第2話 入学式当日


「うーあー」


 大陸魔術学院。


 その入学式当日の朝。


 学院寮の一室に黒髪黒眼の美少年と美少女がテーブルを挟んで対面していた。


 当然ビテンとマリンである。


「うーあー」


 そう鳴いているのはビテンの方。


 ウニ頭がちょっと残念だが顔のつくりは大変よろしい。


 少なくともマリンが恋慕する程度には。


 マリンも黒髪ショートだが、こちらは髪の一本たりとも跳ねてはおらず大人しく低きに流れる水流の様におとなしめ。


 ビテンの美少年ぶりに決して劣らない美少女で、ビテンが惚れるのも無理はない美貌を持つ。


 ビテンは自分を、


「マリニズム主義者」


 と称しており、三度の飯よりマリン好きだが当のマリンも承知しているからこういった状況と相成った。


 というより事情が事情でビテンはマリンと同じ家の出身なのだ。


 男女でありながら学院寮の相部屋を許されているのはその辺に事情がある。


「うーあー」


 白米を食べながら寝ぼけ眼をフラフラさせているビテン。


「あう……大丈夫……?」


 マリンは心配そうに言う。


「だいじょーぶ」


 これを眠たげに言うのだ。


 説得力が希薄にもほどがある。


 特に説得しようとも思っていないビテンであるから、これについて憂慮は馬鹿らしいのだが。


「御飯……美味しい……?」


「超美味い」


 気だるげにサムズアップ。


 ちなみに朝食は白米と魚の干物とキノコのスープだ。


 政治的空白地帯である大陸中心の魔術学院は関税が国境より緩いため東西南北の国々から色々なものが流入してくる。


 特に食物に関しては大陸を網羅していると言って過言ではない。


 なおマリンは家事全般に関しては器用であるため北の神国、南の王国、東の皇国、西の帝国……それぞれの形式料理を幅広く習得していた。


「あう……美味しいなら良かったよ……」


 マリンは照れ照れ。


 こういったところがビテンの恋心をくすぐるのだが照れて言えないのも事実で。


 だから、


「ご馳走様」


 と一拍した後、


「ありがとな」


 とだけ言ってニッコリ笑う。


「あう……」


 それだけで十全に伝わるのは、


「マリンだから」


 と云う他ない。


 食べ終わるとビテンはクタリと床に寝そべった。


「マリン~。コ~ヒ~」


「はいはい……」


 まさに駄目人間のお手本。


 付き合うマリンも大概だ。


 こと生活全般においてビテンは完全にマリンに依存している。


 マリンもマリンでビテンに尽くすことに喜びを感じているため、むしろすすんでフォローする。


 少なくともこの場にツッコむ者はいなかった。


 二つのカップに二人分のコーヒーを注ぎ、寮部屋のダイニングで目覚ましのコーヒーを飲む二人。


「…………」


 しばし沈黙の妖精が飛び回り、カップと受け皿の衝突音のみが響いた。


 口を開いたのはマリン。


「そろそろ支度しないと」


 先述したが今日は大陸魔術学院の入学式である。


 大陸中の魔女の卵が一堂に会する儀式の日だ。


「別にサボってもいいんじゃね?」


 ビテンは有り得ないことを口にする。


「別に入学式は必須単位じゃないしな」


「あう……駄目だよぅ……」


「俺的には時間の浪費だ」


「あう……」


 困ってしまうマリン。


 言葉を探しているとビテンが手の平を返した。


「じゃ、面倒だが着替えるか」


 そう言って立ち上がった。


「あう……サボらないの……?」


「心情的にはサボりたいがマリンを困らせるのは俺の教義に反する」


「あう……」


 赤面するマリンだった。


 そんなこんなで二人は寝室で制服に着替える。


 マリンは漆黒のセーラー服を纏い灰色のマントを羽織る。


 灰色のマントは学院生……即ち魔女であるという証だ。


 魔女として完成すればまた別の色のマントを栄誉として授けられるが未熟な内は灰色のマントが常道である。


 ちなみに灰色のマントはビテンにも支給されているが、


「誰が着るかこんなの」


 とビテンは嫌がった。


 そんなわけでビテンは漆黒の学ランだけを着て入学式に臨むことになる。


 元よりビテンはマリンの付き添いだ。


 マリンの両親からマリンを任されている身の上である。


 それにしては家事一切をマリンが仕切っている現実と擦り合っていないが当人たちが「良かれ」と思っているため口の出しようもないのだが。


「ビテン……」


「何だ」


「会場まで手を繋がない……?」


「構わんぞ?」


 あっさりとビテンはマリンの華奢な手を握る。


「ビテンの手は……大きいね……」


 赤面しながらも嬉しがるマリン。


 こんなところがビテンには可愛く映り、御飯の三杯はいけそうなほどだった。




    *




「あの噂、本当だったんだ」


「てっきり冗談だとばかり」


「本当に魔術使えるの?」


「男の分際で私たちと肩を並べるなんて」


 だいたいビテンを見た女生徒たちの感想である。


 大陸魔術学院は魔女を育てる教育機関。


 そして魔女と云うからには女性を迎え入れる機関でもある。


 というよりキャパを生まれ持つのは女性に限られ、即ち魔術を行使できるのは女性だけと云う現実がある。


 国家間戦争の三割は魔術で趨勢が決まるため魔術を使える女性が優遇されるのはしょうがなく、男性は一介の兵士として戦場に赴き魔術の餌食となるのが常識だ。


 本来ならば。


 が、ビテンはあまりに希少な例外。


 男でありながら魔術を行使する存在なのである。


 何ゆえビテンがマジックキャパシティを持って生まれたのかは当人にすらわかっていない事柄であるも、それでも入学試験ではっきりと魔術を行使したため大陸魔術学院の生徒と相成っている。


