第29話:劣等賢者は料理を作る

 ◇


「試験お疲れ様です。アレンは手応えどうですか?」


 実技試験後、呆然と立ち尽くしていたところ、アリスも試験を終えたらしく声をかけられた。

 あまり誰かと話していたい気分ではないのだが、それは俺の都合。

 返事くらいはちゃんとしておこう。


「……ダメだな。多分落ちた」


 実技試験は一度限り。

 学院長ことドレイクが戦闘不能になったことで試験は終了した。

 再試験は受けさせてもらえず、総合的に評価されて点数化するとのこと。


「そうですか……。アレンならきっと合格すると思っていましたが、時の運もありますからね。……でも、結果発表があるまでは何が起こるかわかりませんよ」


「それはそうだが、お金の問題もあるからな。ダメなら早く帰ったほうが色々と傷が浅いんだ」


「宿のことなら今日も一緒に泊まればいいですよ。私には、アレンが不合格になるなんて信じられないですし……」


「アリスには世話になりっぱなしだな」


「気にしないでください。私もアレンに助けられているのでお互い様です!」


 やれやれ、不合格になったことを確信してずいぶんと気分が落ち込んでいたが、アリスと話しているとなぜか前向きな気持ちになれる。


「じゃあ、そろそろ宿に戻って……あっ、その前に食材を買わないとですね」


「食材?」


「私、なるべく自炊をしようと思ってるんです。王都は物価が高いので節約しないと、もし合格できても生活できなくなっちゃいます……」


「良い心がけだな。自炊の方が節約になるだけじゃなく魔法士にとって資本となる身体作りのためにも栄養をしっかり取れるのは大きなメリットだからな。そういうことなら、今日は俺にやらせてもらえないか? 色々と世話になってるし、腕にはそこそこ自信があるんだ」


「アレンは料理もできるのですか!?」


「まあな。ちょっと色々事情があって、そこそこはできる」


 ぶっ倒れて異世界に来る直前は色々と生活が終わっていたが、その前までは時間に余裕があったので趣味の料理を毎日休まず続けていた。

 転生してからの十五年は料理をしていないが、レシピはしっかり頭の中に残っているので問題ないだろう。


「料理できる男の人って凄いです! 期待していますね!」


 その後アリスと二人で買い物を済ませて、宿に戻ってきた。

 決して特別な関係でもなんでもないのだが、何も知らない他人が見るとカップルに見られているみたいで、視線がかなりキツかった。


 まあ、こんな余談はどうでもいいか。

 そんなことよりも料理だ。


 俺とアリスが泊まっている宿には各部屋にキッチンが備え付けられており、宿泊者は自由に使用することができる。


 今日作る予定のメニューは、ラーメン・ハンバーグ・天ぷらだ。和洋中が全部揃っていてかなり良い感じだと思う。


 俺が調理する様子を、隣でアリスがまじまじと眺めている。

 人に見られながらの料理は初めてなのでちょっと緊張してしまうな……。それも、超絶美少女だし。


 さて、まずはラーメン作り。

 やっぱりラーメンといえばとんこつだよな。

 買ってきた豚骨を握力で粉砕。鍋に投下して、水魔法で生成した精製水を注ぎ込み、火魔法で温める。

 様々な野菜を放り込んだら、あとは灰汁をこまめに取り除くだけでスープは完成。


 これは並行しておくことにして、次はハンバーグ作りに取り掛かろう。

 デキる料理人は時間を計算して全ての料理の完成時間を合わせるものだ。


 風魔法で玉ねぎをみじん切りにして、ボウルに挽肉を投下。塩胡椒をまぶして、みじん切りにした玉ねぎも放り込む。牛乳とパン粉と卵を加えてよくかき混ぜたら——この先はちょっとお楽しみのために秘密だ。


 あとは焼くだけだけなので、ここで一旦作業は止める。

 最後に天ぷらだ。


 天ぷらにする具材を風魔法でシュバババっとカットし、表面の水分を軽く吹き飛ばす。

 ボウルに卵と小麦粉と水を混ぜていい感じにかき混ぜ、魔法で冷やした。フライパンに油を入れて、あとは揚げるだけだ。


 ここまで進めばラーメンも麺を茹でて、ハンバーグも焼き始める。

 魔法があれば同時進行しても問題なく全て進めることができる。


 そして、全てが出来上がってから俺は空間魔法で小袋を取り出した。

 この中には、秘密の粉が入っている。


 実は、こんなこともあろうかと旨味成分だけを抽出して粉状にしたものを用意していた。

 海藻・キノコ・魚からグルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸を取り出し、それぞれを絶妙な割合で調合したものだ。

 それぞれの成分は単独で美味しいのだが、調合することで相乗効果が生まれさらに美味しくなる。


 美味しい料理に旨味成分を振りかけることで、さらに美味しくなるはずだ。


「よし、完成だ」


 料理をお皿にとりわけ、机に移動した。


「いただきます」


「……? 変わった儀式ですね」


「俺の故郷ではこういうしきたりでな。あまり気にしないでくれ」


「いえ、なんかそれ良いですね。……いただきます」


 アリスがまずはハンバーグに手をつけた。

 肉を一口サイズに切った瞬間——


「……!? こ、これって!」


「そう、チーズだ。ハンバーグにチーズってのは意外と合う。今回はちょっと凝って中に入れてみたんだ。トロトロで最高だぞ」


「本当です……美味しいです!」


 喜んでもらえると、作った甲斐があったってもんだ。

 俺もハンバーグを口に運んでみる。

 ……うまい!


 我ながら今回はよくできたと思う。

 十五年以上のブランクがあったが、まったく腕は落ちていない。それどころか、便利魔法が使えるようになったこともあり上達していた。


「この天ぷらっていうのもサクサクしてるし、ラーメンっていうのはスルスルいけちゃいます!」


 ハンバーグに関しては味が似た感じの別の料理はあったが、ラーメンと天ぷらは異世界にはない料理だ。

 アリスの口に合うか心配だったが、喜憂だったようだな。


「ラーメンは、麺も美味しいが実はスープが主役なんだ。全部を飲み干す必要はないけど、単体でも美味いはずだぞ」


 ゴクゴクゴク。


「濃厚な感じで初めての味ですが……美味しいです! お店開けるレベルですよ!」


「ふふっ、試験に落ちたら、そっちの道にいくのもありかもな」


 異世界では料理のノウハウは確立されていない。

 俺のようにインターネットで膨大な知識を得た素人でも一流の料理人になれるかもしれない。

 アリスみたいにこうして喜んでもらえるなら……悪くない選択かもしれない。


 こうして、夜は過ぎていった。

 全ては明日の結果次第ってところだな。

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