第24話 逆鱗




 馬と他の動物を組み合わせた、僕らを運んでくれたキメラ馬のことを思い出していた。

 あの馬はどうにも、翼と身体の比率がおかしくて僕は納得できない。

 翼の風を受ける部分の面積があれだけでは身体は羽ばたいても飛べないからだ。

「もう少し大きな翼をつければよかった」のにと、あの馬を見た時は思った。

 しかしあまりに大きな翼であったとしても、やはり翼が重くて生活できないし飛ぶことはできない。


 馬に翼をつけるのはやはり無謀だ。


 しかし、魔女の身体に蛇の胴体をつけたり、他の得体のしれない生き物とを組み合わせることへの無謀さには負ける。

 僕の左の肺にまで爪を食い込ませているこの生き物は一体何なんだろう。


「アナベル! また偽物をつれてきた!!」


 は僕を力いっぱいアナベルに向かって投げつけた。左肺の痛みに注意力が削がれ防御が間に合わず、僕とアナベルは激突し、二人とも吹き飛ばされた。

 僕はアナベルが緩衝材になったが、アナベルは壁に思い切り打ち付けられる。は目は縫われていて見えない状態なのにどうやら物の位置は解るらしい。


「あんたは悪魔よ! あたしに嫌がらせばかりする!! どうしてノエルと2人きりにしてくれないの!?」


 その蛇のような身体で周りのしかばねも全て叩きつけた。その衝撃で屍たちはつぶれたりバラバラになったりして動きを止めた。

 僕の身体をガーネットが抱える。徐々に傷は塞がってきていたが、胸の傷を治すためにガーネットは更に僕の血液を飲んだ。

 傷口はすぐさま塞がったが、速度としては今までで一番傷の治りが早い。

 明らかに飲み過ぎている。


「この魔女を私が殺す!」


 ガーネットはアナベルの前に立つと、その鋭い爪で首を切り落とした。

 その断面を見ると組織が死んでいるような色をしていて、動脈が切れているはずなのにろくに出血しない。


 ――やっぱり出血があまりない……


 アナベルという魔女は、自分がバラバラになっても死なないように自分に魔術をかけているのだろう。

 だとしたら常に発動している術式。

 身体のどこかに術式の核があるはずだ。


「ガーネット、その魔女は自分に何らかの術式を常にかけている。その核を壊せば死ぬはず……」


 ガーネットはアナベルの首を片手で掴みながらその核を探した。


「僕はこっちの相手をする……」


 ズルズルと這いずっているリサに僕は近づいた。


「シャーロット、まだ……?」

「もう終わります……」

「早くしてくれ……!」


 アビゲイルの心臓の部分とほぼ分離が終わっていて、あと数分というところだった。


「アナベル、今日こそは許さないわ。バラバラにして遊んであげる」

「リサ、僕だ。ノエルだよ」


 殺すしかないのだろうかと迷ってしまう。

 こんな姿になってしまってただ殺されるなんて酷すぎる。傷痕や何度も射たれた注射の痕と、その精神的な錯乱はその凄惨さをそのまま物語っている。


「ノエルじゃないわ……あたしが丁寧に食べたの。まだノエルがあたしのお腹にいるのよ? ふふふふふふ」


 彼女が蛇の胴体を長いギザギザの爪でなぞると、シャリシャリという音が聞こえてきた。


「それは幻だ。僕はここにいる」

「そう……あぁ、わかったわ。ノエルの複製品ね? 声もよく似ているわ。でもあたしには本物がいるから大丈夫なの」


 リサは僕にまきつき、僕の身体を締め上げた。

 素早い動きで対応できなかった訳ではない。殺すことへの躊躇いがそれを許してしまった。

 蛇は全身が筋肉のようなもので、物凄い力で絞められてミシミシと僕の骨が悲鳴をあげる。

 リサの目の糸をよくみると、魔術式が細かに刻まれているのが見えた。

 術式の詳細は途切れ途切れで解らないが、縫われている糸を切って目を開けたら、僕だと解るだろうか。


「リ……リサ……目をあけて僕を見ろ!」


 リサの目を縫っている糸を僕は魔術で切り払った。

 糸が切れたリサは微かに悲鳴をあげた後に、ゆっくりと目を開ける。目を開けたリサはギョロギョロと目を動かし、周りを見る。

 正気に戻ったようにも見える。

 そして巻き付いている僕に焦点を合わせると、何秒も僕のことを見つめた。


「リサ、僕だよ。本物だ。大丈夫か? リサ……」

「あ……あぁ……あああああ……」


 僕を見て、それから自分の身体を見て、目を更にギョロギョロさせて見開いている。

 僕から離れ、這いずりながら僕から逃げるように再び自分が捕らえられていた部屋へ戻って行ってしまった。


「はぁ……食われるかと思った……」


 リサをどうしたらいいか解らないけれど、ひとまずアナベルをなんとかしなければならない。

 僕は水の膜で保護しているご主人様に近づいて「もう少しこのままでいてください」と言った。ご主人様は「ふざけんな俺を出せ!」と言っているようだったが、ここが戦場で危険がある以上は出すわけにはいかない。