 世界でただ一人、魔術を使える少年。


 当然そうである以上学院に通う生徒にしてみればウーパールーパーのような珍獣とみられて不思議はない。


 何より美少年であることが尚さら人目を引いた。


 マリンと仲睦まじく手を繋いでいるため話しかける猛者はいなかったが、注目には値する。


 ビテンにしてみれば、


「鬱陶しい」


 との感想だが、煩わしさは堪忍する他ないため無視を決め込む。


 そして新入生が入学式会場に集まる。


 ビテンは堂々と、マリンはおずおずと、それぞれ隣同士の席に座っている。


 マリンは押しの強い性格とは言えないため悪目立ちしているビテンへの視線にすら恐怖を覚えていた。


 ビテンもそれを察しているため、安心させるようにマリンの手を握っている。


 入学式が始まる。


 理事長の挨拶。


 校長の祝辞。


 貴族の激励。


 それらを消化していき、生徒会長の言葉となった。


 大陸魔術学院生徒会長……名をユリス。


 その名を知らぬ魔女は大陸にはいない。


 出身はビテンとマリンと同じく北の神国。


 北の神国の保有する戦術レベルの魔女と名高い逸材である。


 北の神国が小競り合いを続けている東の皇国と西の帝国との国境を定義するのに相応しい能力の持ち主だ。


 髪も瞳も金色で、こう言っては俗物的だがオーラがある。


 それも華やかにして威圧的なカリスマと呼ばれるソレだ。


 さらに奇跡的な美貌の持ち、なおプロポーションも抜群で胸も大きく、


「天は二物を与えず」


 を反証する存在だ。


 学院はビテンを除けば女性十割の環境であるため春の道を踏み外す者も多く、ユリス会長は「お姉様」と下級生に慕われていた。


「あー……」


 と言葉を選んでいるのだろうユリス会長は間延びした声を出し、


「祝辞の資料を失くしたためてきとうに喋らせてもらう。許せ」


 ありえないセリフを吐いた。


 それについてツッコミが入る前にユリス会長はペラペラと喋り出す。


「新入生諸子。まずは入学おめでとう。ここで魔術と云う名の神秘を学び切磋琢磨することは君たちの今後の人生において有意義なものとなるだろう。一念天に通ずという。新入生諸子には誇り高い魔女となることを期待するところである」


 ここまでは良かった。


 そしてユリス会長の言葉はありえないベクトルへと向けられる。


「新入生諸子が何を思って魔術の研鑽を行なうかは私の知るところではない。が、先回りして忠告するならば各々の祖国の戦力となるために攻性魔術を習得しようというのなら全くの徒労だと断言しておく」


 新入生たちがどよめいた。


 当然だろう。


 大陸魔術学院に通って魔術の技を極め国の礎となろうという魔女たちにとってはレゾンデートルを否定されたも同然だ。


 強力な魔女となれば宮廷直属の魔女となり名誉も栄誉も思いのまま、という観念もある。


 ビテンとマリンは特に反応してはいない。


 金色の髪と瞳にオーラを乗せてユリス会長は続ける。


「何故なら諸君らが思っているほどに人類は賢くないからだ。諸君らが強力な魔術を覚え、戦争に参加し、敵対する兵士たちを殺したところで……そんなものは流血の大河に一滴の血を加えるだけの行為に過ぎない」


 本当にてきとうに喋るユリス会長だった。


「諸君らが手を汚さなくとも兵士は勝手に死んでいく。諸君らが強力な魔術で敵対する軍隊を一網打尽に出来たとしても、そうでない場合は別の人間が殺すだけだろう。魔女を戦力と数えるか否かは要するに二択のようなモノだ。自身の手を汚して直接的に殺害するか。全く関係ない所で殺害されるか。少なくとも職業軍人にとっては誰に殺されようとも死は死であるため諸君らが手を汚さなくとも勝手にくたばっていく。その死体を積み上げて栄誉を得たいというならば特に言うことは無い。が、それが諸君らの願望だというのなら代替可能な現象であることだけは肝に銘じていてほしい」


 奇妙な空気が流れた。


 魔女こそ戦争の要であり国力に直結するという信念を持つ者にとっては痛烈な皮肉であったろう。


「当学院は政治的空白地帯であるためしがらみに囚われることは無い。魔術と技術の発展に貢献するにこれ以上の環境はあるまい。戦力としての魔術より研究としての魔術を是非とも諸君らには学んでほしいというのが私の本音だ。ぶっちゃければ戦争なぞ他人に任せて勝手に殺し殺される業を深めさせて、それを傍観しながら茶を飲むのが賢い生き方だと言っておく」


 実際に戦争を経験したユリス会長の言葉であるから否定材料は新入生には見つけられるはずもなかった。


「まぁ将来において魔術をどう使うかは当人に任せるとして、少なくともこの学院に在籍している内は魔術を研鑽し理論を構築し世界法則の解明に勤しんでほしいところだ」


 そして金色の瞳に皮肉を乗せてユリス会長は肩をすくめる。


「まぁ私からはこんなところだ。ではな」


 そして壇上から降りる。


 魔女を戦力と数えないユリス会長の言に、魔術こそ国力と認識していた魔女の卵たちは圧倒されていた。


 そして諸々の儀式が終わり新入生は正式に学院の生徒と相成るのだった。

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