第10話 次は殺す
ビテンはジュウナを尾行していた。
シダラとの確執については既に述べられた通りであったが、
「だからどうした」
というのがビテンの意見。
シダラの爽やかさに好意は抱いても、あくまでライクである。
が、ラブであるところのマリンが、
「あう……。ビテン……。シダラを助けてあげて……」
とうるうる涙目で懇願すれば嘆息するより他は無い。
ジュウナは美少女だった。
くすんだ赤い髪に同色の瞳。
赤毛は南の王国でよく見られる特徴だが、全部が全部ではないのでジュウナが四つの国の何処に所属しているかまでは……さすがにわからないしビテンも興味を持ってはいない。
赤髪赤眼はシダラと同じだがくすんでいる分だけジュウナの方に覇気がない。
シダラが深紅だとすればジュウナは渋紅とでも言うべき色合い。
別に髪の色で魔術の素養が左右されるわけもないが、シダラの鮮烈な赤は火属性においてジュウナを上回っている証明の様だ。
ビテンの知るところではなかったが事実ジュウナはソレにコンプレックスを持っていた。
閑話休題。
シダラの後をつけているジュウナの後をビテンはやる気無げについていく。
ジュウナはシダラにしか意識を向けていないためビテンに気付いてはいない。
仮に周囲を警戒していても気付けなかったであろうが。
インヴィジブル。
そう呼ばれる魔術をビテンは行使している。
読んで字の如く透明になる(正確には視覚認知に誤差を発生させる)魔術だ。
本来は偵察や暗殺に使われる魔術だが効果自体が地味なためフレアパールネックレスなどと比べれば一、二段魔女からの人気が落ちる不遇なマイナー魔術でもある。
使えれば情報の掴みようによっては便利だが、ビテンにしてみれば、
「嫌がらせにしか使えん」
ということになる。
そして今実際に嫌がらせに使っているのだが。
フィルムという魔術がある。
これまたマイナーで人気の無い魔術だが、映像石と呼ばれる特殊な鉱物に視覚で得た情報を記録および投射することのできる魔術だ。
ジュウナをインヴィジブルで尾行してフィルムで盗撮している。
これが嫌がらせでなかったらただの犯罪者である。
もっともビテンにしてみればストーキングも茶番の一つ。
「早く終わってくれ」
と願わずにはいられない。
で、予定通りシダラは深紅の髪を風に撫でさせながら学院生の目の少ない方へと向かう。
嫌がらせするには絶好の機会だ。
完全に学院生の目が無くなったところで、ジュウナは冒涜的な笑みを浮かべて前を歩いているシダラに手を突き出す。
単発魔術によくある動作だ。
ビテンの常識論をジュウナは裏切らなかった。
「水にて穿て」
ウォータの魔術を行使。
水の弾丸による衝撃でシダラを吹っ飛ばして濡れ鼠にする。
そしてその一部始終が映像石に記録されるのだった。
後はその映像石を事務か公安に渡せば解決だが、それではシダラが助けられないことをビテンはよく熟知していた。
「やれやれ」
マリニストのビテンにすればマリン以外の人間のために骨を折るのは苦痛なのだが生憎状況が許さない。
しょうがないので呪文を唱えるのだった。
「我は神の一端に触れる者。世界を調律しここに示す」
アナザーワールドと呼ばれる魔術の呪文を。
所謂一つの結界魔術。
ただし現実世界を区切るものではなく四次元方向に単位長さでずらした三次元空間を構築する魔術だ。
完全に別世界を創りそこに自身と対象者を放り込む高位魔術。
キャパの支配率も並大抵ではない。
ちなみにビテンが此度作り出したアナザーワールドは図書室のような空間だった。
そんな場所にいきなり放り込まれたジュウナが当たり前だが困惑する。
「よう。俺のアナザーワールドへようこそ」
ジュウナに声をかけ、ついでに状況を説明する。
「男………………ビテン………………!」
当然だが知られていた。
しかしそれには付き合わず、
「お前の条約違反はこの映像石にしっかり記録したぞ?」
ビテンはドシドシと関取もかくやで話を進める。
「どうやって!?」
「フィルムって魔術で。研究タイプの魔女でもなけりゃ興味の対象外ではあろうがな」
ビテンの持つ映像石が光を空間に投射すると、それは映像となってシダラをウォータで痛めつけたジュウナの一部始終が再生される。
「どうするつもり……?」
状況を察したらしい。
「さぁどうしようか? 事務に持っていくか? 公安に持っていくか? それともここで脅して嬲ってみせようか?」
舐るようなビテンの言に、
「馬鹿ね……!」
多少なりとも冷静になったジュウナは赤い瞳を蘭と燃やした。
「アナザーワールドを使ってるってことは大量のマジックキャパシティを占有させることでしょ? この世界では私の方が有利よ?」
「ふーん」
特にビテンが感銘を受けた様子は無い。
「火よ連なりて飛び焼かせ」
ジュウナはフレアパールネックレスの呪文を唱えた。
するとジュウナの周囲にシダラが先日言ったように三つのファイヤーボールが出現する。
しかして、
「無に帰せ」
ビテンの対魔術魔術で消失する。