 ガーネットはアナベルの身体をバラバラにしていて、内臓の中や骨の中まで探っているが中々術式の核が出てこないようだ。

 酷い異臭がする。

 こんな身体でさっき僕を誘ったのかと思うと余計に気分が悪くなってくる。

 僕はネクロフィリアではない。


「ガーネット、見つかった?」

「いや……」

「ここに置いていこう。殺すのも時間の無駄だ」

「それはできない! 私の弟を侮辱した罪は償ってもらう」


 引き下がらないガーネットを見て、僕はその強い怨嗟が少しでも和らぐならと許容する。


「……わかった」


 アナベルの頭をテーブルの上に置いた。

 するとその生首の目が開き、笑みを浮かべて話し出す。


「あたしは死なないの。あたしが死なない限り、あの吸血鬼はあたしのしもべ」

「彼を解放しろ」

「あの化け物のいる部屋を封鎖してくれたら考えるわ」

「リサの?」

「言ったでしょう。手に負えないって」

「…………そんなにリサが怖い?」


 僕はアナベルの頭を持ち上げ、リサのいる部屋へと脚を運んだ。


「何するつもり!? やめなさい!!」

「彼を解放してくれたらやめてやる」


 リサのいる部屋に入ろうとすると、ビタン! と蛇の尾が飛んできた。


「来ないで!!」


 大きな声でリサがそう叫ぶ。

 アナベルは頭だけなのになんだか震えていた。歯をガチガチと鳴らし、震えている。

 よほどリサが怖いらしい。手に負えないようなものを作り出して滅亡したいという願望でもあるのだろうか。


「ガーネット」

「……なんだ?」

「これ、部屋に投げ入れていいよ」

「ちょ、ちょっと、何言ってるの? やめなさい! ふざけないで! 解ったわ。あの吸血鬼は返してあげるから!!」


 ガーネットはアナベルの頭を僕から受け取り、今一度アナベルと向き合った。


「私の弟をよくもあんな姿にしてくれたな? 死ねない苦しみを永遠に感じればいい」

「嫌! やめて!! 謝るわ! ほら、今解放したわよ! だからやめて!!」

「謝って済む問題ではない。絶対に許さないからな」

「いやよ、やめて! 許して!! キャァアアアアッ!!!」


 ガーネットが闇に向かって頭部を放り投げると、床に着地したのかゴロゴロという音が聞こえた。

 アナベルは頭だけで動けない状態のまま、リサの目の前まで転がった。

 アナベルは肺もないのに懸命に息をしようとするが、気道が床でつまって息が吸えないでいた。

 暗闇に怪しく光る二つのギョロギョロと動く目は、アナベルと目を合わせた。

 アナベルはこれ以上ないくらい目を大きく見開き、リサを見る。


「あたし、どうしちゃったの? なんなのこの身体……」

「リサ……元に戻してあげるわ。だからあのノエルの偽物をやっつけてあたしを戻して……?」


 リサはズルズルと動いて自分の蛇の胴体でアナベルの頭を包み込んだ。


「アナベル……あたしの目をドーラの幻覚の魔術をかけた糸で縫い付けて、その間にあたしの身体を実験材料にしたわね……?」


 ギリギリとアナベルの頭部は締め付けられていった。


「リサ……許して……あなたを治すわ……」

「この期に及んで嘘? あんたには治せない。あんたは嘘つきの最低なクズよ」


 ブチブチブチとリサの口の端を縫っていた糸が、彼女が口を開けるのと同時に裂けた。

 アナベルの頭を丸のみにできるほど大きく口を開く。


「やめてリサ! やめてぇええええええ!!!」


 アナベルの声は徐々に小さくなり、やがて聞こえなくなった。

 その後からすすり泣く声が聞こえてくる。アナベルは呑まれたのだろう、叫び声などは聞こえない。

 僕は部屋の外から、リサに向かって話しかけた。


「リサ、入ってもいい?」

「いやよ、あたしを見ないで!」


 そう言われたが部屋に入ろうとすると、ガーネットに肩をつかまれて止められる。


「やめておけ。もうじきあの白魔女も終わる。置いていけ。どうするつもりだ?」

「話がしたい。行かせて」

「…………いつもお前は止めても聞かないな」


 ガーネットをよく見ると、白目が充血していた。それにいつもより牙が鋭利になっているような気がする。


「ガーネット……」

「早く済ませてこい」


 僕は息を一度吐き出しながら、リサのいる部屋に一歩踏み出した。


「来ないでって言ってるでしょ!!」


 スパンッ!


