第12話:劣等賢者は別れを惜しむ

 ◇


 俺とミーナの関係はその後も続いていき——一年が経った。


 相変わらず俺は自分自身の鍛錬に励み、その傍らでミーナを育てている。

 こんな日々がずっと続くもの思っていた。

 夕暮れになり、ミーナが帰る時間。不意に告げられた。


「引越し……?」


「そう。お父さんが国の仕事に就くからって……」


 獣人は身分が低いことで、基本的にロクな仕事が回ってこない。

 王国から仕事をもらえるとは——


「大出世じゃないか。……本当に」


「……うん」


「それで、どこに引っ越すんだ?」


「ラヌゼーイ領って言ってたわ」


「そうか。会いに行ける距離じゃないな……」


 王国領の中ではあるが、この国は縦に長い。

 俺が住むエルネスト領は南の果てで、ラヌゼーイ領は北の果て。

 それも山や谷を超えての移動になる。


 現代日本レベルの文明があれば新幹線や飛行機で一日もあれば着く距離ではあるが……


「それでね……だから、アレンとはもう会えないの」


「……そうか」


 ミーナははっきりと言葉にしていないが、『もう二度と』というニュアンスが込められているように感じた。

 正直、こんな形で別れが訪れるとは思わなかった。


 ミーナが家族みんなと幸せになる——結構な話だ。

 誰にも止めることはできないし、止める必要もないこと。ラヌゼーイ領は比較的獣人が社会に受け入れられている地域でもある。


 笑顔で送り出さなければならない。


 だが、本心では喜べない俺がいた。

 いつの間にか、ミーナは俺にとって特別な存在になってしまっていた。


「いつ出るんだ?」


「一週間後。……言い出せなくて、ギリギリ」


 俺がミーナの立場でも、本当に迫ってからしか言い出せなかったと思う。

 責める気にはなれないし、責めてもどうにかなることではない。


「気にするな。っていうか、めでたい話じゃないか。……俺も、嬉しいよ」


「ありがと……」


「となれば、荷造りとか忙しくなるな。いや、もう始めてるか」


「うん、でも私の荷物はそんなにないから、アレンとは会えるよ」


「そんなもんか。じゃあ、残りの一週間で、最後の仕上げだけはしておこう」



 ◇


 ミーナと別れた俺は、とある魔道具作りに励んでいた。

 一生の別れになる可能性もある。


 話を聞いたのが急だったこともあって大したものは用意できないが、出会った証のような物を贈りたい。

 

 俺が用意しているのは、いわゆる『お守り』。


 この世界の魔物には魔石というものが埋まっている。

 魔石は持っているだけで攻撃力が上がったり、防御力が上がったりなどの何らかの特性を持っている。


 そこに目をつけた俺は、少し前から研究を始めていた。


 魔石が持つ特性というのは、常時発動型の魔法だった。

 『身体強化』などのようにずっと魔力を注ぎ込む必要はないが、その効果は通常の魔法と比べると劣る。

 あくまでも魔石はほんの少し足りない力を補助するもの。


 ——だから、お守りというわけだ。


 ちなみに、この特性は俺なら書き換えることもできる。


 強い魔物からは良質な魔石が採れ、弱い魔物からは粗悪な魔石しか採れない。

 当然良質な魔石……つまり、強い能力を持つ魔石はかなり根が張る。


 しかし良質な魔石であっても、特性が弱い魔石は粗悪な魔石と同等まで値が落ちていたりする。

 普通は特性の書き換えは不可能とされているからだ。


 そこに俺は目をつけた。


 良質な魔石を安く仕入れて、強い特性に書き換える。そうすればコスパが良いし、子供の俺でも容易に手に入る。


「さて、昨日思いついたアレ、試してみるか」


 良質な魔石は、特性をいくつも複合させることができる。


 粗悪な魔石は一枠。

 普通の魔石は三枠。

 良質な魔石は五枠以上。


 複数の特性を同時に付与するのは、実はかなり複雑な魔法になる。

 魔法の扱いに慣れたつもりでいた俺でも何度も失敗した。


 目の前にある魔石は、五枠の特性を詰め込むことができる。そのためのアイデアはすでに頭の中にある。


 付与する特性は、『攻撃力上昇』『防御力上昇』『移動速度上昇』『攻撃速度上昇』『属性耐性上昇』の五つ。最も基本にして、お守りとして役立つ特性だ。


 普通に買えば——いや、五つ全ての特性が完璧に都合良く収まっている魔石なんて市場に出ることはない。値段の付けようがない。


「……成功だ」


 魔石を普通のお守り袋に入れ、封をして完成させた。


 ◇


 一週間はあっという間だった。

 まだまだミーナには教え足りないことがあるし、師弟の関係以上に友達としても名残惜しい。

 でも、俺にはミーナを引き止めるだけの理由がなかった。


「これ、肌身離さず持っていてくれ」


「お守り……? ありがと、大事にするわ」


 俺の贈り物をギュッと握りしめるミーナ。

 喜んでもらえると、俺も素直に嬉しい。


「私、手紙書くわ。待ってて」


「もちろん待ってる。届いたらすぐに返事を書くよ」


「じゃあ……」


「……またいつか」


 こうして、ミーナはエルネスト領を去ることになった。

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