第23話 教皇とデート


 学院が震撼した。


 フレアパールネックレスに続きギロチンまでビテンが再現したのだから、魔女や魔女を目指す者にとっての衝撃は察してやれるものではない。


「マリン~。コ~ヒ~」


 ビテンはテーブルに突っ伏していとも平然とマリンを顎で使う。


「はいはい……」


 マリンもマリンで喜んで尽くす。


 ここは図書館。


 ただし学院のソレではない。


 エンシェントレコードの知識を我流翻訳した本が網羅されている飛天図書館。


 即ちビテンのアナザーワールドによって造られた異世界としての図書館だ。


 大きな洋風テーブルには円卓の騎士の如く複数人の魔女が囲んでいた。


 マリン、クズノ、シダラ、カイト、ユリス、デミィ。


 それぞれがタイプは違えど美少女であることに反論の余地も無い。


「はい……ビテン……」


 マリンがビテンにコーヒーを差し出す。


「ありがと」


 ビテンはマリンの淹れてくれたコーヒーを飲みながらここに避難した経緯を思い出していた。


『ビテン! 私に魔術を教えて!』『私にも私にも!』『お姉さんに魔術を教えてくれるなら特典がつくわよ?』『あのぅあのぅ私の教師になってください』


 等々。


 全てを言うのも億劫なのでダイジェストでお送り。


「大人気でしたねビテン」


 デミィはうんうんと満足げに頷いていた。


「っすよねぇ」


 シダラが同意する。


 実際ビテンの人気は右肩上がりだった。


 ギロチンは決して生半な魔女の使える魔術ではない。


 それを平然と行使できる辺りビテンの魔術に対する造詣と技術は並の魔女とは比べることすらおこがましい。


「男でありながら」


 と異を唱える声は消えないが、


「すごい魔術師だ」


 という意見がより増えた。


 結果として魔女の卵たちが支持するのは当然と言え、ビテンに魔術を習おうとする生徒の意見を先述した。


 もっともビテンにとっては厄介事以上のものでもなかったが。


「…………」


 マリンの淹れてくれたコーヒーを飲む。


「どう……かな……?」


「美味しいよ」


 ビテンは率直にマリンのコーヒーを褒めた。


「良かった……」


 ホッと胸をなで下ろすマリン。


 ビテンとマリンとデミィ以外は魔術の翻訳に集中している。


 会話にはポツリと参加するがその程度だ。


 が、次の発言は聞き逃せるものではなかった。


「ビテン~?」


「なんだデミィ」


 これについて学院は政治的空白地帯であるため不敬罪とはならない。


 そうでなくともデミィがビテンやマリンを罰するなど一生をかけても有り得ないが。


「デートしましょう」


 ヒロインたちのページをめくる手が止まった。


「俺とマリンがか?」


 あからさまなビテンの挑発に、


「私とビテンが!」


 あっさりと激昂するデミィ。


「あう……」


 マリンは照れ照れ。


「元々無理を通して学院に訪問したんですよ私は」


「別に楽しい場所じゃなかろうに……」


 テーブルに肘をついてマリンのコーヒーを飲むビテン。


「もうすぐ学院を去るんで思い出くらい欲しいですよ?」


「こっちの都合は無視か」


「ビテンの能力なら本来は学院に通う必要も無いでしょう?」


「…………」


 その通りではある。


 故に反論も出来ない。


 問題が別所にあるのだからコレについての議論は不毛だ。


「で? 俺にマリンを裏切れと?」


「あう……」


「少しぐらい側室の意も酌んでくれると嬉しいんですけど」


 それは一つの炸薬だった。


「ビテン?」


 クズノがジト目でビテンを見る。


「何だ?」


「これだけの女性に囲まれてなおまだ増やそうというのですの?」


「付き合いで言えばお前らよりデミィの方が長いがな」


 それは厳然たる事実。


 枢機卿の家の出であるため世襲制を採用している北の神国で枢機卿になることが決定づけられているビテンである。


 当然若くして教皇の座に着いたデミィとは長年の交流がある。


 というか状況に流されればビテンはデミィと婚約させられかねない。


 本筋ではないが学院に通う一助である事情なのも確かだった。


「思い出。思い出」


 デミィが繰り返す。


「でも教皇猊下が街に出たら色々と面倒じゃないっすか?」


 シダラが言う。


「大丈夫です!」


 デミィは胸を張った。


「私は無敵ですから!」


 あながち間違っていない所が憎らしい。


「無敵?」