 刃の魔術が僕の頬をかすめて飛んでいった。僕の頬と耳が切れるが、その傷はすぐに塞がる。

 痛みだけが一瞬残り、僕の歩みを止めた。


「リサ、話を聞いて」

「いやよ、こんな醜い姿あなたに見られなくない」

「大丈夫……シャーロットが治してくれる」

「嫌……いやよ……」


 暗闇でも見える僕の目には、おぞましい姿のリサの姿がしっかりと見えていた。

 蛇の胴体は5メートルはあろうかという長さで、毒々しい模様をしていた。色までは解らないが、その恐ろしい容姿からは想像できない可愛らしい女性の声ですすり泣いている。


「リサ、一緒に逃げよう」


 そう言うと、リサは戸惑った声をあげる。


「え……?」

「ここにいたら殺されてしまう」

「いやよ! 出て行きたくない! こんな姿……」

「リサ……」

「どうして!? どうして今になって優しくするの!? あたしより吸血鬼の方を選んだくせに! あたしのことなんてどうだっていいくせに!!!」


 リサは泣きながら僕にそう問いかける。


「僕は別に吸血鬼を選んだわけじゃない。僕は何も選べなかった」


 また一歩、リサに近づく。

 リサは警戒して僕との間合いを取ろうとする。

 蛇の胴体がズルズルと動く。


「リサ、僕を好いてくれたことは嬉しいよ。僕はずっといろんな人や魔女に疎まれて生きてきた」


 もう一歩リサに近づく。


「だからリサのことを信じられなかった。ずっと魔女に実験されていたんだから当然だろ? 怖かったんだ」


 あと一歩でリサに手が届く距離。


「今のリサと同じだ。僕の気持ちが解るだろ? もうそんなに怯えなくていい。一緒に逃げよう」

「ノエル……」


 僕はリサの腕に触れた。やけに冷たい。

 リサは泣きながら僕に抱き着いてきた。

 華奢な彼女の上半身を抱き留めると、実験の酷い情景が浮かんでくるようだった。


「暖かい……幻じゃないのね……」

「あぁ……」

「ずっとあたし……幻術の中にいた。幻のあなたは暖かくなかったの……でも、それが真実だと思ってた……」

「…………行こう。時間がない」


 かける言葉を探すのは苦手だ。

 いつも言葉が見つからない。

 リサは僕を抱きしめていた腕をほどいて軽く僕を突き飛ばした。


「……リサ?」

「いいの。あたしは行かない……行っていいわ」

「どうして?」

「もういいの。あなたに抱きしめてもらえて……あたし、幸せよ。それだけでいいの……」

「何を言っているんだ。身体は治るから――――」

「あたしは……嫉妬の罪名をもらった魔女よ。でも、やっぱり嫉妬なんて美徳じゃなかった。あたしは苦しんだだけだったの。力を使えばあなたを自分のものにできるって思ってた。違ったわ。追い求められるほどあなたは遠くへ行ってしまう」


 リサは僕の背中を手で押す。押されるがまま僕は部屋の出口へと向かう。

 部屋から完全に出たところで僕はリサに向き直った。


「今ある幸せを抱きしめていることが、本当の美徳なの。あなたがあたしを少しでも求めてくれたことが、あたしにとって最高の幸せよ」


 リサは僕の頬に冷たい手で触れる。


「あなたと一緒にいたら、あたしはもっとほしくなってしまう。だから一緒にはいけない。あたしはまたあなたを失ってしまうわ」


 泣いている顔は、元々の可愛らしい顔とはかけ離れていたが、記憶の中にある元のリサの顔を思い出させた。


「ノエル、終わりました!」


 ふり返ると、アビゲイルが肉塊から完全に分離している姿があった。シャーロットが抱きかかえている。ガーネットも弟を担ぎ上げ、僕の方へ歩み寄ってくる。


「話は済んだか、もう行くぞ」

「あぁ……」


 もう一度リサの方を見ると、リサは泣きながら笑って「行って」と言った。

 ガーネットに引っ張られて僕は何度かリサの方を振り向いたが、リサは部屋の奥へ消えてしまった。


 ――リサ……


 いつまでもここにいるわけにはいかない。

 ご主人様の水泡を解除すると、水は床に散らばった。

 ご主人様は真っ先に僕の方へ歩いてきて、僕の左頬を平手打ちする。


 パシン!


