第32話:劣等賢者は手を抜く

「じゃあ、こっちに来て。ちょうどそこの演習場が空いているわ」


「勝手に使って大丈夫なのか?」


「大丈夫に決まってるじゃない。私たちは学院生。生徒が施設を使っちゃダメなんて意味わからないじゃない。まったくチキンな男ね。私が許可するわ。これならいいんでしょ?」


 そういう問題なんだろうか……?

 俺の責任にならないというなら問題ないのだが、入学早々に目をつけられるようなことはできればしたくないんだがな。


 目立たず平穏に学院生活を終えるのが俺のプランだったんだが——


「じゃあ、決闘のルールね。先に相手を倒した方が勝ち! いいわね?」


「ガバガバすぎてルールになってないぞ。勝利条件は相手を先に戦闘不能にした者、もしくは先に降参を受けた者。特殊ケースとして相討ちとなった場合は最低限決めておくべきだと思うが」


「この私が相討ちなんてなるわけないでしょ! そんなに怖いなら降参くらいは認めてあげるけどね!」


 本来、決闘の条件は申し込まれた側が決めるものなのだが、まあいいか。

 逆の場合でもルール違反というわけではなく追認すれば問題ないし。


 それに、『相討ちにならない』という点については俺も同意だ。

 毎日実戦を想定した修行を続けてきた。さすがに負ける気がしない。


「観客もお待ちかねだしね! じゃあ、いくわよ! フレイムダガー!」


 え……?

 あんなに自信満々で挑戦してきたのに初手から詠唱魔法だと?


 いや、待てよ。

 これは俺を油断させるための罠かもしれない。


 普段の言動に反して実は慎重な戦闘スタイルだとすれば、真の実力を隠している可能性も大いに考えられる。

 見た目は可愛い女の子だが、この学院を満点で合格しているのだ。

 むしろそう考えた方が自然だと思う。


 なら、こっちもまずは様子見だ。


「ふっ、そんなの全然効かないぞ!」


 予定調和であろう返事を返し、こちらへ飛翔する真っ赤な炎の短剣群の動きを全て見切った。


 バリア&反射の複合魔法を即興で組み上げ、俺の前面に展開する。

 次々に俺の前へ刺さっていく炎の短剣。


 さすがは学年次席というべきか、詠唱魔法にしてはかなり攻撃力が高い。

 よくもここまで詠唱魔法を極めたものだと逆に感心する。

 これほどのやる気と才能があれば、無詠唱魔法を覚えるだけで将来的には脅威になりそうだ。


 爆風で土煙が舞い、俺の姿が隠れてしまう。


「やったわね……! やっぱり大したことないじゃない!」


 と、なぜか喜んだフリをしているフィアだが、もちろんやられてなどいない。


 万歳するフィアのもとへ、炎の短剣が戻っていく。

 ただ単に跳ね返しただけじゃない。発射された時よりもスピードが増している。


 さすがにフィアもこんな返しが来るとは思っていなかっただろう。

 とはいえ余裕で対応できるはずだ。


 バリアの撃ち合いになるか、それとも別の攻撃を仕掛けてくるか——


「え、え、え、え……はああああああ!?」


 ドゴオオオオォォォォン!


 轟音が演習場に響きわたった。

 さて、どんな手が帰ってくる——!?


 十秒が経過。


 どんな攻撃が来るのかと期待していたのだが返って来ることはなかった。


 土煙が晴れていき、フィアの姿が見える。


「ケホ……ケホ……あ、アンタ何者なのよ……!」


 フィアは俺の反射を防御することなくそのまま受けてしまったようで真っ黒になっていた。

 身体のいたるところがボロボロになってしまい、動けるようにはとても思えない。


「えっと……もう終わりでいいのか?」


「わ、私が負けるなんてそんなことは……フレイムダガー……っ」


 攻撃を仕掛けようとするフィアだったが、不発に終わってしまう。

 強烈な痛みに顔を歪め、汗を流している。


 ……もう継続は無理だ。


「ううっ……こんなはずじゃ……」


「根性は認めるが、変なところで無理するな」


「ちょ、アンタなんで近づいてきてるのよ!?」


「怪我人と戦うつもりはないからな」


「不意打ちするかもしれないのよ……?」


「できるものならしてみるといい」


「…………」


 フィアは卑怯な手を使えないタイプだ。

 戦っているうちにわかってきた。色々と根拠をつけようと思えばできるが、直感がそう言っていた。

 前世の歳も合わせれば俺もかなりの人生経験があるし、人を見る目は養われている。


 まあ、念には念を入れて仮に不意打ちされたとしても対処する方法を既に考えてあるのだが。


「ちょっと失礼するぞ」


「ひゃん! ちょ、頭を触るなんてなんのつもり……!?」


「いいから黙ってろって」


 フィアの身体を細胞レベルで解析し、活性化を促す。

 傷ついた部分を元通りに修復し、傷が残らないよう工夫もしておく。


「え……なんか痛みが引いて……」


「そういう魔法だからな。これは、ヒールってやつだ」


「ヒールって伝説上の魔法なんじゃ……?」


「そうなのか? 一歳の時に独学で使えるようになったけど」


「一歳……独学……いえ、もういいわ。アンタが学年首席って話、すごく納得した。私の負けよ」


「そっか、誤解が解けたみたいでよかった」


 こうして決闘が終わったこと自体は良いのだが——


「ちょっと、手を貸してもらえないかしら? 一人じゃ立てなくて」


「え? もう怪我は治ってるはずなんだけど、もしかして何か手違いがあったか……?」


「ううん、そうじゃないの。ねえ、ダメ?」


「……まあ、べつに構わないけどさ」


 なんか、フィアが俺をみる目が熱っぽいというか、明らかに変わってしまった気がするんだが……気のせいだよな?

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