第16話 エル研究会
「エンシェントレコード研究会……略称エル研究会ですか」
「はあ。まあ」
金色の視線に晒されて多少気後れするビテンは、いつもの不敵不遜な態度を前提としては珍しいものと言えた。
「活動内容はエンシェントレコードの造詣を深めること」
「です」
書類を作ったのは女子たちで代表がビテンとなったため、ビテンが一人で生徒会室へと赴き必要事項の書類を生徒会に提出……この場合は金髪金眼の生徒会長たるユリスに相対することとなった。
「サークルのメンバーはあなたとマリン、それからクズノとシダラとカイト」
「はい」
「活動内容が本学院の講義と同一なのはどういうことでしょう?」
当然と云えば当然。
そもそもエンシェントレコードへの造詣を深めることが学院の講義の第一義と言って過言ではない。
「もうちょっと踏み込んでいこうかと」
そんな釈明。
「何で俺がこんな目に」
そんな光がビテンの瞳に映った。
「…………」
「…………」
しばし沈黙。
それからユリスが嘆息すると、
「よろしい。認可しましょう」
「驚かすなよ」
「そんな意図はありませんが……もしかして私はあなたを無意識に威圧しているのでしょうか?」
「まぁ色々と誤解させやすいオーラを放ってるのは否定しない」
本調子に戻るとズケズケと口にするビテンだった。
「認可の前に聞きたいことがあります」
「何でっしゃろ?」
「あなたは……ビテンは魔術についてどう思っていますか?」
「都合の良い力」
にべもない。
実際その通りにビテンは魔術を使っている。
「都合の良い……ですか」
「魔女が威力を振るっているせいでこの世界は女性優位社会だ。男は労働奴隷や兵役奴隷。こんな社会の根幹に根差すのが魔術と云う名の基盤だろ?」
「ですね」
ユリスは生真面目なオーラを和らげて苦笑した。
「その側面は否定できません」
「魔女以外の女性も差別意識を持っている辺り何だかなとは思うがな」
口をへの字に歪めるビテン。
「あなたは魔術を嫌悪しているのですか?」
「いや、色々助けられてる」
「では……」
「まぁしがらみに絡め取られるのはしょうがないよな」
遠慮がないが本心でもある。
「ましてこの大陸では魔女の優劣が国力に比例するんだ。俺には理解できないが……そういうことなんだろう?」
「私にも理解の及ばない欲情なので何とも言えませんが」
そんなユリスの言葉にビテンは疑問を持った。
「会長は戦争に参加したことがあるのでは?」
「ありますよ。軍隊を魔術で蹴散らして勲章をもらったこともあります。勲章自体は実家に飾っていますが」
大陸魔術学院は政治的空白国家である。
北の神国と南の王国と東の皇国と西の帝国の共有財産であり、ここではありとあらゆる計算が暫定的なものとなる。
「では何故?」
とビテンが思うのも無理はない。
「私は……」
とユリスは語る。
「嫌々人を殺し、嫌々軍隊を殲滅し、嫌々戦果を挙げています」
人の命を奪っておきながら、それは辛味が効きすぎていた。
「ビテンとマリンは北の神国……即ち私の故郷と同じくします」
「ですね」
「である以上私にはあなた方を慮る義務があります」
「義務ときたか」
「戦争は堕落です」
「何を以て?」
「殺し合うという前提の威力交渉なぞするくらいならソレらの人間を建設的な仕事に従事させた方が有益だ」
「否定はしない」
「実際建設的国力に接しているのは男性の方々です。建築技術……農業技術……医学技術……枚挙に暇がありませんが逞しい体を持つ男性こそ社会の根幹と私は思います」
「戦力にはならんがな」
ビテンは皮肉気だ。
「ところで何ゆえ大陸魔術学院が政治的空白地帯か考えたことはありますか?」
「魔術の研鑽において国家による足の引っ張り合いを演じないようにするため……と聞いているが」
「ええ。間違ってはいませんね。五十点です」
「何点満点で?」
「最近アイリツ大陸に近い大陸の武国がこちらを狙っているという情報があります」
「ふぅん?」
大陸間戦争に発展しかねない情報を聞いて眉をひそめるしかないビテンだったが。
嘆息するユリス。
金色の瞳が瞼に閉じられ豊かな胸が会長席に乗せられた。
――巨乳はやっぱり重いのか?