 痛みと共に、僕の髪が揺れた。


「何をしている!? 争っている場合か!!?」


 僕の腕をガーネットが引っ張って下がらせる。


「お前、死にかけたんだぞ。解ってんのか!?」

「ごめんなさい……」

「やめろ、出てからやれ! この馬鹿ども!」


 僕は不安が込み上げてくる。

 彼が治ったら、僕はもういらなくなるのだろうか。しかし、それを考えている時間はない。


「ガーネット、彼を担いで走れる?」

「あぁ……この馬鹿が暴れなければな」

「俺は自分で走れ……ゴホッ……ゴホッゴホッ……ガハッ……!」


 ご主人様の口から血が吐き出される。


「ハァ……ハァ……」

「その身体では走れない」


 ご主人様は口をつぐんで顔をそむけた。

 その様子に僕も目をそむけたくなったが、ガーネットにご主人様を担ぐように頼んだ。ガーネットはそれぞれの腕でラブラドライトとご主人様を担ぎ上げる。

 僕の血の影響で、力がみなぎっているのだろう。


「大人しくしていろ。喧嘩なら無事に帰ってからにするんだな」

「……」


 シャーロットはアビゲイルを抱きかかえている。


「シャーロット、アビゲイルは僕が担ごうか?」

「……お願いできますか? 少し疲れちゃいました……」

「あぁ、僕が背負う」


 僕は小柄な少女をシャーロットから受け取った。アビゲイルは生きているようだが、意識はない。僕はアビゲイルを背中に背負う。

 大して重みを感じない少女に対して酷く悲しい気持ちになった。


「行こう……」

「あのバカな魔女を助けるのか?」

「……できたらね」

「ふん……」


 もう一度僕はリサの部屋の方に向き直った。部屋からは出てくる気配はなく。やはりリサはついてこないようだ。

 僕らは来た道を走り出した。




 ◆◆◆




【キャンゼルのいる部屋】


「この役立たずが!!」


 部屋は燦々さんさんたる状態だった。

 ゲルダが報告に来た魔女を、切り刻んで殺した肉片や血で部屋の半分は汚れている。入口を正面に見た時に右側だ。なぜならゲルダが右手を一なぎするたびに、魔女たちの死骸は右側に吹き飛ぶからだ。

 キャンゼルは元の姿に戻り、ガタガタと震えていた。

 脚の骨が折られたり、肉を焼かれたりの拷問を受けた後だった。もう自力では動けないため、拘束はされていない。


「ゲルダ、落ち着け」

「くっ……本当に役に立たないわ!」


 キャンゼルは震えながらノエルが来てくれることを切望していた。

 自分でどうにかするには荷が重すぎる。雷使いのクロエと、破壊を司るありとあらゆる魔術を扱うゲルダ。

 何をどうしたら助かるのかキャンゼルには解らなかった。


 ――ノーラなら……あたしに助言してくれるのに……


 そんな考えでは駄目だ。

 ノエルはいつも自分でなんとかしようとしていた。自分もそうしないといけない。


 ――でもこんな体じゃ逃げられない……シャーロットがいたら……


 シャーロットのことを思い出したときにキャンゼルはひらめいた。

 キャンゼルはまず、自分の身体の折れていたり、酷い状態の箇所を『再現』する。術を解けば、またこの状態に戻ってしまうだろうが、一時的に逃げる為ならそれでいい。

 あの二人に気づかれないように。

 突然立っていたゲルダが具合が悪そうにその場にしゃがみ込む。背中の翼の付け根を押さえてうめいている。


「そんな状態でノエルに会ってどうにかできるのか? まだ傷が痛むんだろう」

「大丈夫よ、クロエ……優しいのね」


 ゲルダはキャンゼルの方を向いた。


「どうしてノエルはあの吸血鬼と契約しているの?」


 刺すような冷たい声でキャンゼルに言い放つ。キャンゼルは魔術を中断させ、ゲルダの方を真剣にみた。


「知らないわ……」

「…………でしょうね? あなた、どう見ても捨て駒だもの」

「違うわ。ノーラは……あたしを迎えに来る」

「ふふふ……しゃくだけれど、ノエルは賢いわ。あなたを助けるなんてリスクはおかさない」

「そんなことない!」


 そう信じたい気持ちと、ゲルダが言うように自分を見捨てるだろうという予測はキャンゼルを蝕んだ。


「契約……なんて愚かなことを……あれだけ強い力を持ちながら何故わざわざ吸血鬼族などと契約を…………」


 ゲルダは考えながら、キャンゼルを見つめる。


「そういえば、吸血鬼が逃げた時……実験の途中でアビゲイルが逃がしたとか……」


 ブツブツと独り言を言いながら視線を逸らす。


「実験の内容は……臓器の取り出し、他の魔族の臓器との入れ替え手術。腹部の切開をした後に逃走。抵抗させないためにかなり消耗させていたし……怪我の度合いも報告書を見ると浅くない……あの町まで逃げても助かる見込みはなかったはず」


 ゆっくりと歩いていたゲルダは脚を止めた。

 クロエはイライラしながら聞いていた。ノエルに早く会いたい気持ちが焦らせる。


「助ける為? 助ける為……そんなことあり得る? 身を隠して人間として生きていたノエルが、危険を犯してまで吸血鬼と助ける為に契約を……?」

「さぁな……そもそも契約したからって身体の傷は治るのか?」

「元々、吸血鬼族は怪我の回復は早いわ。それは別として衰弱していた身体にノエルの魔力の塊のようなエネルギーが戻ればすぐに回復する。それに吸血鬼は血液の吸収率がいい。他の魔族とはそこが違うのよ。それに、上位魔族で尚且つ血の量が適量だからあのノエルのエネルギーに耐えられているの」