「な……! ……ゼロ? まさか!」
驚愕するジュウナをビテンは冷めた目で見やる。
ゼロ。
魔術に対する対抗魔術……その一つの到達点ともされるアンチマジック。
起動された魔術をキャンセルする魔術であり、なおかつ維持定着までが単位時間という出鱈目さ。
少なくともこれ一つで優秀な魔女を名乗れる代物だ。
なおジュウナが驚いたのは、アナザーワールドにキャパを割きながらゼロを並列したビテンの能力に対するものだ。
「あんたのキャパどうなってんのよ!」
「知らん」
あまりに厳然とした……それは事実。
女性しか持ちえないはずのマジックキャパシティを男性として持ちながら、自身でもその深淵をビテンは理解していない。
ぶっきらぼうなビテンの言に、追い詰められたように奥歯を噛みしめるジュウナ。
少なくともビテンがゼロを持つ以上魔術による攻撃は一切通じない。
「さて……」
埒が開かないと判断したビテンは結果へと話題を加速させる。
「ほれ」
ビテンは映像石をジュウナに向けて放り投げた。
「っ?」
慌てて受け取りながらビテンの意図を察しえないジュウナ。
「その証拠物品はお前の裁定に任せる」
「証拠隠滅するわよ?」
「どっちにしろ生かして帰すつもりもないしな」
ボソリと物騒なことをぼやき、
「火よ連なりて飛び焼かせ」
フレアパールネックレスの呪文を唱える。
生まれた火球は二十五にものぼる。
エンシェントレコードに記された炎の真珠の首飾りを忠実に再現した魔術だ。
「……っ!」
それだけでジュウナの心が折れるに十分だった。
自身は三つ。
ビテンは二十五。
さらに言えばビテンはアナザーワールドを並列しているのだ。
マジックキャパシティの深さがどれだけ違うかは、もはや論ずるまでもない。
「骨まで残さず燃やし尽くす。お前をアナザーワールド内で消滅させれば完全犯罪だな」
「うぅ……」
紡ぐ言葉も無い。
後はビテンが知らん顔で塵となったジュウナとともに現実世界に帰還すればいいだけなのだから。
完全にチェックメイト。
行方不明となる自身の未来を幻視してジュウナは希望を捨てた。
紅の瞳に絶望が滲んだのを見て取ると、
「まぁ冗談だが」
ビテンはフレアパールネックレスを解除した。
フツリと二十五の火球が消え失せる。
「殺さない……の……?」
「ああ」
飄々と。
「十分灸は据えた……だろ?」
「うぅ……」
安堵と解放と諦観とで言葉を発せないジュウナ。
「いや、俺自身としては殺した方が手っ取り早いんだがな。それだとシダラが救えない」
それはジュウナには意味不明な言葉だった。
「私がいなくなった方がシダラにも都合がいいんじゃないの?」
「お前、自分はシダラに嫌われてると思ってるだろ?」
「当たり前でしょ」
「仮に本当に対立していたとするなら何でシダラは現状を事務や公安に訴えないんだ?」
「それは……!」
自身がシダラを害しているという時点で思考停止していたジュウナには斬新な視点だった。
「シダラにとってまだお前は友達なんだよ」
「嘘よ!」
ジュウナは、
「信じたくない」
と叫んだ。
「友達って言うのは対等の関係でこそ成り立つの! 私のフレアパールネックレスを掠め取って大きい顔したシダラは友達なんかじゃないわ!」
「面倒くさいなお前は」
それがビテンの心底の本音だった。
とはいえそれだけでは結論に至らない。
「シダラは言ったぞ」
「何て!?」
「お前が自身を苛めて心が晴れるならソレで良いと」
「……っ!」
「仮に殺意の対象になったとしてもお前を失うくらいなら自身を失う方がマシだと」
「っ!」
「一字一句までは合っていないがな」
「嘘……」
「本当に疎ましく思っているなら実力行使に出て当然の状況だろう。少なくとも能力面においてシダラはお前を上回っているんだから」
誠もっともな意見。
「お前のイジメを甘受している時点でそうじゃないことに気づけ」
「私が……酷いことをしたのに……?」
「それさえも友情だとシダラは言ってるんだよ」
「そんな……まさか……」
「まぁ馬鹿馬鹿しい事には違いない」
ビテンの言は身も蓋も無い。
「人間が出来てるとかそんな次元じゃねえよな……シダラは。少なくとも俺なら自身が納得するまで拷問かけて最終的に家畜の餌にするところだ」
「でしょうね」
そうするだけの実力をビテンは持っている。
「で、俺からのお願いだ」
「何?」
「またシダラと友達になってやってくれ」
「正気?」
「少なくともシダラはソレを望んでいるし合理性もここにある」
「何でよ?」
「シダラは自身が優れていることに遠慮する。お前はシダラを責めたことを謝罪する。それで綺麗さっぱり清算だ」
「私がまたイジメを繰り返したら?」
「次は殺す」
特に殺意も無く言ってのけるビテン。
当たり前のことを言っている程度の意識しかない。
論理的帰結とさえ思っている節があった。
「わかったわよ……」
こうして一つの友情がまた生まれるのだった。
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