などと痴れ事を思うが、口にしない程度にはビテンは賢かった。
「である以上幾ばくかの懸念は必要でしょう」
「鏖殺も已む無しって聞こえるな」
「事実ですからね」
嘆息される。
「会長は戦争反対?」
「ありとあらゆる殺し合いを否定します。人材こそ国の財産。これを損ねるは頭の悪い判断と云う他ありません」
「そういえば入学式の祝辞で魔女が介入しなくとも兵士は勝手に死んでいく的なことを言っていたなぁ」
「然りです」
コックリ。
「私が学院の生徒会長になったのもコレが原因です」
「面倒事に関わりたくないと」
「ええ。生徒会長としての立場を持てば北の神国の事情を撥ねつけられますから。戦争なんてやりたい人間にやらせておいて、それを傍観しながら紅茶を嗜むのが賢い生き方と云うものです」
「まぁ同意」
ビテンとて魔術的ファシストとは縁遠い存在なので、
「魔術を国家のために捧げよ」
と言われても知らん顔できる人間だ。
「話を戻しましょう。あなたは戦力としての魔術に興味が無いと?」
「ああ」
「では何故エンシェントレコードの造詣を?」
「ま、魔術師の業だな」
嘯くビテンに、
「たしかに」
と合意の言がユリスから返ってきた。
「エル研究会の認可はします。ただしお願いが二つほど」
「聞くだけ聞いてやる」
そろそろユリスの金色のオーラにも慣れた頃合いだ。
「一つ、私をエル研究会に入れてください」
「構わんぞ」
「二つ、ビテンには生徒会に所属してもらいたい」
「そっちはどうだかな」
「役職は庶務でいいでしょう」
「人の話聞いてるか?」
「形だけです」
「?」
クネリと首を傾げるビテン。
「実際の生徒会の仕事に従事する必要はありません。ただ生徒会に所属してもらうためだけの方便とでも思ってください」
「何のために?」
「ビテンと云う財産を戦争で摩耗させないために」
金色の瞳がおちゃらけ無しでビテンを射すくめた。
「つまり」
とビテンが状況を整理する。
「魔女……この際は魔術師か……。俺が北の神国の戦力とならないための防波堤を張ってくれると?」
「そういうことですね」
ユリスが頷く。
「いつでも生徒会に来てください。紅茶くらいならご馳走しましょう」
「それについては問題ないがな」
ユリスには意味不明な返答だったが執着はしない。
「ではエル研究会を認可します。会長?」
「会長はユリスだろ」
「エル研究会においてはビテンが会長でしょう?」
「なんだかなぁ」
嘆息。
「とりあえず活動場所は部活棟の空き部屋を宛がうということでいいでしょうか?」
「あー……。部室はいらん」
平然とビテン。
「青空教室ですか? それともとエンシェントレコードの造詣を深くするというのなら魔術図書館の利用でも?」
「どっちも否」
さらにビテンは言う。
「俺のアナザーワールドを部室にするからな」
「……………………」
さすがに沈黙する生徒会長だった。
おずおずと問う。
「扱えるので?」
「扱えますんで」
ビテンに遠慮は無かった。
元々唯我独尊の性格ではあるため仕方ないのだが。
「俺のアナザーワールドなら紅茶もコーヒーも準備できるし、のんべんだらりと過ごすには十分な環境だ」
つまり生徒会の紅茶を必要ないという証明だ。
「ちなみにアナザーワールドの名は?」
「ビテンライブラリ」
「飛天図書館……ですか」
「然りだな」
飄々と。
「実際の活動は?」
「俺の構築するアナザーワールドは図書館だ。俺の獲得している知識や感情を本として再生した環境を作る。これでもエンシェントレコードに関する翻訳には一家言あってな」
「つまりあなたの記録を図書館にした世界と?」
「そういうこと」
ビテンの言は自負に満ちていた。
「あらかたの北の神国にて証明されているエンシェントレコードは網羅しているつもりだぜ?」
「……………………」
ユリスが沈黙するのも致し方ない。
エンシェントレコードを網羅していると言われて、
「はいそうですか」
と返せるなら世話が無いからだ。
それはあまりに膨大な図書保有量を脳に刻んだということと同義である。
そしてエンシェントレコードのあらゆる章を再現できることにも繋がる。
可不可を問えば不可に傾くだろう可能性ではあるが、ビテンが此処で見栄を張る理由もユリスには思いつかなかった。
「では私もこれからはエル研究会の部員と云うことで」
それだけを確認する。
「あい承りました会長殿」
ビテンは慇懃に一礼。
こうしてエル研究会が発足した。
ビテンとハーレムによるサークルだ。
当然入会希望者が多発したが全て却下された。
元よりビテンたちの衆人環視との切り離しが前提のサークルだ。
そうであるため少数精鋭はしょうがないことであったし、才能の無い魔女の卵にいちいち付き合うのも徒労と云える。
ビテンライブラリ……またの名を飛天図書館。
そにおけるエンシェントレコードの蔵書量は生徒会長ユリスが驚愕するほどのソレであったのだから。
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