「適量?」

「魔女の血は与え過ぎたらいけないのよ」


 ゲルダは部屋の壁に寄りかかり、キャンゼルを見て笑う。


「理性を失った化け物になるわ」

「……どうでもいい。それよりも城の入口で待とうぜ」

「ここで待っていても来るわ。別に入口でもいいけど……ふふふ」

「何を笑っている」

「ふふふふふ……どうでもいいの? 吸血鬼が化け物になったら、ノエルも化け物になるのよ。あら、元から化け物だったかしらね……」

「なに……?」


 キャンゼルも驚き、ゲルダの方を見開いた目で見ると心の底から笑っている様な表情をしていた。


 ――ノーラはそれを知っているのかしら……


 ウイーン……


 扉が開いたのと同時に、冴えない魔女が入ってきた。法衣のフードを深くかぶり、顔は見えない。どこにでもいるような魔女だ。

 ノエルではないことにキャンゼルは酷くがっかりした。その魔女は辺り一面の血と肉塊の海を恐ろし気に見渡し、震えだした。


「ゲ……ゲルダ様……はぁっ……ご、ご……ご報告申し上げます……」


 やけに甲高い声で、上ずっているというか、まるで声の出し方を忘れてしまったかのような声だった。


「何かしら?」

「リ、リサが地下で暴れて……アナベルを殺しました」

「あら、アナベルをどうやって殺したの?」

「丸のみに……したようです」

「あら、そう」


 ゲルダは表情一つ変えずに指でトントンと自分の腕を軽く叩いている。


「それで?」

「……アナベルの屍が自動制御魔術が暴走し、地下から出てきて暴れていて手に負えない状況です。ゲルダ様、お力添えをお願いいたします」

「…………」


 ヒュンッ


 冴えない魔女の法衣のフードを針が突き抜け、顔が露わになる。

 そうされると、その魔女は恐怖で顔が引きつり、尻餅をついて目を見開いた。脚ががくがくと震わせている。


「ひぃいっ……」

「私は今忙しいのよ。あなたがなんとかしなさい。なんとかできなければ殺すわ」


 ゲルダはその恐怖でのたうち回る魔女を見ていたが、少ししてゲルダはその辺に何人か転がっている魔女の血液を利用し、異界への魔法陣を形成し、異界の扉を開いた。


「これだけいれば、龍族の召喚も可能でしょう?」

「おい、やめておけ……危険だ」


 クロエの反対も聞かず、ゲルダは術式を続行する。

 キャンゼルと報告に来た魔女は恐れおののき、共に扉近くの、血で汚れていない方の部屋の隅へと移動した。

 物凄い熱気がその扉から放出され、やけに熱い。

 やがて獣のような吠える声と共に鱗のついた爬虫類のような大きな腕が出てくる。


「ゴォオオオオオッ!!!」


 赤い色をした龍が現れた。

 外見は大きな蜥蜴とかげのようだが、蜥蜴よりも鱗は鋭く、そして大きい。爪も鋭く、背中には翼がついている。

 苦しみもがきながらもゲルダに無理やり服従させられている様子が見て取れた。

「ふん……やはり腐りかけでも最高位魔女か……」と、クロエはその赤い龍族を見ていた。ゲルダにしっかりと術式によって制約されている。


「ガァアアアアアアッ!!!」

「うるさいわ。黙りなさい」


 ゲルダがその龍の頭を押さえつけると、龍は牙を向きながらもそれに従った。


「契約よりも制約のほうが強いってこと、ノエルに教えてあげるわ」


 龍は鼻息を荒くしながら、キャンゼルと報告に来た魔女の方へ頭を向けた。そのまま二人の匂いを嗅ぐ。


「嫌ぁ……食べないで……」


 キャンゼルが情けない声を上げてそう懇願すると、龍は口を大きく開けた。


「魔女は食べたらダメよ。殺すなら切り裂いて殺しなさい。ノエルが来たら、その鋭い爪で殺すの。翼の部分は傷つけたらダメよ」


 龍はそう指示されると、大きな口を閉じた。龍はジッと二人を見つめた。


「わ、私は、屍退治に向かいます。きょ、恐縮ですが、この魔女も連れて行ってよろしいでしょうか? 人手の確保をしたく存じます」

「駄目よ。その魔女はノエルをおびき出すエサな――――」


 キャンゼルの隣から爆炎が起こった。

 物凄い熱量で部屋の半分を焼き払うように炎が乱舞する。


 キャンゼルは突然のことで何が何だかわからなかった。ただ熱量が激しく、服から出ている肌が焼けつくような感覚がしたことくらいしか解らなかった。


「自分の折れてない脚を再現しろ。走るぞ。早くしろ」


 その声はノエルの声だった。

 先ほどまで別人だったが、それは幻術だったからだ。

 幻術は解けて赤い髪のノエルが姿を現した。




 ◆◆◆




 神話のような物語の中では、龍という生き物は炎を吐くらしい。


 僕はそんなこと信じられないでいた。

 口の中の粘膜が人間と同じたんぱく質だとしたら、その熱でたんぱく質は変性してしまう。

 口から毒を飛ばす爬虫類がいることは知っているが、仮に可燃性の何かを高速で吐きながら、歯かなにかが火付け役になっているとしても、やはり耐えられる構造でなければ口内を火傷してしまうだろう。

