりと言う。


 その程度の堕落はクズノにとっても織り込み済みなので、


「はぁ」


 と嘆息するに留める。


 ビテンはのそのそと起き上がると、御者の背中から前方を覗いた。


 闇があった。


 昨晩の内に出立して次の日の昼間に到着した龍車の能力は大したものだが、ビテンにしてみれば、


「面倒事が何時来るか」


 程度の誤差でしかない。


 太陽は天頂。


 今は先述したように昼間。


 太陽光が支配する時間に漆黒の闇がビテンの視界の先で展開されていた。


 まるで風景に黒い絵の具を落としたような不自然な暗闇。


 一種の結界ととる事も出来るが、原理自体は簡単に説明できる。


 ダーカー。


 月の章の魔術だ。


 一定効果範囲の光を吸収して漆黒の闇を造りだす魔術。


 ダーカーを展開した内部は全く視界が働かない。


 ライティングでも照らせない深淵だ。


 ライティングは光を発し、ダーカーは光を吸収する。


 つまり原理上ライティングと相性のいい魔術とも言える。


 もっともそんなことはビテンだけでなく派遣された魔女たちもわかっているので、対魔術魔術を行使するだけだが。


 魔女の一人がゼロの魔術を行使した。


 それだけで闇は風に吹かれた蝋燭の火の様に消え去る。


 そこは村だった。


 家があり畑がある。


 ただし村人は闇が消え去ろうと喜びはしなかった。


 例外なくグールとなっているのだから。


「キシャァ!」


「グアアァ!」


 魔女軍を捉えたグールは新鮮な肉を求めて魔女軍に襲い掛かる。


 現在のところグールを人に戻す手段は存在しない。


 であるため魔女軍は容赦しなかった。


「「「フレイム!」」」


「「「アイスランチャー!」」」


「「「ダスト!」」」


 炎や氷や風の魔術を以て目の前のグールたちを屠りさっていく。


 ビテンはそれらを端から眺めて、宙に浮いているリッチの行使する魔術をゼロで霧散させていた。


「上手くいきすぎている」


 それがビテンの率直な感想だ。


「我が目は万里を睥睨す」


 ビテンはクレアボヤンス(またしてもマイナーな魔術)を起動させる。


 視界が開けてリッチの居場所とグールの配置を確認する。


「やばい」


 それが率直なビテンの感想だった。


 農村は森に囲まれている。


 そして農村にうろついているグールはそれで全てではなかった。


 リッチの命令が行き届いているのだろう。


 機を窺うようにグールの半分が農村を囲む森に潜んでいる。


 その間にも魔女軍は目に見えるグールを殲滅していく。


 目に見えるグールを殲滅して一息ついた魔女軍に、見えない所に待機していたグールたちが襲い掛かった。


「なっ!?」


 と驚愕の声を上げたのはどの魔女だったろう。


 大勢のグールの波が潜んでいた森から湧き出して驚愕狼狽している魔女に襲いかかる。


 戦線は大いに乱れた。


 ある者は頭部を噛み潰されて、ある者は頸動脈を食い千切られて、それぞれ死んでいく。


 これがあるからリッチの指揮するグールの群体は軽視できないのだ。


 それを説明する義理を怠ったビテンにも責はあるが、今更言ってもしょうがない。


 グールに襲われた魔女軍もグールにとって代わり魔女軍を襲いだす。


「お母様……!」


 ビテンの傍に控えて魔女軍を遠くに見ていたクズノが、母親のライトが狼狽しきり為すことをしらない状況であることを憂いた。


 その心境を慮れるビテンでもないが、この際乙女の憂慮は面倒事だ。


「やれやれ」


 もはや魔女軍は潰走する他ない状況。


「しょうがないか」


 ビテンは腹積もりを決めると、


「無に帰せ」


 とゼロの魔術を行使した。


 アンチマジックマジック。


 即ち魔術のキャンセル。


 天然魔術も魔術に相違ない。


 空中で高みの見物を決め込んでいたリッチが雲散霧消した。


 さらにビテンは呪文を唱える。


「火よ連なりて飛び焼かせ」


 フレアパールネックレスの魔術。


 いったいビテンはどれほどのキャパを持っているのか。


「――な!?」「なんですアレ!?」「常軌を逸してる!」


 五十を超える火球が生まれ、重複標的射撃でグールの群体一切を焼き滅ぼす。


 こうしてリッチ討伐は相成ったのだった。

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