第8話 付き纏い
「むや~」
目覚ましのコーヒーを飲みながらビテンは小さな奇声を呟いた。
眠気が取れないのだ。
そのためのコーヒーであるのだが。
当然マリンの淹れたものだ。
今日の朝食は小さめのハンバーガーだった。
後はフレッシュジュース。
コーヒーを飲み終えた後に朝食を開始するビテン。
マリンは既にもむもむとハンバーガーを齧っていた。
口が小さいためリスが木の実を齧っている印象さえある。
「いただきます」
呟いてビテンは豪快にハンバーガーを齧る。
マリンとは対照的だ。
「あう……ビテン……」
「朝食は美味いぞ?」
「あう……」
マリンはそうではないらしかった。
「どした?」
その程度の機微がわかる程度には仲が良い幼馴染どうしであり、時間的な付き合いも長い。
「あう……シダラ……だけど……」
「ああ」
それだけで察する。
「面倒事だよなぁ」
それはビテンの率直な意見。
「気にならないの……?」
「煩わしいという意味では気になってるが?」
「あう……」
「どした?」
「シダラ……綺麗だったよね……」
「そうか?」
これを心から言うのである。
ビテンは。
「顔は整ってたし……」
「そうか?」
「瞳も鮮烈で……」
「そうか?」
「髪も……ルビーを溶かしたように……綺麗だった……」
「そうか?」
とかくビテンの肯定を得られないマリンは、
「むぅ……」
と黒い瞳に不満を乗せる。
ハンバーガーをかじかじ。
「ビテンは……ゲイなの……?」
「いいや?」
「だろうね……」
嘆息。
ビテンの事情を知っているための嘆息だった。
「でも……」
マリンは言う。
「シダラが……美少女だと思えないのは……ちょっと頭を疑うよ……」
「へぇ」
特にマリンの言葉を重視しないビテン。
既にハンバーガーを食べ終えてフレッシュジュースを飲んでいる。
別段、
「気にしてない」
というか、
「気に掛けるだけ無駄」
的な言だった。
「俺はマリンが好きだしな」
率直に好意を口にするビテン。
「あう……!」
カァーッと真っ赤になるマリン。
「ん。可愛い」
ニカッとビテンが笑う。
「あう……駄目……」
「何が?」
「ビテンは……私を……好きになっちゃ……駄目……」
「とは言われてもなぁ」
少なくともビテンはマリンが好きだ。
そしてマリンの好意にも気付いている。
相思相愛。
なのにマリンはビテンを受け入れる気が無いらしかった。
そも、そうでなければ二人は一線を越えている。
そうでない以上副次的な原因があるのは明瞭で……だからこそマリンの拒絶はビテンには理解不能な代物だ。
「マリンは俺が好きなんだよな?」
「あう……」
言葉に詰まるマリン。
が、それだけでビテンには察せられる。
「で? 何の問題が?」
「それは……」
「それは?」
「言えない……よ……」
「ふぅん?」
わからないと思いジュースを飲み干すビテンだった。
そして、
「ご馳走様」
と一拍。
立ち上がろうとするビテンにマリンが声をかける。
「ビテンは……!」
「ビテンは?」
「私じゃない……好きな人を……つくるべき……」
「気が向いたらな」
「気を向けて……」
「それはマリンにも言えるだろう?」
「っ……!」
「マリンが俺じゃない人間を好きになったら考えてやるよ」
「あう……」
いつもの通り呻くマリンだった。
*
学院の新入生は神話学や独学で以てエンシェントレコードに触れる。
そのため魔術実践講義がある。
魔術は四か国においては戦力または国力に直結する。
である以上、魔女兵は重要な国の礎だ。
そうでなくとも高位の魔術を扱えることは魔女にとってステータスとなるため誰もがソレを求める。
もっともキャパは先天的なモノであるため魔女にも限界は存在するのだが。
「火よ連なりて飛び焼かせ」
目標だったゴーレムにフレアパールネックレスが襲い掛かる。
当然ビテンの魔術だ。
此度ビテンが生み出した火球は二つ。
一つがゴーレムの脚部を爆破して、もう一つがゴーレムの全体を爆殺する。
「おお……!」
と感嘆の吐息が周囲から漏れた。
魔術実践講義は他のクラスの生徒も見学する重要度の高い講義だ。
であるため示した力が学院中を噂として駆け抜ける。
もっともビテンにおいては既に学院中に知れ渡っているため意味が無いと云えば無いのだが。
次はマリンの番だった。
マリンは対象のゴーレムに向けて手を差し出す。
そして呪文を唱える。
「火にて燃えよ」
フレイム。
火属性の初歩魔術だ。
炎の濁流を生み出して対象を焼き滅ぼす魔術……ではあるがさほど攻撃力は無い。
何よりファイアーボールやフレアパールネックレスと違い爆発力が無いため、熱するだけの魔術に相違ない。
土で出来たゴーレムとは相性の悪い魔術だ。
さらに言えばマリンのキャパは劣等生のソレと言ってよかった。
結果は言うまでもない。
ビテンとマリン。
いつも一緒にいるためビテン同様マリンも魔術に達者だと思っていた生徒たちは一斉に落胆するのだった。
「あう……」
と呻くマリン。
そんなわけでマリンのデビューは散々なモノだった。
「や、ビテンが連れ添っているからどの程度かと思えばちょっとお粗末っすね」
シダラの遠慮ない言葉に、
「あう……」
とマリンが委縮する。
「殺すぞ」
ビテンは不機嫌だ。
マリン第一主義者としては聞き逃せない言葉だった。
「ビテンが魔術を教えたりはしないっすか?」
「そりゃ教えてはいるがな」
それだけでシダラに伝わった。
「キャパが足りない……と」
「然りだな」
事実は事実としてそこにある。
であるため否定も出来なかった。
パスタをアグリと食べるビテン。
時は昼休み。
場所は学生食堂。
ビテンとマリン……それからシダラとクズノがその場にいた。
「そういうあなたも火属性しか得意では無いようですけども?」
この皮肉はクズノのものだ。
「やはは。痛いっすね」
言葉に含んだ通り大して気にしているわけでも無い。
「それでビテン」
「何だ?」
「当方と契約しないっすか」
「契約?」
「然りっす」
コックリと頷くシダラだった。
「どんな契約だ?」
聞くだけ聞いてみるビテン。
「当方と婚約すると云うのは」
「却下」
けんもほろろ。
「何ゆえでっす?」
「俺はマリンが好きだから……だな」
「あう……」
ビテンの告白にマリンが狼狽える。
「あう……。ビテン……?」
「どうした?」
「シダラの話は……良いと思うよ……?」
「それはマリンの観点だろう? 俺は違う」
「あう……」
「だいたい面の皮が厚すぎですわ。ビテンはわたくしのものです!」
「それも違うがな」
「何故ですの!」
「言わなきゃわからんか?」
「むぅ……」
呻くクズノだった。
「少なくともクズノにしろシダラにしろ俺は諦めろ。俺はマリンが好きなんだ」
「駄目だよビテン……!」
「それを決めるのはマリンじゃない」
「あう……」
言葉を失うマリン。
「でも愛を囁く分には問題ないっしょ?」
「ですわね」
「うん……」
シダラの提案とクズノの言葉にマリンが頷く。
「あーのーなー」
ビテンはうんざりとして言った。
「俺はマリンに惚れている。お前らの出る幕はねぇよ」
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