 ボンバルディア・ビートルという名前の昆虫は、腹部に二種類の化学物質を蓄積することができ、脅威を感じるとそれを噴射するらしい。

 噴射されるときは百度を子終える高温のガスになり、身の危険をそれで守ると言われている。


 そうだ、龍は口から火を吐いたりしない。


 しかしそれは物理的な話であって、魔術的な話ではない。

 僕はキャンゼルが自分の折れた脚の骨を再現している間、何層もの壁を作り上げていた。キャンゼルが再現するのに必要だった時間は2秒。

 それでも防御壁はいくら作っても足りない程であった。龍は爆炎からゲルダとクロエを翼を広げて守った。

 守りながらも龍は攻撃へ転じ、鋭い爪と強力な力で、防御壁を破壊する。


「扉を開けて、行け!」


 キャンゼルは扉までたどり着き、僕の方を振り返った。


「ノーラ!」

「早く行け!」


 キャンゼルは不安げに僕の方を見つめ、そして部屋から脱出した。

 僕はそれを確認して、自分の退路を確かめる。

 確かめた後に、龍が暴れて部屋の扉を叩き壊してしまった。


 ――まずい……


 僕はこんな状況なのに思わず笑ってしまった。

 ここしばらく、マズイことにしかなってない。

 いつも予想外の出来事ばかり。

 もう少しいい立ち回りができたら良かったのだろうか。

 久々にゲルダと対面した。その顔を見ると、嫌でも色々なことを思い出す。


 ――キャンゼルを助けに戻ったのは間違いだったか……


 僕は後ろの壁を魔術でこじ開けた。

 城が崩れようと僕には関係ない。


 ――でもリサは?


 生き埋めになってしまうかもしれない。

 いや、リサなら自分で出てくる気にになれば出てこられるはず。


 ――こんなときでも他人の心配してる……


 僕は激しく攻防が続く中、こじ開けた穴から出ようとした。視線を穴に一瞬向けたのが、僕の間違いだった。

 鋭い針が飛んできて、僕の脚を貫いた。


「あぁっ……!」


 僕は崩れて膝をついた。

 それがまた間違いだった。

 自分の怪我で気を取られている内に、僕は首を腕で後ろから締め上げられる形になる。

 僕を後ろから締め上げているのはクロエだ。


「放せっ……!」

「しっ。ノエル、そのまま防御壁を作り続けろ。話がある」




 ◆◆◆




【ガーネット一行】


 ガーネットたちは先に城の外に出ることに成功していた。

 キャンゼルを助けたらすぐに合流するという話だったが、ノエルはなかなか戻ってこない。シャーロットにノエルの主、ラブラドライト、アビゲイルを抱えているガーネットは同行できなかった。

 離れたら誰も守る者がいなくなってしまう。


「なんで一人で行かせたんだ!?」

「……少しは自分で考えろ」


 ガーネットは心底嫌そうに答えた。


「なんであんなか細い女一人に行かせたんだ!」


 偉そうに言うノエルの主に対し、ガーネットは限界にきていた苛立ちが爆発する。

 胸ぐらを掴み上げ、城の外壁にノエルの主を打ち付けた。

 茂みに隠れているとはいえ新緑の色に彼らの金髪や銀髪は目立ってしまう。


「貴様は何様なのだ? か? 私たちの中で一番無力なのは貴様だ。貴様がノエルの奴隷ならどれほど納得がいくか解らない。何の役にも立たない上に、脚を引っ張る真似まねまでするなど、ノエルにめいを受けていなければ切り裂いて殺しているところだ」

「ガーネット、落ち着いてください」


 シャーロットが小声でガーネットを止めようとする。しかし両者とも口火を切って罵り合いを始めてしまう。


「てめぇ、あいつに恩があるとか言ってたな? なんであいつと契約したんだよ。てめぇは飛行船の中で『助けられた』って言ってたよな? てめぇはあいつのお情けで生きてるだけだろうが。大して役に立たねぇ下級魔族が」

「貴様……! ……ノエルは貴様を選ばない。貴様を見限り、私と生き続ける。な」

「あいつは俺が死んだら後を追うって言ってんだろ」

「本当にそう言えるか? ノエルの甘さをずっと見てきたが、あいつは他人の命が関わればお前を見失い他の命を助けようとする。今もそうだ。だから貴様よりも私を選ぶだろう」