 カイトがコクリと首を傾げる。


「はい。無敵です」


「無敵……」


 事情のわからない面々に事細かに説明してやるほどビテンたちはサービス精神豊富ではなかった。


 そんなわけでビテンは(主にマリンの説得に乗る形で)デミィの学院滞在最終日に学院街へと二人で赴くことになった。


 いくつかの異論反論は出たが、


「めんどい」


 でビテンは一蹴した。


 ものぐさなビテンであるから複数人の女子の機嫌を平等にとるなぞ刻苦の極みとも言い換えられる。


 性格と言うより性根が腐っているのだが、およそ彼に自罰感情は萌えない。


「ビテンビテン!」


 反面デミィは嬉しそうだ。


「この服どう思います?」


 服屋にて。


 自身のシルエットに重ねて服を見繕うデミィに、


「いいんじゃね?」


 半端に返すビテンであった。


「そも自分は何をしているのだろう?」


 そんな哲学さえ考えるほどだ。


 これがマリンなら……というのは空想の産物だが。


「じゃあ買っちゃうね」


 少なくとも服の一着や二着で揺らぐ経済事情ではデミィは無い。


 教皇と云う立場もあって御布施として入ってくる金銭は洒落になっていないのだ。


 デミィ自身はその立場とは別に俗物であるためお布施と云う名の血税の上に胡坐をかいて贅沢をするのだが。


「次はビテンの服を見繕おうよ」


「遠慮する」


 ビテンは即座に却下した。


「むぅ」


 不満げに呻かれる。


「そんな目をするな」


 ビテンは両手を挙げて降参。


「学生なんだから学生服以外はここでは通用しないんだよ」


「別にお金には困ってないでしょ?」


 枢機卿の家の出なのだから当然ではあるが、


「だからって散財するのもな」


 後ろめたさにそう言った。


「ビテンは堅物すぎるよ」


「デミィが俗物すぎるだけだ」


「むぅ……」


「なんだよ?」


 しばし睨みあった後、


「口論は止めよ」


「せっかくのデートだしな」


 矛を互いに収める。


「じゃあ今日は私がビテンの欲しい物を買ってあげる」


「そりゃヒモだ」


「いいじゃん。側室なんだから」


「そういう論法はどうなんだ?」


「どこかアクセサリーの露天商とかないかな?」


 銀細工はこちらの世界でも評価されている。


 ちなみに市場の人々はビテンとデミィに興味の視線をやっていたが、両者ともに気にしている様子は無い。


 デミィがいるため問題にもならないことが確定されているのである。


 それは一つの魔術だが、ここでは割愛。


 学院街を周りながらビテンはデミィとのデートを楽しんだ。


 なんだかんだ言って長い付き合い。


 表面上、


「面倒くさい」


 とぼやきはするもののデミィの我が儘に振り回されるのはビテンとしてもまったく今更だ。


 そしてあらかたの市場を回った後、ビテンとデミィはデミィの宿泊している高級ホテルへと戻った。


 護衛を顔パスして部屋に入る。


 それからドサドサとビテンは買った荷物を床に落とす。


 概ね服である。


「意味あるのか」


 と思わないでもなかったのだが、ビテンはデミィの奔放かつ我が儘な様を誰より熟知していた。


 である以上、


「まぁいいか」


 と無理矢理納得する。


 そうでもしないと気疲れする一方であるからだ。


 学院街を色々と回ってアレコレなデート十分に堪能したデミィはビテンに最後のおねだりをする。


「ビテン?」


「何だ?」


「夕食を取りましょう」


「俺は帰る」


「マリンには既に言いつけていますから問題ありません」


「あのさ」


 ビテンは嘆息する。


「だいたいなんでお前は俺が好きなの? ここまで拒絶されながらなんでまだ積極的になれるわけ?」


 ビテンにとっては純粋な疑問。


 答えたデミィは、


「ビテンだけが教皇の立場に萎縮しないでくれるから」


 中々のモノだった。


「畏れ入ります教皇猊下」


「そういうところが高ポイント」


 デミィは苦笑した。


「今日はこの部屋に泊まるといいよ。マリンにも言ってあるし」


「冗談だろ? 狼の巣に挽肉投げ入れるようなものだぞ」


「私が狼」


「俺が挽肉か」


「昔は一緒に寝たじゃない」


「寝具を共にしただけな。誤解を誘発するような言は慎め」


「照れなくてもいいのに」


「心底本音だ」


 それっぱかりは譲れなかった。

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