「お前なんか選ばない」


 笑っていたノエルの主の表情は、真剣な表情に変わっていった。

 ガーネットはそれに気づかないわけがない。ガーネットはノエルの主から手を放した。


「現実を受け入れろ」

「お前こそ死んだ弟をいつまでも人形みてぇに持ち歩くな」


 ガーネットは流石にカッとなり、ノエルの主を殴ろうと腕を振り上げた。しかしその直後にガーネットの脚に痛みが走り、出血した。

 何かに貫かれたような痛み。

 ノエルの身に何かあった証拠だ。


「ノエルが危ない……」


 ガーネットがそうつぶやくと、ノエルの主は血の気が引いたような顔をする。


「俺が行く。ここに居ろ」

「馬鹿を言うな。貴様は役に立たん」

「お前よりは役に立つ」


 ノエルの主はガーネットが制止するのを振り切り、城の中へと戻って行った。


「チッ……これだから愚かな生き物は嫌いなのだ……ここで待っていろ。一歩も動くな」


 シャーロットにそう命じてガーネットはノエルの主を追いかけた。




 ◆◆◆




【ゲルダとノエルのいる部屋】


「長い話はできない。手短に言う」


 僕は余談ならない状況で、クロエの話を聞くしかなった。少しでも抵抗したら僕はすぐさま殺される。


「お前がゲルダを殺すんだ」

「何?」

「俺はお前と一緒に行く」


 僕は絶句してクロエの方を横目で見つめた。クロエはこんな状況なのにも関わらず、僕の身体に触れてくる。

 僕が咄嗟にはねのけようとしたが、それを手で押さえ、後ろから抱きかかえるように腕を回された。


「何の真似だ……こんなときに」

「お前は俺を誤解している。今は時間がない。俺が連れ出してやる」

「……?」


 クロエは僕を抱えたまま、僕があけた穴に入ろうとすると、それ以上クロエは進めなくなった。

 いつの間にか植物がその隙間を覆っている。


「何してる……?」


 僕は暴れている龍の相手をするので精いっぱいで、後ろの状況を詳しく確認することは出来なかった。

 脚の怪我はもう治っていた。

 治りが早い状態が持続している。


「出られないわよ」


 激しい音の中に、ゲルダの声がかすかに聞こえた。


「クロエ、本当に悪い子ね」

「しまっ……」


 クロエは植物に絡めとられて僕から離れた。


「ノエル!」


 クロエに気を取られた一瞬の隙にまた僕は身体を銀の鋭い針で何か所も貫かれ、後ろの壁に縫い付けられた。

 腕と、腹部、脚に何本も針が刺さる。


 ――痛い……


 針を見るとまっすぐな針ではなく、薔薇ばらのような返しの棘がついている。これではすぐには抜くことはできない。


「あぁっ……」

「ノエルッ……クソッ……抜けられない」


 クロエが雷で植物を焼ききろうとするが、その植物には電流が伝わらず、クロエはなす術がない。


「……もうあなたはいらないわ。クロエ」

「はっ……俺がいないと魔女が絶滅に近づくぞ……」

「馬鹿なクロエ……あなたの精子を沢山保存してあるの。あなた本人がいなくてもいいのよ」


 僕は龍に身体を掴まれ、縫い付けてある針から無理やりむしり取られた。僕の肉が針に引っ掛かり千切られる。


「あぁああああああああああああっ……!!」

「あなたの叫び声、聞くの久しぶりだわ」


 身体の傷はまた瞬く間に塞がった。


「便利ね、それ。また実験したいけど……もう時間が無いの。すぐにでも翼をむしり取って殺すわ。翼を出しなさい」


 僕は法衣をむしり取られ、背中の翼の模様の部分を龍はガリガリと爪でひっかいた。

 模様になっているとはいえ、その部分を傷つけられると針で貫かれるよりも激痛が走る。


「あぁあああぁあぁああぁあああ……ッ!!!」

「ほら、早くしないと」


 ガリガリと僕の身体をひっかく龍を、霞む視界で見ると僕に向かって憎しみの限りを向けていた。


 ――魔女なんて、大嫌いだよね。僕も、嫌いだよ……


 僕は激痛の中、涙が出てきた。

 それは痛みのせいなのか、なんとも言えない苦しみからくる反応だったのか、僕には解らない。

 ゲルダに聞こえないように龍に向かって小声で言った。

 異界の言葉は少ししか解らないけれど、彼らの言葉で


「(白い……子供……龍……生きている……自分……守る)」


 そう言うと、その赤い龍のその黄色い目から雫が落ちた。

 泣いているようだった。

 龍は涙を流すことがあるのかと。それに、そんなに苦しい想いをしていることが僕にはわかった。


「(レイン……匂い……解った)」


 ――あぁ、だから僕らの匂いを嗅いでたのか……


 僕はその無念さが解った。

 赤い龍はギリギリと身体をよじり、僕を掴んでいる手を放した。


「何をしているの!?」

「ガァアアアアアアッ!!!」


 赤い龍はゲルダに向かって鋭い爪を振るった。

 ゲルダは剣山を生成し、その龍の爪を防ごうとするが、龍の鱗の方が固くゲルダを吹き飛ばした。

 龍の身体の硬い鱗は裂け、血が噴き出しているのが見える。


 ――制約に背いた代償は……命……


 龍は苦しそうに血を吐きながらも、それでもゲルダに向かって行こうとする。


「やめろ! 死んでしまう!!」

「もう手遅れよ」


 水大量の水と冷気がその赤い龍を襲った。

 血液が凍り、龍を水が包み込む。

 僕が風の術式でその水を払い、炎を生成する。僕はなんとか龍を助けようとするが、制約を解除する方法が解らない。


「この期に及んで龍の心配? どうしちゃったのノエル? あなたは何十もの魔女をその力で残虐に殺戮したのを覚えていないの?」

「うるさい!!」


 部屋の四方をぶち抜き、どこからでも逃げられるようにする。


「クロエ! 制約の解き方を教えろ!」

「そんなの……」

「早くしろ!!」


 僕はゲルダから龍を守るが、その間も龍は出血し、苦しみ、うめき声をあげて血を吐いている。


「早く……! 龍が……死んでしまう!!」


 また涙が出てきた。

 どうして僕は初めて会った龍の為に泣いているのだろうか。訳が分からずとも涙は出てくる。

 涙で視界が歪んで、また僕はゲルダの針を見逃した。その針が僕の頭に向かってまっすぐ飛んでくる。

 それに気づいたときはもう遅かった。防御が間に合わない。

 すると、その針がガキン! と音を立てて弾き飛ばされた。


「やっぱり、あたしがいないとダメね」


 僕が涙を拭いながらその声のする方向を見ると、リサがいた。

 ズルズルと大きな蛇の身体を引きずりながら現れる。


「どうして……」

「未練……かしらね」


 ゲルダは容赦なく針をリサに向かって飛ばした。その針をリサは全て弾き飛ばした。反射神経が鋭敏で目がギラギラとしている。

 口元に血液が付着している。

 リサの身体がバキバキと変形し始め、蛇の鱗が龍の鱗のようになり硬化した。


「リサ……」

「あたしがゲルダを止めている間、逃げなさい」

「でも龍を制約から逃がしてあげないと……」


 涙はまだ枯れない。僕の目からポロポロと零れる涙を、リサは鋭い爪が硬化した指ですくい、それを舐めた。


「制約を解くには、制約をかけた魔女の血が必要よ」

「……解った」


 僕がゲルダを殺す気で刃の魔術を使用すると、ゲルダは龍を盾に使った。僕は慌ててその刃の軌道を逸らすが、それでも少しかすめてしまう。


「てめぇっ……!」

「あらあら、随分乱暴な口調で話すのね」


 赤い龍はもう動けないようで、そこかしこに血を飛び散らせながら荒く息をしている。

 それを見ると僕は涙が溢れだしてくる。

 その悲しみはやがて怒りに感情が変貌していく。


「何を泣いているの? あなたは何度も大量殺戮をしたのよ。そんな残忍な魔女が何をいまさら。私と同じ穴のむじなよ」

「僕はそんなことしていない!」

健忘けんぼうね。あなたが覚えていないだけで、事実が変わることはないわ」



 ――過去―――――――――――――――――――――



「嫌……助けて……いやぁああああああああああ!!」

「ごめんなさい……ごめんなさい、逆らえないのよ……殺さないで」

「痛い……痛いわ……」

「殺して……もう殺して……もう……きゃあああああああッ!」



 ――現在―――――――――――――――――――――



「してないって言ってるだろ!!」

「ノエル、落ち着いて!」


 爆炎が氷の壁を一瞬で蒸発させ、その蒸発させた蒸気が一瞬で氷の刃となって降り注ぎ、土の壁が氷を防ぎ、土から植物が伸びてきたのをまた爆炎が焼き払う。

 床から針が次々と突き出してきて飛んでくるのを、空気の刃で薙ぎ払う。


「リサ、龍を避難させて!」

「今更何かを救ったところで、あなたが殺した数には届かないわ!」

「黙れ!! 非人道的な実験をしてシャーロットの妹を化け物にしただろう!?」

「あはははは、あなたが殺したそれぞれに家族がいたのよ? その家族と会わせてあげましょうか? あははははははは! 私とあなたは同じなのよ」

「違う!」


 僕らが派手に暴れたせいで、そこら中で崩壊が起きている。

 感情が怒りに支配されて正確な制御を失い、破壊が進む。僕は身体がまた痛み出した。疲労感で息が荒くなってくる。


「ほらほら、どうしたの? あぁ、そう言えばあなた、白い龍を見なかった?」

「知るかそんなこと!」

「その白い龍は貴重な龍だったのよ。鱗を一枚一枚剥がしたときのあの鳴き声、聞かせてあげたかったわ。ちょうどこんな感じの声だったかしら」


 ゲルダは赤い龍の身体を切り裂いた。

 血液が噴き出るのと同時に龍の叫び声がこだまする。

 僕はこれ以上ないくらい目を見開いていた。


 ブツリ……


 自分の中で、何かが切れるような音がしたような気がした。

 僕の赤い目から赤い涙が溢れだす。

 すると、辺りの瓦礫がガタガタと揺れ始め、浮き始めた。


「あら……まずいことしちゃったかしら」


 ゲルダがそうつぶやいた後、僕の意識はそこで途絶えた。



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